第8話 事件

一日目の夜には盛大なパーティーが行われる。オーケストラの演奏、豪華な食事、そしてダンス。しかし、この会場にヴェーダ博士の一行はいない。何やら外で祭りのようなことをしている。ヒロはパーティーよりも祭りに興味を持ち会場を出た。


ヴェーダ博士の一行は、火を囲んで皆で踊っている。そして、その向こうにはモンシロ蝶の大群が飛んでいる。それは、古代にタイムスリップしたかのような不思議な光景だった。ヒロは一歩ずつ祭りの場に近づいた。


皆、酒を飲んでいた。ヒロを見てヴェーダ博士がゆっくりと歩いて来た。


「仲間になるかね」


ヒロは一瞬言葉に詰まった。


「仲間って何をするんですか?」


「地球を守るんだよ」


「は? 磁気嵐からですか?」


「いや、それだけではない。地球文明にとっての脅威はたくさんあるんだよ。君はサルゴン議長派じゃないようだね」


ヒロは困惑した。高次の意識を持つ宇宙人にも派閥や対立があるのか。きっと人間以上に複雑で高度な対立なのだろうな。そんなことも思った。ヒロはヴェーダ博士に尋ねた。


「その脅威について、詳しく教えてもらえませんか?」


「座ろうか」


ヴェーダ博士がそう言うと、杯を持った女性がやってきた。


「貴方も飲みなさい」


女性はそう言ってヒロに杯を渡した。ヒロは礼を言うと、杯に口をつけた。甘い酒だった。きっと何かの果実酒だろう。そして、ヒロの脳の回路が切り替わった。


「脅威を詳しく。そうだな。まず宇宙あるいは自然が作り出す脅威。次にアセニア星人自身が作っている脅威。そして他の宇宙人による脅威に分けられるかな。さらに、今となっては人類が作り出す脅威というのもある。本当はこれが一番怖いかもしれないな」


「待ってください。人類が脅威を作っているのなら、人類を滅ぼそうという計画もあるのですか?」


「あるよ」


ヴェーダ博士の声のトーンが変わった。


「それも人類自身による計画がね。いくつもある。なかでも性質が悪いのが、宇宙人を語ったスピリチュアルとか宗教だな。私たちはこれを、人類無能化計画と呼んでいる。高次の意識とか霊の次元、本当の自分などという言葉を使って、人々を洗脳してしまうんだ。もちろん霊の次元はある。しかし、彼らは善意と勘違いから、そしてビジネスという誘惑に負けて嘘をばら撒いているんだ。これに洗脳された人は、やがて知性を失ってしまう。悲惨な泥沼を生きることになる」


ヴェーダ博士はそう言うと、また酒を飲んだ。


「もう一つ、他の宇宙人による脅威とは何ですか?」


「それはね、人類の取り合いだよ。今、アセニア星人はヒトに寄生して生きているわけだが、最近ピルシキ星人も地球に来てヒトに寄生するようになった。その実態が正確につかめていないことも問題だ。それに彼らはまだ3次元の身体を持っているうえに、宇宙間移動の技術も持っている。アセニア人は人類文明に依存する存在だ。ヒトが知的生命に格上げされると、人類文明は根本的にその形を変えることになる。ピルシキ星人の理想や目的が分からないというのは、大きな脅威だ」


ヴェーダ博士はそう言うと、また酒を飲んだ。


「でも、ヴェーダ博士はピルシキ星人との対話の前提である開示に反対されましたよね」


「私の見立てでは、サルゴン議長にとって重要なのは対話ではなく開示なんだな」


ヴェーダ博士はそう言うと立ち上がった。女性がまた、ヒロのところに酒を持ってきた。ヒロは酒を飲み空を見上げた。空は星で明るかった。こんなに星を見たのは初めてだと思った。ヒロは程よく酔ってホテルに戻り眠った。


ピンポーン。ヒロの部屋のチャイムが鳴った。目覚ましは六時半を示している。誰だろう。ヒロは起き上がるとドアの方へと向かった。外にはミカがいた。こんな朝早くに何事だろう。ドアを開けるとミカが興奮して言った。


「大変なことになったわ」


「大変って何?」


ヒロはあわてた様子のミカをあしらうかのように軽い口調で言った。



「ちょっとゆっくり話がしたいんだけど、良いよね」



ノーを言わせないぞという意気込みがミカの言葉にはあった。


「良いけど」


ヒロはそう言うとドアを締めリビングルームに通した。このホテルのヒロの部屋には、リビングルームとベッドルームがある。応接セットのあるリビングルームからは、海が見下ろせた。


「ディスクロージャーが始まったわ。三時間前に、BBCとCNNが、MITとチューリッヒ大学の研究結果をトップニュースで出してきた。両大学の研究論文は同じ結論を得た。つまり、ヒトは自然な進化から生まれた種ではなく、遺伝子操作によって作られた種だという結論。それにしても昨日の今日とは手回しが良すぎるわね。それとも、誰かの作戦なのか。ヒロはどう思うの。これは進化論を否定する大変な事件よ」


ミカはそう言うと、持っていたパソコンを開いた。一呼吸おいてヒロは静かに話し出す。


「確かに事件かもしれないね、生物学分野では。でも、それで世の中が何か変わると思うか。世界の過半数は、今までも進化論を否定しているよ。人間は神から作られたと思っているんだ。強固な信念と言うのは、科学的事実だけでは覆らない。今回の事件だって、世俗の話題として消費されるだけのことじゃないのか。それに、そんな説なら今までだって存在していた訳だ。アカデミズムのお墨付きが出たというだけで、何がどう変わると言うんだい」


ヒロはミカが聞いているのを確かめながら、ゆっくりと言った。


「わかってないね。大事なのはどんな憶測が、どのように流布するかなんだよね。ヒトは類人猿を基にした宇宙人の遺伝子操作で生まれた。だとするとその目的は何なのか。これは重要なポイントになるでしょね。それで、人間は宇宙人に対してどういう感情を持つようになると思う? 素直に感謝すると思う? 生命の尊厳は保たれると思う? 生命倫理はどうなるの? 今は人間も遺伝子を操れるけれど、それは倫理的に規制されている。でも、過去に宇宙人がそれをやったとなると、そしてまさに私たち自身がその産物だとなると、倫理規制などどうでも良いと考える人が増えるでしょうね。このニュースは革命的要素を持っているという点で人類史上最大級のものよ」


ミカはそう言うと、ヒロの目を見た。


「ああ。ニュースの重要性は分かるよ。で、これから社会はどう動くんだろう? 僕たちの生活の何が変わるんだろう?」


ヒロは質問で返した。


「あなたは世俗の情報に疎すぎるわね。この世界には私たち宇宙人を悪魔と呼ぶ人がいる。彼らの妄想が当たっていたということになると、私たち宇宙人に対する敵意が一般人にも巻き起こることだって考えられるわ。歴史上の悲劇がすべて宇宙人の責任にされるかもしれない。これはとんでもない話でしょ」


ミカはそう言うと、窓の外の海に目をやった。


「でも、ヒトは宇宙人と人間を区別できないじゃないか?」


「できるわ」


海を見ながら、断固とした口調でミカが答える。


「どうやって?」


ヒロが訊き返したが答えは無い。ミカはテーブルに戻ってパソコンを触り出す。


「これを見て。これがヒトのDNA操作の痕跡、言わば手術痕よ。これだけの情報があれば、DNA鑑定は簡単だわ。しかも、すべての情報は専門家が握る。素人は何を言われても信じるしかない。そういうこと」


ミカはそう言ってため息をついた。


「ねえ見て見て」


ミカはそう言うと窓の外を指さした。晴れた青い空に円盤状の飛行機、いわゆるUFOが数十機隊列をなして飛んでいた。二人は窓からそれを見た。一機が眼下の飛行場へ着陸した。そして、二機目がその上に重なって着陸すると、正確に二十秒間隔で、UFOが積み上がるように着陸して行った。その数は二十八機。まるで二十八階建てのモダンなビルができ上がった。


「ピルシキ星人ね」


ミカはそう言った。ヒロは黙って頷いた。

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