第6話 経済ゲーム
1時間の休憩という宣言を聞いて、会場の宇宙人たちは外へと出て行く。ヒロは荷物を取りに席へと歩いた。ミカがいた。ミカは呆れた目でヒロを見つめていた。
「まずかったかな」
ヒロはそう言ってミカの反応を待った。
「まあ、まず過ぎたと言っておきましょう。だいたい貴方は宇宙人ということになっているのよ。つまり、特権階級ってことよね。それなのに、わざわざ私はヒトですと告白すつようなことをした。それってバカのすることよね。だいたい宇宙人なんていい加減なものなのよ。まあ、ヒロは宇宙人の歴史を知らないから、仕方ない面もあるけどね」
ミカの話を聞いてヒロは驚いた。
「ミカ、君は宇宙人の歴史を知っているのか?」
「あたり前でしょ」
ミカはそう言うと「The History of Athenia」という分厚い本を取り出した。
「長いから重要なことだけ教えてあげるわ。みんながいなくなったら、説明するわね」
数分が経ち、会場はヒロとミカだけになった。
「では、講義を始めます。アセニア星人が地球に来たのは10万年前。宇宙船に乗って来て、地球上でも宇宙服を着て生活していた。その数22家族、805人。故郷の星を出て彷徨っていた彼らには、地球は良い星だった。彼らは大気圏の調整など、生態系を変えて宇宙服を脱いでも暮らせる環境を作った」
「さらにいろいろな動植物に品種改良を加えた。特に力を入れたのが、類人猿とイルカと烏賊と梟ね。そして8万年前に現生人類であるヒトを作り出した」
「彼らはその頃3000人程度になっていた。そこから部族ごとに分かれて地球上を移動し、各地に文明を築いたがどれも長続きしない。やがてアセニア星人も絶滅しそうになる。地球環境に適応するための技術の蓄積がなかったから。彼らは3次元の身体と高次の意識からなる生命体だったんだけど、3次元の身体を維持できなくなった。そこで、3次元の身体を持つヒトに寄生することにした」
「彼らは王族となった。寄生された身体であるヒトの側は高次の意識とつながり、自分がアセニア星人だと知ることができる。また、高次の意識には特別な力もある。そうして、ヒトを支配していたんだけど、偽物の王や、この方法を真似した別の宇宙人が増えてきて、アセニア星人の野望であるアセニア文明の復興がなかなかうまく行かない状況になった」
「焦ったアセニア星人は産業革命を起こす。そこからは飛躍的な進歩と破壊、歴史の教科書からもわかる通りね」
「いい。このビルトワールド会議はアセニア星人の野望を満たすための作戦会議なの。もちろん、反対勢力はたくさんある。でも、私たちがここにいるってことは、私たちはアセニア星人ですと宣言したのと同じこと。それなのに、ただのヒトみたいなことを言い出すから、みんな驚いたでしょうね」
ヒロは何から聞けばよいのかも分からなくなったが、息を飲みながら言った。
「で、今その純粋なアセニア星人はどれくらいいるのかな?」
「それはこの後の人口パネルで出ると思うけど、定説では8000人ね。偽物も多いからそれには注意が必要」
「宇宙人になると何か良いことでもあるのかな?」
ミカはヒロの言葉を聞いて無言になった。1分ほどしてからだろうか、ゆっくりと話出した。
「貴方はヒトが幸せになれると思う? 労働、苦痛、死の恐怖。宇宙人になればすべてから解放される。人間としての豊かな生活が約束されることにもなる。さらに死もないわ。高次の意識は3次元の身体が死んでも、また別の身体に寄生できる。人類が滅びない限り、生まれ変われるから」
ミカはそれだけ言うと、会場を後にした。
会場を出ると、ヒロは池の方へと向かった。そこにはケリー夫妻とマルゴー、そして一人の老宇宙人がいた。ケリーはヒロを見つけて声をかけた。
「ヒロ、良かったらこっちで一緒に話そうよ」
ヒロは一人になりたかったが、断るのも悪いと思った。ヒロはマルゴーの隣に座った。
「このご老人は僕がピルシキ星人じゃないかと疑っているんだ。ヒロ、違うって言ってくれないか」
ケリーはそう言って笑った。ヒロにそんなことが分かるはずもない。しかし、ヒロはすぐにこう言った。
「ピルシキ星人はここには来ないでしょう。来る意味がない」
老宇宙人が目を見開いた。
「そうじゃ。来るはずが無い。そもそも、この会議の一番の目的は経済ゲームだ。連中には関係の無い問題だ」
「そうなんですよね。最近の宇宙人は経済ゲームに夢中だ。手段が目的になってしまった。それも、ヒトを巻き込んでますます破壊的、危機的になっている。僕は、もう飽きたんですよ。未だにあんなゲームに熱中している宇宙人は病気だとしか思えない」
ケリーは老宇宙人の方を見て言った。
「経済ゲームがヒトをどれだけ不幸にして危機に曝していることか。まあ、われわれが神々と呼ばれた時代や英雄時代のように、直接ヒトを扱うことは無くなりました。でも今も、隠然と影響力を持っている。自然とは残忍なものだ。ヒトにもまだ残忍さが多く残っている。宇宙人はそれを否定しない。しかし、仮にもわれわれが知的生命体であるならば、経済ゲームの持つ残忍さに嫌悪を感じるのが当然でしょう。宇宙人は経済ゲームを何度でもやり直せる。しかし、ヒトは死ねば終わりです。ヒトを駒にしてチェスをするのは悪趣味ですよ」
ケリーがきっぱりとそう言うと、老宇宙人は絶望的な顏をして腰を上げ去って行った。
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