第4話 楽園
宇宙人会議は毎年、インド洋のど真ん中にある、アメリカ領ガルシア島で行われている。世間ではここは軍事基地としてのみ意味のある小さな島とされているが、事実は異なる。人工的に作られた浮かぶ島であり、自然の楽園でもあるのだ。
宇宙人会議の一日目の昼食会は、晴天の芝生の上でのガーデンパーティーになった。ケリー夫妻と、初参加の日本人ヒロが一緒に食事をしている。ケリー夫妻は白く大きい犬を連れて来ていた。
「僕は神とは宇宙人のことだと思っていましたよ」
ヒロは笑いながらケリーに言った。
「うん。それも間違いではないね。問題は神の定義次第だ。超越的な能力を持つものが神なら、人間から見た宇宙人は神だろうね」
ケリーは笑いながらそう答えた。
「超越的な能力って、具体的には何ですか」
ヒロが突っ込む。
「いろいろあるけど、宇宙人はまず病気をしないし、事故にも遭わない。危機回避の特別な能力がある。そして、宇宙人同士は、テレパシーで意思の疎通が出来るんだ」
「なるほど、テレパシーですか。それなら、ここに皆で集まって会議などしなくても良いと思うのですけどね」
「そうかもしれないね。しかし、電話やメールで話をするのと、会って話をするのは違う。これは分かるよね。それに、なんといってもこの会議は年に一度のお祭りなのさ」
ケリーはそう言うと犬を撫でた。
「この犬は、マルゴーって言うんだけど、この犬も宇宙人なんだ」
「え、犬が宇宙人?」
ヒロの目が大きくなった。
「宇宙犬かな。最近は人間に寄生する宇宙人が減ってきてね。犬や猫に寄生するのも流行ってるんだ。中には木や苔に寄生する宇宙人もいる。まあ、昔からそういう宇宙人はいたんだけどね。人間に寄生して生きるのは気苦労が多いからね。私も来世をどうするか、まだ決めていないんだ」
ケリーはそう言うとヒロの目を見つめた。
「実は、僕にもテレパシーの能力があるように感じてるんです。僕は宇宙人なんですか?」
ヒロは勇気を出してこの質問をした。
「宇宙人だよ。でも、その前に知っておくべきことがある。ヒロはなぜ自分がヒロという主体だと考えているのかな。生物とはなんだろう。意識とはなんだろう。そんなことを考えたことは無いかな」
「ありますよ。私という観念は社会的な約束事だというのが僕の結論です。脳の基本ソフトにそう書かれていると言っても良い。だから宇宙人が生命に寄生する場合、脳の無い生物に寄生するというのがイメージできない」
「脳か。最近ブームだからね。まあ、そのうち分かるだろう」
ケリーはそう言うと、ピザをほおばった。ヒロはワインを飲み、パエリアを食べた。
「うまい。やっぱり来世も人間だよ、ケリー」
ヒロはそう言ってケリーを見た。
「そうだな」
ケリーがそう言うのを聞いて、ヒロは宇宙人も結構軽いなと思い、笑った。ケリーも笑ったが、ヒロの思いが伝わっているのかどうかは分からなかった。マルゴーがヒロのパエリアを食べようとした。ヒロはパエリアを差し出した。マルゴーは美味しそうにパエリアを全部食べた。
「ああ。ヒロのパエリアを取って来るよ」
ケリーはそう言って立ち上がった。
満腹になったヒロは池の近くの芝生で横になった。ケリーから宇宙人だと言われたことが気になっていた。
ヒロは思った。この会議に来て分かったことがある。今、地球上には少数の純粋宇宙人がいるということ。そして、宇宙人とヒトの間に生まれた雑種ヒトがいるということ。そして、ややこしいことに、雑種ヒトがそのまま、純粋ではない宇宙人、ということでもないということ。僕は宇宙人になのだろうか。その基準はなにか。そもそも純粋宇宙人は何を考え、何を感じているのだろうか。
善や悪、あるいは正義というのは人類文明が作り出したものだ。宇宙には、二元性はあっても善や悪という価値判断はない。では、宇宙人の場合はどうなのか。そもそも、宇宙人の、そして宇宙人の文明の進化の歴史とはどういうものなのだろう。
そんなことを考えているうちに、ヒロは眠りに落ちた。夢の中で、ヒロと三人の友達は、夜の公園で眠っていた。そこに、純白の小さな、体調2ミリほどのモンシロ蝶の大群がやってきた。白く光る、浮かぶように飛ぶモンシロ蝶は4人の身体の上に降り、そして消えた。この映像をヒロは夢の中で見ていた。
妖精。人間の想像力はたくましい。人間とは想像力を持つ動物だ。ヒロは目を覚ましてから、夢での出来事を思い出す。あの小さなモンシロ蝶は妖精に違いない。では、妖精とは何だろう。おかしい。科学者である僕が妖精だなんて。ヒロは現実に戻らなければと思った。時計を見た。あと10分で午後の部が始まる。ヒロは立ち上がろうとした。その時、一匹の小さなモンシロ蝶が見えた。ヒロは目を離さず観察した。花粉ではない。確実に羽根がある。しかも、浮かぶように上下して移動している。
捕まえてはいけないと思った。ずっと観察したかったが、その時間はない。ヒロは立ち上がり、振り返ると会場へ向かって歩いた。
生命とは自己複製を作るもの、という定義がある。では、意識の定義は何だろう。人類の科学は、まだ入り口に立ったばかりだ。宇宙人は知っているのだろうか。それとも忘れてしまったのか。ヒロは歩きながら考えた。そして、思考を中断した。
「ヒロ、何を考えているの?」
会場で隣の席になったミカが話しかける。
「ああ、ミカ。君は宇宙人か?」
ヒロは軽くそう言った。
「ヒロの言う宇宙人って何?」
ミカは笑ってそう言う。
「いや、それが分からないんだよ。だいたい宇宙人って言葉はイメージがどうなんだ。異星人の方が良くない?」
「でもね。もう宇宙人も地球人よね。これだけ長く地球に住んでるんだから。まあ、貴方も私も宇宙人会議に出席しているだけでもう立派な宇宙人でしょうね。純粋宇宙人じゃないけど」
「そうか」
「貴方はきっと、雑種ヒトの中から選ばれたエリートなのよ。私もだけど。そして、宇宙人の考えを理解し、宇宙人に貢献することを期待されている。でも、ある面では私たちは人類でもある。両立させるのはしんどそうね」
「宇宙人兼人間か。面倒だね」
「もう諦めなさい。宇宙人には宇宙人なりの楽しみがあると思うよ」
ミカはそう言ってヒロを励ました。
午後の部の開始5分前になっていた。ヒロはミカに小さなモンシロ蝶の話をしたかったが、その時間はなかった。二人は午後の部のパネルの資料に目をやった。「宇宙交流パネル」。何やら宇宙人会議らしいテーマだ。これは流石に予備知識が何もない。二人は真剣に資料を読んだ。
宇宙人といっても種類は多い。その資料には、それぞれの種の特性や関係が簡潔に示されていた。ヒロはページをめくって驚いた。そこには極小のモンシロ蝶が、夢の中で見た極小のモンシロ蝶が、そして目が覚めてから見た極小のモンシロ蝶の絵があった。ヤマコス星人マイクロ蝶。地球には到達していないと書かれている。いえ、あの、僕は見ましたから。地球にいますから。ヒロは叫びそうになるのを必死で抑えた。
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