レトロフューチャー650円。ロマン500円。バジルのある世界。

 一通り館内をめぐったあとで、三階にある展望喫茶〈ブルーゾーン〉で昼食をとることにした。


「鯨丼? そんなのやってるんだ」

 食券機の前で三ツ葉が言った。石巻は鯨が有名だ。それこそ、鯨の巨大缶詰が建つくらい。


「でも、売り切れみたいだね」

「やっぱ人気なのか。それじゃあこのカレーと009タマゴサンドにしようかな」

「カレーといったら黄レンジャーだね」

「あ、それは聞いたことがあるかも。黄レンジャーってカレー好きなんでしょ?」


 黄レンジャーのカレー、600円。人気ナンバーワンメニューと銘打ってある。黄レンジャー=カレー好きが周知されていることが窺える。009とタマゴサンド(230円)の関係性は謎だったけど。


「わたしは……あ、チキラーセット!」

「チキラー? それってチキンラーメン、だよね?」


 ミニライスと小鉢がセットで650円。なんだか三ツ葉がいぶかしむ目で見てくるけど、チキラーは単なるインスタントラーメンじゃない。


「そりゃ、スーパーで買ったら一袋100円とかそんくらいだけどさ、そうじゃないんだよ! 先生がデビューしたての頃は大発明だったんだよ。魔法だったんだよ! 『宇宙食と同じだ』『これからはあらゆるものがインスタントになるんだろうな』先生は作中でそう語ったくらい、未来の食べ物として受け容れられたんだよ!」

「レトロフューチャーに思いを馳せる650円ってことか」

「それから、このゴレンジャーかき氷、一緒に食べようよ」


 500円、特大サイズと書かれている。


「氷に500円って、高すぎない?」

「話題性とロマンが詰まってるからいいんじゃないかな。わたしかき氷好きだし」

「いいんじゃない? 私も見てみたい」


 それから店員に食券を渡した。


「あの、これ三、四人前サイズですけど、よろしいですか?」

 ゴレンジャーかき氷について、遠慮がちに訊かれた。わたしたちは一度顔を見合わせたけど、頼むことにした。


 展望喫茶という名の通り、眺めはとてもいい。展望席の右端に三ツ葉、その隣にわたしが座る。ここからだと萬画館が中州にあることがよくわかった。中州下流方面を展望できる。芝生の公園があって、遊具が見える。それからゆったり流れる川と、電波塔、奥には色の濃い丘があった。窓際に仮面ライダーのフィギュアがちょこんと並んでいる。一番近くのは仮面ライダー響鬼ヒビキ。平成ライダーだ。


「仮面ライダーってあんなにいたんだね」


 三ツ葉が言った。常設展示室に1号から現在放送中のゴーストまでの仮面が展示されていた。


「ね。わたしV3タイプだなあ」

「クウガとディケイドかな、私は」


 最近の仮面ライダーは女性ファンも多い。いつだったか、ワイドショーで取り上げられていた。当初息子に便乗して観ていた母親がのめりこんでしまう、そんなパターンがあるらしい。演じる俳優が格好いいのだ。

 次枠のプリキュアでは、逆にお父さんがハマってしまうって話も聞いたことがある。

 キッチンから香辛料の香りが漂ってきた。これはもしかしなくてもカレーの香りだ。舌の裏側から唾液が出てきた。お腹のスペースはバッチリ空いている。


 昼食がやってきた。チキラーセット、カレー、そしてタマゴサンドだ(かき氷は食後持ってきてくれることになった)。

 チキラーには白みがかったタマゴと青ネギが載っている。あの色と香りと、いつものちぢれ麺。いただきます。


「どう、チキンラーメン」

「うん……チキラーはチキラーだ」


 それは、かつて自宅で食べたときの味と変わりないものだった。良くも悪くもチキラーである。飾り気は一切ない、ちょっとかためのしょうゆ味。質素とも感じ得る。

 この味が当時は美味しいと感じ、驚きの味であったことに時代の流れを思い、また時代とともに肥えて贅沢になったわたし(たち)の舌を判然と思った。


 サラダドレッシングの売場にバジルドレッシング、パスタソースの売場にウニとトマトのクリームソース、世界中の味を知り、また手軽に食べられる。

 チキラー登場当時の感覚で語ると、そういったドレッシングやソースすら、作る手間を省略できるという意味で〈即席インスタント〉と言っていいのかもしれない。門扉の広い世の中になったもんだ。

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