ハンドレットリーフ

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【さ読】さっくん&読子さんシリーズより

【さ読】はじめてのお部屋訪問-1

「おじゃま、します」


「うん、いらっしゃい」


 穏やかな笑顔のさっくんが、わたしを迎え入れてくれる。

 わたしは玄関でミュールを脱いで、一歩中に入って――

 さいしょに嗅覚が反応した。ああ、さっくんの匂いだ。

 ほんのすこしだけど、意図せず、胸が高鳴る。


 今日ははじめて、さっくんの部屋を訪れた。


「入って。あんまり片付いてないけど」


「うん」


 数歩も歩かないうちに、さっくんのワンルームのお部屋の中央に、わたしは立った。

 南向きの部屋、玄関からまっすぐ向かいの、シンプルなベージュのカーテンの隙間からはJRの高架が見える。

 東側にベッド。西側の壁に座卓と本棚、パソコン。

 このパソコンで小説を書いてるのかな。ちょっと大きな画面はテレビを兼ねてるのかも。

 ベッドと座卓の間にローテーブル。これは食卓かな。

 ユニットバスとちいさなキッチン、このあたりではごくごく普通のワンルーム。

 さっくんは片付いてないって言ってるけど、ものが乗ってるのは座卓の上くらいで、清潔に整ってる。


「どうしたの?」


 さっくんが不思議そうにわたしを見る。


「ん、なんだか……新鮮だなって」


「なにそれ」


 さっくんがそう言ってちょっと笑うので、素直な感想を言っただけなのに――と、わたしはくちを膨らませた。


「男のひとの一人暮らしのところにお邪魔するなんてはじめてなの」


「そっか。……そう言われると、なんだか緊張する」


 さっくんが恥ずかしそうに言うので、わたしは吹きだしてしまった。


「座ってよ」


「うん。あ、飲み物買ってきたの。もうすこし冷やしたほうがいいと思うから、冷蔵庫に入れていい?」


 わたしは冷蔵庫の前まで歩いて、さっくんのほうを見る。さっくんは特に気にしていなさそうだったので、冷蔵庫を開けて、買ってきたものを中へ。

 中にはスーパーの御惣菜と思われるパックが三つくらい入ってた。

 今度、さっくんに料理を作ってあげよう。そんなことを考えながらローテーブルへと寄る。

 さっくんは既にローテーブルの座卓の側に座っている。その向かい側にわたしを座らせるつもりなんだろう、クッションが置かれていた。

 わたしはそれを見て、期待が空回りしてしまったような、ほんのちょっとだけ残念な気持ちになった。

 たしかに、一番最初に小説の原稿を校正して、っていう約束だけど。

 せっかくお互いの気持ちを確かめ合ったんだから、せっかく誰の邪魔も入らない二人きりなんだから、隣に座らせてくれたっていいのに。

 ――でもそれが、さっくんらしいかな。とわたしは一人で勝手に納得して、さっくんの向かいに座った。


「これ、プリントアウトしたもの。赤ペンは……」


 さっくんがダブルクリップで留められた紙の束をわたしに渡す。


「あ、持ってるから、だいじょうぶだよ」わたしはポーチからペンケースを取ると、中を探って赤ペンを取り出した。「じゃ、読んでくね。……さっくんはそのあいだ、どうするの?」


「ぼくは、もらった指摘をすぐに確認して、直せるところは直していこうかなって」


「そっか、なるほど」わたしの声はちょっと弾んだ。「うん、はじめよう!」


 わたしが読んで、さっくんが直す。なんだか共同作業みたいで、ちょっと楽しそう。

 わたしたちにしか、できない共同作業。

 わたしはさっくんの小説のページをめくり、文字の海へと飛び込んだ。

 小説に没頭してるあいだは、わたしはほかのことは考えない。

 ずっとわたしの嗅覚を刺激していた、部屋に満ちてるさっくんの匂いも、頭の中からシャットアウトされる――


 そうして、昼にはじめた校正作業は夕方で一区切りになった。


「んん、ん~~っ!」


 わたしは大きく伸び。さっくんの部屋のカーテンの隙間からは、わずかに夕日が差し込んでいる。


「おつかれさま。読子さん、ありがとう」


 さっくんが冷たいお茶を運んできて、渡してくれた。


「ううん、楽しかった。こういうの、なんだかいいね」


 わたしは自分の頬が緩んでいるのを実感した。

 お茶を一口。一生懸命作業をしたあとのお茶は、とってもおいしい。

 と、そのとき、わたしのお腹が小さく「くぅ」と鳴ってしまった。

 わたしは恥ずかしく思いながら、パソコンを操作しているさっくんを見る――聴かれてはいないみたい。


「そういえば、お夕飯、どうしようか?」


 わたしはさっくんにたずねる。さっくんの部屋の冷蔵庫事情を見る限り、買い物をするか、外食にしないと、二人分にはちょっと足りなさそう。


「あ、さっきデリバリーのピザを頼んでおいたよ」


「えっ? わたしが来る前に?」


 さっくんが電話をかけている様子はなかった。ひょっとしたら、わたしが集中していただけかもしれないけれど。


「いや、さっき作業のあいだにネットで注文しておいたんだ。そろそろだと思う――」


 と、ちょうどそのとき、部屋の中にドアチャイムの音がひびいた。

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