8章 いまが一番、高いところにいるから

8-1 外の空気を吸わないと


「だから……もういい加減に教えてくれる?」


「ダメよ~自分のコトは自分で考えんの~」


「なんでよ、私たち友達でしょ?」


「トモダチだからこそ手を貸さない時もあんのよ」


 夕飯を終えた後に電話で繰り広げられる、私と華暖の押し問答。


 内容は第二……第一ボタンの答えについて。


「隠す理由もないでしょ?」


「そっちのほうが面白いしぃ?」


「コロすわよ?」


「でもマジな話、アンタ自分で気付いたほうがい~よ?」


「……なんで」


「それって人に指摘されても、実感伴わないと思うし? エ~コがパッと納得できりゃいいけど、自分で辿り着かないと意味ないと思うんだわ」


 改まってちょっとマジっぽい言い方をする華暖。


「はあ、分かったわよ」


「うん、でも多分近いうちに気付けんじゃない?」


「無責任な発言ね」


「実際問題、アタシに関係ないし?」


 電話口のケラケラ笑いが地味にムカつく。


「でも、よかったじゃん、スグルさんとは上手くいきそうで」


「……本当にそうなる、かな」


「なるでしょ? そこまで言わせられたんならね」


「じゃ、あとは私のほうの問題だけってこと……」


「そ。でもウケる~コクった相手の返答聞かないとか、アンタどんだけスグルさん弄んでんの?」


「わざとじゃないんだから、しょうがないでしょ!?」


「キャハハ! メンゴメンゴ~」


 ったく、こんなヤツしか相談相手いない私も私よね……


 電話を掛けたのは私。

 第三者の意見を聞きたくて、私はガラにもなく恋愛相談……みたいなものをしている。


 先日の傑さんとの流れを、客観的に見聞きしてどう思うのか聞きたかったのだ。


 だって極度の自惚れじゃなかったら、傑さんは私の望む言葉を返してくれたはずだ。


 でも全部が全部教えるつもりはなかった、細かいところはボカして言うつもりだった。


 けど華暖が「そりゃないわ」「キッツ~」とか小気味よい相槌を打ち、先を促すもんだから、単純な私はそれに乗せられて結局全部ゲロッてしまった……


 転勤の話でケンカになったこと、私がレイカさんに出て行けといったこと、傑さんが私の告白の答えを用意してきたこと、電波な答えを返したことも全部、ね。


 そして全部聞いてさんざ笑った後に「アタシ、トッシ~のボタン欲しがった理由に心当たりあるよ」なんて言い出すのだ。


 それでいまの会話である。

 華暖は自分で辿り着いたほうがいい、なんて言うけどいますぐ答えが知りたい。


 結局、華暖には本気なのかどうかわからないエールを送られ、近いうちにスタバいこ、わかったLINEする、と”じぇいけい”の月並みを交わして通話を終えた。



 ふう、とため息を付いて、椅子の背もたれでグッと伸びをする。


 珍しく頭を使ったので疲れた。

 あ、別に華暖との会話で疲れたんじゃない、いやそっちはそっちで疲れたけど。


 今日は久しぶりに予備校へ行った。


 大人数の授業では気にならなかったけど、そうでない授業は「お前マジメに受かる気あるの?」みたいな目をされた。


 さすがに言い返せない……一週間も休んだことも、未だに志望校もふわっとしてることも。


 まだ若干、風邪気味ではあるけれど、家でずっと休んでるより、外に出ないとウジウジしちゃってダメだ。


 実際のとこ、今日も家でジッとしていたら縁藤家問題と、傑さん問題のダブルパンチで気が滅入っていたに違いない。


 濃密な一日だった。あれからまだ一日しか経っていない。


 私は昨日、コンビニに行った後、レイカさんのお母さんと思しき人に会った。レイカさんにこの街から出て欲しいと言った日に、お母さんが会いに来るなんて、そんな偶然ある?


 傑さんにも諭された通りだが、レイカさんに「出ていけ」と告げたことを後悔していた。


 だからもしお母さんがレイカさんを連れて帰るつもりなら、私は阻止しなければいけないと思った。


 ……でもよくよく考えると、それはないことに気付く。


 だってここに来れたのは優佳さんの手引きがあるのだから、優佳さんの望まない展開になるはずはない。

(私はこの時、纏場の手引きであることを知らなかったのだけど)


 それでも道案内がてら色々質問をして、会いに来た人――レイカさんを連れて帰るつもりなのか聞いてみた。


 けど、そんなつもりはなかったようだ。久しぶりに会えることを楽しみにしている、それだけだった。


 だから私は、気になりはしたけどそのまま縁藤家にお母さんを案内した。別れ際にこの町のいい人として、挨拶することを忘れずに。


 そして帰った後……傑さんに鬼のように怒られた。

 なんで勝手に家を出て行くんだ、心配したじゃないかって。


 心配して、怒られるのなんて……新鮮でちょっと嬉しかったのは秘密だ。

 それから傑さんは夜になって「社長がうるさいから、少し顔を出してくる」と言って帰った。


 少し名残惜しかったけど、私はなにも言わず送り出した。


 だっていま一緒にいても、次のステップには進めない。

 電波を患っている私から解放されなければ、彼に返事をすることも出来ないのだから。


 そして予備校が終わり、そのモヤモヤを聞いて欲しくて華暖に電話。そんな感じ。


 体を机に戻し、いま一度姿勢を伸ばす。

 それよりも私には優先しなければならないことがある。


 もう片方のモヤモヤはすることが分かっている、私から解決に向けて動くことができるのだから。


 レイカさんに謝ろう。

 私は誰も望んでないことをした。


 優佳さんだって、纏場だって、傑さんだって。


 傑さんは自分の代わりに真実を伝えたことを感謝してはくれたけど、レイカさんに街から出て行って欲しいというのは、言い過ぎだと言った。


 それは謙虚に受け止めないと。

 また、私は頭に血を登らせてやってしまったのだから。


 優佳さんにも謝らなければいけないけれど、先に私が頭を下げなきゃいけないのはレイカさんのほうだ。


 善は急げ。スマホを手に取り、通話ボタンを押す。……コールのみ。


 まあ、レイカさんは仕事をしてると言っていたもんね。忙しくっても……と、目の前でスマホが振動し出した、折り返しだ。


「はい、林です」


 スマホの着信に名乗る? なんて自分にツッコミを入れながら返答を待つ。


「エーコちゃん? いま、だいじょうぶ?」


「……あれ? 優佳、さん?」


「そうだよ~、誰だと思ったの?」


 耳からスマホを離して相手を確認する。そこには間違いなく”縁藤優佳”と書いてあった、折り返しだと勘違いしていた。


「いまね、エーコちゃんちのとこまで来てるの、ちょっと時間大丈夫かな?」


「え、でも、まだレイカさんに……」


「レイカ?」


「あ、えっと、その……」


 なに言ってんだ、私。

 レイカさんに先に謝りたかったのは私の都合だろ。


「……いま、ダメだった?」


「い、いえ! 全然! いま行きます!」


 私は着信も切らずに階下へ向かって走って行った。

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