4-17 自分からは逃げられない
纏場のバッグに生徒会予算を入れて、それを俺が見つける。
そして纏場を現行犯で確保し、職員室に連れて行く。そうすれば纏場が犯人で決定だ。
しかし予算の全額をバッグに詰めるわけには行かない、一部の金は牛木たちに渡さなければいけないからだ。全額ないことに文句を言われるかもしれないが……それは奴らに飲ませる。
囲まれて暴力を振るわれた時のことを思い出すと、吐き気がする。それでも全額を渡すことは出来ない。文化祭がの中止は越えられない最後の一線だ。
だが生徒会予算が見つかった後、そこに全額がないことが分かったらどうなるだろう。当然、残りの金を自前で調達しなければならない。
……纏場の両親に、多大な迷惑をかけることになる。
これは、完全に犯罪だ。
俺は本当にそんなことをしようとしているのだろうか。
……だが、もう後に引けない。
俺の今後の事を考えたら、既に自供するなんてことは出来ない。
先日から起こっていることに、現実感が湧かなかった。
俺はいつからこんな気持ち悪い世界に身を置いていたのだろうか?
いつも胸を張って歩いていたはずのこの廊下も、今は胸に泥が詰まっているようで背筋が伸ばせない。
無理にでもいつものような立ち振る舞いをしないと、怪しまれるのではないか?
こんな猫背になって歩いていたら、周りに勘繰られるのではないか?
そうして背筋を伸ばしてみる……が、胸の内に溜まったねっとりとした”泥”が存在を主張し、強烈な嘔吐感がこみあげる。
……先日からその繰り返しだった。
だが今日、決行する。
時期的にもう生徒会予算が見つかってくれないと、文化祭の開催は不可能だ。
一足早く、生徒会室に到着して纏場を待つ。
部屋に入ったらバッグを置かせ、適当な用事を言いつけて部屋の外に出させる。
その間に金をバッグに忍び込ませ、それをわざとらしく見つけ、職員室に連れて行き、それで終わり。
会長と林は今日は文房具など消耗品を買い揃えてから、生徒会室に来ると聞いている。それまでに済ませてしまえば大丈夫だ。
纏場は間違いなく俺を疑うだろう。
だが詮無い事だ、手元から金が出てきてしまえば証拠という他ない。
生徒会は当然追われ、文化祭は滞りなく運営される。
そこから纏場の姿がいなくなるだけだ、後は俺の知った事じゃない。
……心の中で、色々な声が叫びをあげている。
だが、俺はもう決めたのだ。
選択肢は既にない。
俺は、やると決めた事だけすればいいのだ。
もう何も、考える必要はない。
「お疲れ様です」
「……ああ」
纏場が、入ってきた。
心拍数が跳ね上がる。
さあ、纏場に指示を出そう。
資料室に、適当な書類を取りに行かせればいい。
深呼吸をする。
……このまま喋れば声が震える。
纏場に極力、違和感を持たれるな。
いつものように、落ち着いて、平坦な声をかけるんだ。
部屋から出て行ったら、纏場はもう犯罪者だ。
……そして、俺自身も。
俺はかける言葉を整理して、息を呑み。
「副会長」
「……っ!?」
纏場がこちらを向いていた。
不思議そうな顔でこちらを見てる。
俺が動揺していることに気付いたのだろうか?
「ど、どうした……?」
応じると纏場はバツが悪そうに視線を明後日の方に向け、少し躊躇った後に俺の方に向き直り、頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
「……え?」
なんだ……?
なにがどうなってる……?
なぜ、纏場は俺に、礼など言っている……?
長いこと頭を下げたままだった纏場が顔をあげると、やはり俺とは視線を交わさず、照れ臭そうに頬を掻きながら言った。
「その、今朝も、間に入ってくれて……助かりました」
「あ……」
今朝、職員室での尋問の事だった。
「僕、正直、副会長には嫌われていると思ってました。……いえ、もしかしたら本当はそうなのかもしれませんが」
今朝も纏場に対して執拗な取り調べが行われていた。
正直、これ以上問い詰めたところで新たな展開を望めない。
教師陣としては本格的に見つからないとまずい時期だ。
もし纏場が犯人だとしたら音を上げさせて自白させよう、という形振り構っていられない一方的な尋問だった。
「だけど、大人にあんなに責められることなんて無くって、もう参ってたところに、副会長が間に入ってくれて……嬉しかったです」
俺は纏場が犯人ではないことを知っている。
だからどんなに問い詰めたところで、自白もしないし金も出てこないことを知っている。
でも目の前で、何の罪もない人間が理不尽な攻撃に遭っている。
それが、俺が憎らしく思っている人間でも、黙って見ているなんて俺には出来なかった。
偽善者……それが俺の本当の姿だった。
生徒会副会長でもない、二階堂傑という一人の人間でもない。
自分で作った落とし穴を、自分で埋めているだけ。
世界で一番くだらない人間。
「……よしてくれ」
「いえ、あの場で助けてくれたのは副会長です、だから……」
「俺はお前など助けてはいない!!」
立ち上がり、叫んでいた。
急なことに驚き、纏場は目を見開いて口を半開きにしている。
……当然だよな、急に激昂するなんてどうかしている。
俺は、とっくにおかしくなっていた。
「そうだ、俺はお前が嫌いだった」
口が、止まらない。
「いきなり現れて大したことも出来ないのに、会長の幼馴染というだけで、生徒会を我が物顔か? 生意気なんだよ!」
こんなこと言ってもどうしようもない。
「注意したことにはいちいち口を挟む、なぜ素直にハイと返事が出来ないんだ!?」
いや、決してどうでもよくはない、か。
「それと年上に対する言葉遣いがなってない、合同企画の件でもお前は全ての先輩にちゃんと敬語を使ったか? 話してると少しずつ崩れてきているだろう、そういう詰めが甘いところが駄目なんだ」
悪いところを指摘して、生徒会のメンバーとして恥ずかしくない姿を、俺の理想としてる姿を、纏場に徹底的に叩き込む。そして悪い点を直れば、纏場は恥ずかしくない生徒会のメンバーになれるだろう。
「全部が適当なんだよ、纏場は! だからお前に安心して仕事を任せられない、任せようと思っても二の足を踏ませるんだよ!」
じゃあ、俺はなぜ今になって纏場にこんな”指導”をしている?
こんなのまるで、ただの先輩と後輩みたいじゃないか……
「だから……」
だから……なんなんだ?
それでも憎いから、纏場を犯罪者に仕立て上げようとしたのか?
嘘だろ……?
だって、俺は今こんなにも清々してしまっている。
纏場に面と向かって気になったことを指摘するだけで、全て解決してしまったような気でいる。
俺はただ纏場に面と向かって、思ったことを言ってやりたかっただけだったのか? そうするだけで俺はこんなにも気が楽になるっていうのか?
じゃあ何故、俺はこいつを犯罪者に仕立てた? こいつはそんなにも悪いことをしたっていうのか!?
いいや、していない。
じゃあ間違ってたのは俺……なのか?
俺はそんなこともわからない、馬鹿な人間だったのか?
……そもそも俺が許せない、憎いと思った、一番最初の気持ちは何だったんだ?
――会長が、優佳さんが、こいつに取られたことが悔しかった。
ただの……嫉妬だった。
「はい、気を付けます。忠告、ありがとうございます」
「……御、忠告だ」
「はい、御忠告、ありがとうございます!」
纏場は、笑みさえ作って、俺に礼を言った。
その顔を見て、俺は今更ながら悟ってしまった。
……纏場は何も悪くない。
纏場は一度痛い目に遭うべきだと、自分勝手に思っていただけ。
そして俺が勝手に暴走して、どうしようもなくなり後に引けないなんて思いこんだ。
こいつだって理不尽な言いがかりをつけられ怒っているはずだ、精神的に参ってるはずだ。それなのに何故、俺なんかに感謝の言葉をかけることなんて出来るんだ?
お前に不要な仕事を押し付けて、無能を曝け出させようとした。
本当は分かっているのだろう? ただの嫌がらせだったって。
お前だって納得のいかない顔をしていたじゃないか。
火事の件だってそうだ、俺はお前の管理問題を前に出して会議で恥を掻かせようとした。
その時だってお前はただ黙って、俺の言う事を聞いていた。
俺に対して好意なんて欠片もないだろう?
それなのに何故。
なんでお前はそんな顔を、俺に向けることが、出来るんだ……?
纏場が後輩で、俺が先輩だから……?
はは、そうか。
……纏場は敵でもなんでもなかったのか。
大切な生徒会の、一員だったのか。
俺の、仲間、だった。
「纏場……」
出来ない…………。
「……副会長?」
もうすべてが手遅れだ。
そんなことは分かっている。
だけど、無理だった。
纏場に罪を擦り付けるなんて、俺には、やはり、出来ない……
「……すまなかった」
俺はすべてを白状する他なかった――
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