待っている。心臓を抉られるその瞬間を。

@OI-OI

第1話 待ってるよ、その瞬間を。


 今日、心臓を吐き出した。


 吐き出した感想?


 ・・・気持ち悪いかな。






「行ってらっしゃい。」


「行ってきます。」


下の階から声がする。


別に大きな声でもないのに、なぜ目が覚めたのだろう。


スマートフォンの液晶を明るくすると、アラームが鳴る二分前だった。


私が自然と目が覚めるなんて、今日はゲリラ豪雨でもくるのだろうか。


私は寝返りをうち、天井を見た。


白く、朝の日差しでちょっと灰色掛かった天井を。


・・・ここに引っ越してきて一年半くらいかな。


前にいたアパートの天井は、この時間帯だともっと灰色をしていて、起きるのも嫌になった。


今いる立派な一軒家は、うーん、そうだね、朝は苦手だけど、前のアパートよりは目覚めが良くなったかな。


・・・おじいちゃんが建ててくれた一軒家。


地震にも負けないんじゃないかってくらい強く、たくましく見えた。


休みの日は、家族みんなで建てている過程を何度か見せてもらったりして、新しく始まろうとしている生活にワクワクしていた。


両親念願の一軒家っていうもんだから、私たち姉妹よりも両親の方が子供みたいにキャッキャと騒いでいた。


まだできてもいない木材だけの家で、ここにテレビを置くんだとか、時計はここに飾るんだとか、いつ皆で新しい家具を見に行こうかとか、面倒だけど、私もとってもワクワクしたことは間違えない。


それが今はどうだ。


目覚めが良くなったと実感しながらも、いつまでたっても起きない。


あの頃あった家に対してのワクワクもとっくに消えた。


アパート暮らしだった頃の私たち姉妹の憧れ。


それぞれの部屋、というものを手にしてからは見事当たり前になって、現状のありがたさを忘れている。


ピロリ〜ン♩ ピロリ〜ン♩


アラームが鳴った。


目は覚めているけど、あーもう、寒いし起きたくない。


「愛! いつまで寝てるの!?


お友達くるでしょ!」


・・・アラーム鳴ったっつーの。


下から聞こえて来るお母さんの大きな声。


しぶしぶ私はロフトベットの階段を降りた。


ドアを開けて眠い目をこすってリビングに顔を出すと、そこにはもう朝食がテーブルに置いてあった。


「・・・いただきまーす。」


そう言ってゆっくりしたペースで食べていく。


「ほら! そんなペースじゃ間に合わないでしょ!?」


「そんなことないって。」


「またお友達待たせることになっても知らないからね?


朝練はキツイだろうけど、皆んな一緒なんだからね?」


「知ってる。ごちそーさまー。」


「もういいの?」


「うん、あんま食べると動けないからさ。」


「そう? じゃあ支度しちゃいなさい。」


「ねぇ、お母さん、今日の放課後練習ね、一年生エースを決めるんだよ。」


「へぇ、そうなの! 頑張ってね。」


「うん! 私なれるかも!」


私はそう少しだけ得意げに言った。


「またそうやって、いい気にならないの。」


「なってないよ。自信あるだけだもん。だって、自主練あんなにしてるんだよ? なれなかったら神様がいるなんて嘘だね。」


「まぁ、練習してるのか知らないけど、自信があるならいいんじゃない? 早く用意してきなさい。」


「はぁーい。」


制服に着替えてさっさと髪を束ねて玄関を出た。


「行ってきますはー!?」


お母さんの声が玄関まで届いた。


「行ってきまあぁぁぁぁす!」


投げやりの行ってきますを返すと、ちょうど友達が来た。


友達は笑っていた。


「おはよう。今日は早いんだね。」


「おはよう。まぁね! やるときはやれるのよ。」


「いつもそうだったらいいのにね。」


友達はいたずらな顔でからかってきた。


「それは言えてる。」


私はおもわず笑った。


「それとも、今日は放課後練習にとても大事な事があるから、唯一の朝練に気合い入れてるの?」


「それもあるね! 絶対一番を取る!」


「愛ちゃんならとれるよ! 一番になってエースになってね、応援してる。」


「何言ってるの! 今日はライバルなんだから、正々堂々と勝負だよ! エースをかけた一番をね!」


「私はエースなんて無理だよ、強い人沢山だし、それに、愛ちゃんには勝てないよ」


「何言ってるの! やってみないとわからないよ。」


「まぁ、頑張ってみるね。」


そういった友達の顔は、ほんの少しだけ寂しそうだった。


それを見た私は、少しだけ話を変えることにした。


「ねぇ、シングルとダブルスどっちが好き?」


「え?」


「私はシングル! 疲れるけど、勝った時の達成感あるから!」


「愛ちゃんらしいね。私はダブルスかなぁ、チームって感じするし。」


「じゃあ、エース狙わなくてもいいかもね! エースになったら強制的にシングルだよ? ずーっとね!」


「そうかもね。」


友達は少し笑顔になった。


それからは学校に着くまで歩いて他愛ないお喋りをした。


それはそれは、中学生らしいくだらない内容のおしゃべりだった。


私たちの部活であるバドミントンの話も踏まえて、お互い朝からゲラゲラと笑った。


もちろん、ほんの少し、顧問の悪口も挟んで。


喋るたびに口から出てくる白い息。


寒いはずなのに全く感じない温かい友達という存在。


これなら冬も越せそうだ。


今日の朝練は体育館が使えないから外周という最悪なメニューだけど、苦じゃないのは、側にいる友達や、一緒に頑張れる仲間の存在だということが大きいんだろう。


しっかり午後のためにも体を温めて、エース争奪戦に挑む。


そして、大会では仲間のために上を目指して、エースとして、学校の名を広めるために貢献する。


それだけだ。





「ほら、やっぱり愛ちゃんが一番だったじゃん?」


友達は全てわかりきっていたかのようにそう言った。


もうすっかり外は暗く、その表情はくっきりと見ることはできなかったが、確かにそんな顔はしていた。


「よかったよー、 本当に1番とれなかったらどうしようかと思ったよ。けど、これでエースだ! よし! この先も頑張って試合も勝っていくよ!」


「おめでとう。」


「ありがとう!」


おめでとう。なんていい響きなんだろう。


こんなに心地よい言葉はきっと数少ないと思う。


その数少ない特別な言葉を、私は今、最高の友達に言われてしまった。


幸せだ。


さらに向上心がフツフツと湧き出てきた。


これが友達と言葉の力というものなのかと思うと、必要以上に不思議に思った。


それと同時に自分は単純だということも感じた。


「愛ちゃん、家、ついたけど?」


「へ?」


私は間抜けな声を自然と出していた。


「あ、あぁ! 家だね! バイバイだね。」


「もー、どうしたの? ぼーっとしちゃって、エースさんしっかりしてくださいなー?」


「エースだなんてー、照れるなぁ!」


私は恋してる人に対して見せるような、デレついた顔でそう言った。


「気持ち悪いなぁ、もー、じゃあね! お腹すいたから帰るね。」


「うん! ばいばーい! また明日ねー!」


そう言っていつものように別れていった。


お友達は、まだ続く道をずっと真っ直ぐに、私は家の中に。


オレンジ色の明かりがついている家の中へ、私は吸い込まれるように入っていく。


玄関ではほんのりと夕ご飯の匂いがしていた。


「ただいまー。」


そういってリビングのドアを開けた。


「あら、今日は家の前でお喋りしなかったのね。」


「お腹すいたからね。」


そう言いながら私はテーブルの席に着くなり、「いただきます。」と手を合わせて先に一人で食べ始めた。


すると、いきなりリビングのドアが開いたかと思ったら、大きな笑い声と供に「ただいま。」という二人の声がした。


お父さんと妹だ。


いったい何事だというのだろうか。


「あら、お帰りなさい。ここに来るまで全然気配感じなかったわ。」


お母さんはそういうと、二人分の味噌汁とご飯を盛る。


「あ、今日は愛の方が家に着くのはやーい!」


「舞、そろそろお姉ちゃんっていいなさい。」


お母さんは二人分の味噌汁とご飯をテーブルまで運びながらそういった。


すると舞は口を膨らませて誤魔化していた。


「いただきます。」


お父さんは、そんな私たちを横目において食べ始めた。


「うちも食べるー、あ、野菜いらないからお父さん食べてー。」


「えー、俺も嫌いなんだよ。」


「二人とも野菜は食べなさい。」


お母さんは二人に強くそう言った。


二人は「はい。」とションボリ気味に言うと草食動物のように黙ってムシャムシャと食べ始めた。


「あ、お父さん! ちょっとズボン! そんなに汚れてたのに座っちゃったの?」


「あ、すまん。」


お父さんは「まずい」と言った顔をしてお母さんに謝った。


「もー、誰が掃除すると思ってんのよー。立ったら拭いてよねー。」


「はい。」


ここの家族は子供は三人いるのかと、たまに私は思ってしまう。

そう、このようなことがあるとね。


「それで? 仕事の方はどう?」


お母さんは席に着くなりそう言った。


「あ? あぁ、普通。」


「そう、よかった。」


私は両親二人の顔を見た。

別に、今のこの会話がどうとかじゃないとは思う。ただ、雰囲気が。

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