第2話 頭文字G
「ここが問題の下水道ね……」
ルイーズの肩から降りゴーグルを掛け、帽子の上からヘッドランプを装着しマリアがつぶやく。
ここは大都市の中心街と工業地区を繋ぐ大橋、その高架下にある川に流れ込む下水溝だ……天井までは4~5m程あるトンネルになっている。
「よ~し!! さっさと仕事を終わらせちゃおう!! ルイーズ!!」
「はい!! お姉ちゃん!!」
背負ったリュックから両手持ち出来る様に柄の長いスレッジハンマーを取り出しマリアに手渡すルイーズ。
一瞬重みで体勢を崩しそうになる。
ハンマーはマリアお気に入りの
ふくらはぎまである水位の下水道をハンマーを引きずりながら奥へと進む。
時折トンネルの縁に鼠達がおり、ライトに照らされると一目散に逃げて行った。
「鼠の大量発生かしらね……数が多いのはそれはそれで面倒くさそうだわ……」
気だるげに下水道を進むマリア。
後ろには彼女を見守る様にルイーズが付き従う。
「うらあああ!!!!」
道中で見つけたハエや鼠をマリアは片っ端からハンマーを振り回し叩き潰す。
そこら中の壁や天井に血液や体液がこびりつく。
ルイーズはと言うと柄が伸びるタイプのデッキブラシでその汚れを高速で洗い流していた。
一本道を暫く歩くと、二人はとても大きく開けた場所に到達した。
そこは結構大きなホールになっていて足元には大量の汚水を湛えている。
辺りを見回すとあちこちにトンネルが開いている……どうやらこの部屋に一度汚水を集中させ、マリア達が入って来たトンネルから外の川に排水する仕組みの様だ。
ただし集合しているトンネルやパイプの数が尋常ではないのだ。
「はぁ、こんなに分岐してるなんて……こんなのどうすればいいのよ!! 一日かけたって終わりゃしないわよ!!」
突然キレるマリア。
これだけの数のトンネルの害獣駆除など、どれだけ日数が掛かるか分かった物ではない。
「待ってマリアお姉ちゃん!! 何か近づいて来るわ!!」
ガサガサガサ………。
何かが蠢く音が次第に二人の居る下水ホールに近づいて来る。
やがてその音の主はその姿をマリア達の前に現わした。
それは巨大な昆虫だった……全体に平べったく、外車並の大きさ。
濡れたようにテラテラと黒光りする甲殻。
長い頭頂部の触角は体に沿って大きく反り返っている。
そう……キングオブ害虫のあの虫だ!!
名前を言うのもはばかられるあれのビッグサイズ!!
「い~~~や~~~!! Gよ!! でっかい『頭文字G』が出たわ!!」
ゴーグルの上から手の平で目を覆いしゃがみ込んでしまったマリア。
『頭文字G』とは、名前を言いたくないマリアが勝手に付けたあの虫の隠語だ。
マリアはこの『頭文字G』が大嫌いで見るのも嫌なのであった。
どれだけ嫌いかと言うと、全身鳥肌が立ち震えだす始末だ。
「お姉ちゃん!! ゴーグルを『モザイクモード』に切り替えて!!」
「あっ、そうか!! 分かったわ!!」
ルイーズの助言に従って装着しているゴーグルの側面にあるダイヤルを捻る。
『モザイクモード』とは……予め入力してあるゴーグル装着者が見たくない物にモザイクがかかるシステムだ。
これでマリアの視界に映る『頭文字G』の姿にモザイクが掛かり嫌悪感が薄らいだ。
「よし!! これならイケる!! この……!!」
取り敢えず『頭文字G』の視覚的恐怖から逃れたマリアは遠心力を利用して思いっきり手持ちのスレッジハンマーを『頭文字G』の頭に向かって振り下ろす。
ゴイイイイイイン!!!
「あっ……!!」
ジーンと腕が痺れる。
何と傷一つ付かずはじき返されたのだ!!
「コイツ!! 戦車並の硬さね!!」
まるで戦車を殴った事がある様な口振りだが彼女ならやり兼ねない。
「これならどう!?」
今度は低めの横薙ぎにハンマーを振るう……狙いは脚だ。
甲殻に比べて細い脚ならばダメージが通ると考えたからだ。
しかし『頭文字G』は羽根を羽ばたかせ宙に浮きこれをかわす。
巨体に似合わず実に身軽だ。
「飛ぶとは生意気ね!! ルイーズ!! 『ガジェット君』を貸して!!」
「はい!! マリアお姉ちゃん!!」
ルイーズは背中の大きなリュックから何やら怪しげな装置を取り出した。
ランドセルの右側面から掃除機のホースの様な管が出ており、先端がパラボラアンテナ的な形状のおもちゃの光線銃の様な物が付いている代物だ。
マリアが背中を向け、ルイーズは手際よくガジェット君を背負わせた。
両手で銃を持ち、飛んでいる『頭文字G』に標準を合わせるマリア。
「くたばりなさい!!」
なんちゃって光線銃の先端からパチンコ玉位の大きさの鉄の球がマシンガンの様に連続で高速に打ち出される。
しかし『頭文字G』は難なくその鉄球を避ける、中々のスピードだ。
数発はヒットしているはずなのだが意に介さず飛び回っている。
「も~~~!! これならどう!? 害虫は焼却よっ!!」
しびれを切らしたマリアが銃に付いているツマミを切り替えガジェット君のトリガーを引くとそのパラボラアンテナの先端から凄まじい勢いで火炎が放射される。
「あっ!! いけないお姉ちゃん!! ここは地下……!!」
「え?」
ルイーズが警告するも時すでに遅し、ホール全体に大爆発が起こったのだ!!
ホールに繋がっているトンネルやパイプ、ありとあらゆる通路に爆風が勢いよく吹き抜ける。
地上にも被害が及び、マンホールの蓋が次々と吹き飛び、消火栓からは噴水の様に勢いよく水が噴出する。
道路を走っていた自動車や歩行者を巻き込み大惨事となった。
「……ゲホゲホッ……大丈夫ですかお姉ちゃん!?」
あれだけの爆発の中、姉妹は無事であった。
但し二人とも顔も体もすすけて真っ黒……。
髪の毛は正にボンバーヘアと化している。
爆発の瞬間、ルイーズがマリアを素早く引き込み覆い被さる様にしゃがみ込み、爆発に背を向けて耐えたのだ。
お蔭で彼女の背負っていたリュックは見る影もないが……。
「うん、平気!! ありがとうルイーズ!!」
マリアはルイーズにギュッと抱き付きお互いの無事を確かめ合う。
その時のルイーズのだらしない表情ときたら筆舌に尽くしがたいものであった。
「もう……地下や下水道は可燃性のガスが溜まっている時があるから気を付けて下さいね?」
「てへへ……ゴメンね!!」
優しく諭すルイーズに対して後頭部に手を回して苦笑いするマリア、てへへで済めば警察はいらないのである。
煙が晴れ視界がはっきりしてくると、そこには丸焦げになった『頭文字G』の死骸が嫌な臭いをさせてひっくり返っていた。
さすがにあの爆発には耐えられなかったらしい。
「ねえ……あれ見て!!」
マリアが指差した先の崩れたコンクリートの壁面から何か白い物が覗いている。
近寄って見るとそれは何かの卵の様であった。
ピンクの水玉模様で電気ポット位とかなり大きい。
「……何の卵でしょうか? この形といい硬さといい鳥類の様な気もしますけど」
「取り敢えず持ち帰って見ましょう!! まずはそれからよ!!」
マリアはルイーズに怪しげな卵を持たせ、二人はそそくさと爆発現場を後にした……と言うか逃げ出した。
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