ちょっと待ってくださいよ。

春夏秋冬 春菊

chapter 1 わん、つー、すてっぷ。

 おれはどうしてこんなところに。おれは平々凡々に成績を保ち、暮らし、そして悠々と過ごしてきたのに。カミサマというものはよっぽどおれに恨みでももっているのだろうか。全く度し難い。そもそもおれはクラスの女子みたいなトリップを求めてなんかいないし、キャラクターを間近で見たい訳でもない。

 なのにどうしてこうなったのだろう。樋上 明(ひがみ あき)――17歳。今からおれは、この世界の王子様になれるらしい。



「わたし、カミサマ! 宜しくね明!」


 唐突に言われた言葉に「は?」と返したがいいだろう。言いたくなるくらいには頭がおかしいやつだ。精神科に連れて行って看てもらわないと...診てもらわないと。

 なんだこいつ。なんだったか...あー、中二病?おれの信じている神様は残念ながら〝こんな〟カミサマじゃない。もっとちゃんとしていて...そう、まるで天照のような...。いいか樋上明、おれ。天照のような神話の中に登場するようなものでなくても、神など存在するわけがない。

 そしておれよ、日本男児たるものこれくらいで動揺してはならないぞ。さて、こいつはどうしたら家に帰せるだろうか。お腹が痛いが気にしてられるもんか。自問自答を繰り返している間、おれが直立不動になっている間に、〝そいつ〟はこう言った。


「明にはこれからトリップしてもらいまーす☆」


 いよいよおれは目を見開いて眼光も鋭くなり、そしてカミサマの横にブラックホールらしき穴がある事に笑ってしまった。現実逃避はどうでもいけど早くおれは帰りたい。…のだが、これどうすればいいんだろうか。言う通りにしてもしなくても今家に帰れないのだったら仕方もあるまい。


 ええい、ままよ!



 樋上ひがみ あき。トリップ先の名前は本名ではいけないようなので絶望している系男子です。ええ。です。王子にならせてくれるだったはずなんですがね。





……なんでおれお姫様扱いされてるんでしょうね、絶望を超えた絶望しか心の中に残ってないんですけど!!!!





「姫様姫様、こちらの御着物を召されて下さいまし」


「いえ、姫様にはこちらの御召し物の方が……」


「なにを言っているの!こちらよ!」





おれがいつの間にか姫になっていた件について、誰か教えて頂けませんかね。









 自称・神様の隣に開いていたブラックホール的な穴。自称・神様のどこか逆らえないような強制力を持つ朗らかな笑顔を見ていると、入らなければいけないような気がして。とはいえ語彙力のないおれにはうまく表現できる気もしないので、神様に会えばわかる――逆にいえば神様と会わなければわからない奇妙な感覚があって。





「そこに入ればいいんだな……?」


「わあっ、入ってくれるのー? 神様うれしいなーっ」





 恐る恐る問いかけたが、そんな必要もないほどに綺麗な笑顔と軽やかな口調で答えられて、どこか肩の力も抜けた。先ほどまでの針を入れたような緊張感とは裏腹に、今の雰囲気はまるで光の当たる野原にいるようなほのぼのとしたもので。


 その中でふと、本当にパッと頭の中に浮かんだ疑問は、自分でも知らない内に声に出していたようだ。





「お前の名前! 何て言うんだよ!」





 そう問いかけたおれに向かって自称・神様は――





「アンリだよ、明くん! ――また会おうね」









 お前あの時の感動はどうしたんだよ。どこに置いてきたんだ。そう叫びたくなるくらいには、おれはアンリに怒っていた。「?」じゃねえんだよてめえ。また会おうね、の「また」が早すぎるんだよふざけてんのかよ。アンリはこの世界のおれの生活を縛るだけに留まらずおれを女装させた挙句、この国の王子に謁見させた。


 しかも女装をさせたまま。確かにおれはクラスの女子に「かわいい~!」と言われるくらいには顔も整っていたし、いやでもそんな、





「素晴らしい可愛さだ……是非僕の妃になって欲しい」


「……は、」





おいアンリ、裏で笑ってんの知ってるんだぞ出てこいコラァ。


そしてBLフラグはたたっきるから覚悟しとけよ。


(さて...考えなしの阿呆なおれ、どうするよこれから)

(...わかんねえな。)

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