第22話 ヴァンパイアを呼び出す放課後

 ひかりが狼牙に続いて校庭に出てきた時。校庭にはすでに結構な数の人だかりが集まっていた。みんな部活や帰宅はしなくていいのだろうか。そんな空気でも無かった。

 これから何かショーが始まるような、そんな期待の高まりのような物が周囲の人々からは感じられた。ひかりは面食らいながら辺りを見回した。


「何か始まるの?」

「あいつがやるつもりなんです」

「何を?」


 狼牙に聞くまでもなく、周りの野次馬から聞こえてきた声が教えてくれた。


「これから転校生の子がヴァンパイアを呼び出すらしいぞ」

「へー、楽しみだねー」

「前にドラゴンが現れた時は凄かったな」

「今度はどんな見世物が見られるんだろう」


 見世物なんて冗談ではない。あの時のことを思い出すとひかりは恥ずかしくなって穴に入りたくなってしまう。

 周りはすっかり野次馬気分だ。誰も魔物を恐れたりはしていなかった。

 ひかりも出来ればそんな物見遊山な生徒達の側に回りたかったが、あいにくとヴァンパイアの本人であり、呼び出そうとしている少女とも面識があったので他人事を決め込むわけにもいかなかった。

 広い校庭の中央辺り、狼牙に案内された先にいたのは真理亜だった。

 気が付いた彼女が振り返る。こちらの姿を認めると、真理亜はすぐに笑顔になって話してきた。


「あ、狼牙君。お姉さんを連れてきてくれたんだ」


 改めてひかりはドキッとしてしまう。可愛い子だ。そんな美少女の微笑みを向ける彼女に、狼牙はすぐに食い掛かっていった。


「真理亜! お前、ししょ……じゃなくて、ヴァンパイアを呼び出すってどういうつもりなんだよ!」

「そのままの意味よ。今からヴァンパイアを呼び出してあたしが倒すの」

「ハッ、お前なんかに倒せるはずがないだろ。ヴァンパイアはな……この町の誇りなんだよ!」


 ハーピーの時の一件があったので、狼牙はこちらがヴァンパイアだってことはバラさないでいてくれた。

 魔物にとって夜に戦わないのはフェアじゃない。前の戦いの時にルールでそう決まっていたこともあって、狼牙はそう思ってくれていたようだ。

 真理亜は知らずに首を振る。


「誇りだなんてそれは間違いよ。この町の人達は呑気に構えているようだけど、ヴァンパイアは魔物なんだから。お兄ちゃんが出来なかったことをあたしが代わりにやってあげる。お姉さんも見ててね」

「うん、それはいいんだけど」


 ひかりにとっても夜じゃないとヴァンパイアの力を発揮できないので今呼ばれても困るのだが。

 やる気に漲る少女と周囲の野次馬達の期待の視線を止める言葉が無い。

 放課後ではあるが、まだ夕暮れは近づいていない。空は青かった。

 昼に戦う方法が無いわけでもないが、昼は人目があって物が見えやすいのもあって、やっぱり遠慮したいところであった。

 それよりもどうやって真理亜はヴァンパイアを呼ぶつもりなのだろうか。

 ヴァンパイア本人はここにいるわけだが……ひかりは気になって訊ねてみた。

 真理亜はヴァンパイア本人を相手に隠すこともせず、素直にお姉さんの質問に答えてくれた。


「まずは普通に呼んでみようと思うの」

「普通に呼ぶ?」

「ヴァンパイアはこの町の……みんなは騙されてるけど、守り神みたいに思われてるわけでしょ?」

「守り神かあ……」


 マジか、ヴァンパイアは守り神だった。ひかりにとっては新しい着眼点に驚く。真理亜は明るい無垢な少女の顔をしたまま続けた。


「だから今の様子も見ていると思うんだよね。ほら、人も集まって注目しているでしょ?」


 確かに人は集まっていた。守り神ならこれから何が始まるのだろうと気にして身を乗り出しているかもしれない。

 本人からすれば逆に人目があったら出てきずらいと思うのだが。真理亜は気にせず、次に信じられないことを言った。


「それにヴァンパイアって目立ちたがりみたいだしね。前に竜とこの校庭で戦ったって聞いたし、あいつはこの場所のことを知っているわ。だから、きっと呼べば出てくると思う」

「ええー、それはどうだろう」


 ひかりにとっては疑問符の出る言葉だった。だが、本人とは違って真理亜はそう信じているようだった。


「とにかく呼んでみるわ。お姉さんは下がってて」

「うん」


 ひかりは言われた通り下がって様子を見ることにした。本人の見ている前でヴァンパイアの召喚が始まろうとしている。

 周囲の人達も固唾を呑んで見守っている。ひかりも野次馬に混じって見守った。

 どうやって呼び出すのだろうと思って見ていると、真理亜はマイクを手にしていきなり大声を張り上げた。


「ヴァンパイア! 出てきなさい!」


 大きな声に耳がキーンとなる。ひかりだけでなく周りに集まっていた人達も耳を抑えた。

 声は校庭のスピーカーからも発射されて、近所の町の皆が何事かと空を見上げた。

 真理亜はさらに大声を張り上げて続ける。肺にいっぱい息を吸い込んでから、再び言葉を発射する。


「お前がこの町にいて今これを聞いているのは知っているのよ!!」


 良い観察眼だ。確かにひかりは今この町にいてこの放送を聞いていた。呼んでいる彼女のすぐ後ろで。

 真理亜は声をもっと大きく張り上げる。マイクと放送を通してシャウトした。


「あたしは加賀真理亜! お兄ちゃんに代わってあなたを討滅するためにこの町に来たのよ! あなたが臆病者じゃないなら今すぐここに姿を現すことね!!」


 放送が終わって静かになる校庭。誰もがヴァンパイアが現れることを待っていたが、ヴァンパイアが現れることは無かった。

 まあ、ひかりが動かないんだから当然だろう。こんな人目の多いところに出るなんて何て罰ゲームだろうか。

 ひかりはお笑い芸人ではないので、気の利いたヴァンパイアの漫才が出来そうな自信は無かった。

 本人が出るつもりは無かったし、これから真理亜はどうするのだろうとひかりが思っていると、肩を叩かれた。振り返ると紫門がいた。

 彼は妹に構う必要は無いぞと目で語ると、真理亜に向かって歩いて声を掛けた。


「もう分かっただろ? 真理亜。ヴァンパイアは人間を相手にしていないんだ。だから、もうこの町は俺に任せてお前は帰れ」

「まだよ。あたしだってこれぐらいでヴァンパイアが現れるとは思っていないわ。切り札があるのよ」

「え……」


 どうやら真理亜はまだ何かをやるつもりのようだ。まだやる気を見せる妹を期待に満ちた群衆の前では止めることも出来ず、紫門は野次馬の列に戻ってきた。


「妹が迷惑を掛けるな」

「今は様子を見ようよ」


 小声で言葉を交わす。

 ひかりは紫門や狼牙や学校の皆と一緒に事態の成り行きを見守った。

 真理亜は手を横に向けた。するとその先の空間にぽっかりと黒い穴が空いた。

 宙に穴が開いている。漫画でしか見たことがない光景に、ひかりは隣にいる紫門に訊いた。


「何あれ?」

「異次元ポケットだ。次元の歪に空間を作って物を仕舞っているんだ。あいつは霊的能力が高いからああいうこと出来るんだ」

「へえ、それは凄いね」


 ひかりは自分でも出来るだろうかと両手を見て気にしたが、紫門の目が真理亜のやる事を注視したままだったので、自分もそちらを向いた。

 紫門が疑問を呟く。兄でも妹のやる事は分からないようだった。


「あいつ、何を出すつもりなんだ? 切り札と言っていたが、この町に害を為すつもりじゃないだろうな」


 それはひかりも気になったので、黙って状況を見守った。

 穴の中に手を突っ込んで探していた様子の真理亜が、掴んで引きずり出してきたもの。それは……

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