第12話 星々からの脅威
夜の風は涼しい。
戦いが終わって、高ぶっていたひかりの気分にも落ち着きが戻ってきた。
辰也には勝ったが、これもほんの一勝に過ぎない。
まだ挑んでくるチャレンジャーがいるならば、戦いはこれからの夜にも続いていくはずだ。
息を整えて剣をしまったひかりの元に、不意に老人の声が掛けられた。
「決着が付いたようじゃな」
驚いて振り返るとすぐ傍に老人が立っていた。彼はひかりの知っている人、ひかりの祖父だった。
田舎で会った時には普通の優しいおじいちゃんとしか思わなかったのに、黒いマントを付けてしっかりとしたスーツで身だしなみを整えた今日の彼は不思議な威厳があるように思えた。
だが、その優しい瞳は変わっていなかった。
「おじいちゃん?」
ひかりは戸惑いながら声を掛ける。優しく迎えてくれるはずの彼は厳しい態度を変えなかった。
「時は無い。今こそ語ろうか。わしがこのような戦いを起こした意味。だが、その前に」
祖父は倒れた辰也に目を向けた。
「手を貸してやろうか? 竜帝の孫よ」
「構うな。ヴァンパイアなどの手を借りる俺では無い」
辰也はダメージに体を震わせながらも自分の足で立ち上がった。精一杯の強がる態度でひかりを睨んできた。
「認めてやろう、お前が王者であることを。この町に集まった者達のリーダーとなったことをな。だが、今だけだ。束の間の勝利を今のうちに味わっておくのだな」
辰也はリングを降りて去っていった。
ひかりは今頃になって事態の大きさを理解した。周囲の魔物達みんながひかりの勝利を祝福してくれている。
だが、自分はただ勝つために戦っていただけで、その戦いは決してみんなのための物では無かった。
みんなのリーダーになりたかったわけでは無かったのに、期せずして王と呼ばれる立場になってしまった。
学級委員という仕事ですら満足に出来ていないのに、自分はここに集まった魔物達の王となれるのだろうか。
ひかりの戸惑いも気にせず祖父は話す。自分の目的のことを。
「お前は知っておかなければならない。これから話すことを」
「はい」
事態がどうあれ言われたら聞くしか無い。
委員が先生に言われたらやるしか無いように、やれと言われたらやるしかないひかりだった。
祖父は話す。
「わしが予言したのは100年後にお前が覚醒することだけではない。星々からの脅威がこの地に訪れることもあったのだ。迫りくる脅威に対抗するためにみんなの力を高める必要があった。そこでわしはお前の覚醒に合わせてこの戦いを起こすように仕向けのじゃ。竜帝は言う事を聞かなかったようじゃがな。だが、お前は見事に制して見せた。この戦いを通してお前もみんなも強くなった」
「わたしは別にそんな」
「老いたわしにもうかつてほどの力は無い。お前になら任せられる。我が後継者よ。いずれ何年後になるか分からんが、来たる脅威に備えてみんなとともに準備をするのだ」
「う……うーん、はい」
自信は無くとも言われたら答えるしかなかった。
学校でも頼りになるクラスメイト達に丸投げして任せてきたように、魔物達にも丸投げして任せておけば何とかなるだろうか。そう思いたい気分だった。
だが、その機会は訪れなかった。
「その時はもうありません」
神々しい声とともに不意に空を赤い炎が覆った。ひかりが見上げるとそこには空を焼き尽くすかのような巨大な炎の鳥がいた。
祖父は驚愕に目を見開いた。
「まさか、もう来たというのか! 星々からの脅威!」
「あなたの予言。伝えたのは星々でしょう」
「!」
夜空には星々が瞬いている。
祖父が口を噤む。ひかりには彼が相手に気圧されているように見えた。
無敵のチート能力で無双するヴァンパイアにそのようなことがあるはずが無かったが。
炎の鳥が祖父からひかりへ、そして周囲の者達へと目を移していく。
「わたしは遠い星々の意思を受けてやってきた使いフェニックスです。星々の意思はこの地に根付く者達の根絶を決定いたしました。あなた達はこの宇宙にとって不要な存在……と認識されたというわけです。あなた達に拒否権は無く、逆らう術も話し合う余地もありません。素直な滅びを受け入れなさい」
フェニックスが羽ばたく。その巨大な翼と宇宙から火の弾が雨のように降り注いできた。周囲はたちまちのうちにパニックになった。
フェニックスは慈悲も無い神のように告げる。
「悲観することはありません。滅びの後には輝かしい再生があるのですから」
「そうはさせるか!」
祖父が杖を振り上げる。町から上昇した霧が炎を防ぐカーテンとなってみんなを守った。
魔物達からさすがはヴァンパイアだと声が上がり、周囲のパニックも収まっていった。
だが、祖父の焦りは消えず、フェニックスは僅かに眉を顰めただけだった。
「なけなしの力で抵抗しますか。見苦しいですね。しかし、無駄な努力です」
フェニックスが再びはばたく。降り注ぐ火の弾を祖父も再び防いだが、苦しそうに片膝を付いてしまった。
「おじいちゃん!」
「まさか奴がここまで早く現れるとは」
祖父は苦しさにあえぎながらも頑張ろうとするが、彼も言った通りもう昔ほどの戦える力は残っていなかった。
自分が戦うしか無いのだろうか。あのフェニックスと。みんなで力を合わせて。
ひかりが決意しかけた時、聞き覚えのある声が周囲を揺るがせた。
「情けないものだな、ヴァンパイア!」
フェニックスに向かって火炎のブレスが浴びせかけられ。炎と炎が衝突して爆炎となって広がっていく。
地響きを立てて山から現れたのはひかりも知っている巨大な竜の姿。
ひかりが倒したはずの竜帝だった。
「生きていたの!?」
「わしをあの程度で殺せると思ったのか? 小娘の分際で舐められた物だ」
「わしの霧の力を使ったな?」
祖父と竜帝、二人の視線が交わった。それは敵でありながら旧来の友のように。
「利用させてもらっただけだ。嫌なら取られないようにきちんと制御しておくのだな」
「フッ、言ってくれる」
祖父と竜帝の間で意識が交わされ、視線がひかりに向けられる。
「それで、これがくだらん戦いを起こした成果というわけか?」
「そうだ。ひかり、奴を倒せるのはお前しかいない。任せたぞ!」
ひかりは戸惑ったが、答えられる返事は一つしか無かった。
「はい!」
爆炎の中からフェニックスの姿が現れる。竜帝の放った炎は全く通じていないようだった。
竜帝が唸るような声を上げ、ヴァンパイアは訊ねた。
「奴に炎が通じると思うか?」
「気に食わんことだが、炎の鳥にはやはり効かんか」
「そうではありません」
「「!!」」」
二人の言葉をフェニックス本人が否定する。彼は嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「炎と炎。同じ力ならば強い方が勝つのが道理。効かないのはあなたの力がそれだけ弱いということです。自らの弱さを認め、頭を垂れて迎えなさい。このわたしを」
「言ってくれる」
「悔しいが、今のわしらに叶う相手では無い。ひかり」
「はい」
期待を受けてひかりは頷く。
空から見下ろしてくるフェニックスを睨み付け、周囲の仲間達に目をやった。
「大丈夫。わたしがみんなを守る! フェニックス! ついてこい!」
ひかりは急上昇する。仲間の力は頼らない。チート能力者ならば一人でも戦えるはずだ。
妄想の中でテロリストに脅かされるみんなを自分が一人で救ってきたように。
現実の世界でそれを行うのだ。
ひかりは空を超え、大気圏の上まで一気にやってきた。
周囲には宇宙が広がり、眼下には地球が浮かんでいた。
ここまで来たのは初めてのことだったが、感動も何も感じる余裕は無かった。
迫りくる脅威に恐れを感じようとするのを何とか収めようと努める。
自分が恐れているのはフェニックスか、みんなの視線か。恐らく両方なのだろうが、意識を戦いへと向けることで振り払う。
「さて、奴が来るのは何秒後か」
ひかりの全力の動きにフェニックスは付いてこれなかったようだ。その姿は地球に見えない。
だが、それならば、この感じる巨大な圧迫感は何だろうか。
ひかりは唾を呑み込んで様子を伺う。
「あなたは何を見ているのです?」
「え!?」
ひかりの予想に反し、声は上から注がれた。ひかりは驚いて見上げた。
すぐ間近に燃えさかる太陽があった。そう感じられるほどの炎。
それは巨大な炎の鳥フェニックスの姿だった。宇宙にあってなおも赤く燃えている。
その声は冷静。
「ここで何をしようというのです? 遠くに来たつもりなのでしょうが、わたしにとってはほんの一はばたきの距離に過ぎない」
「い……いつの間に……?」
「いつの間? 不思議なことを訊くのですね。あなたがあまりにも遅いから先に来ておいたのですよ。で? わたしを招待しておいて何も見せてくれないわけではないのでしょう? この星の王よ」
「わたしが来たのは全力を出すため!」
ひかりは体の奥底から全ての力を引き出す。相手の力は強大だ。ここには巻き込む物も邪魔する者もいない。何も遠慮をすることなく自分の力の全てを使うことが出来る。
「チート能力者は無敵だ! それをお前にも分からせてやる!」
「どうれ。それでは拝見いたしますか」
余裕に飛ぶフェニックスに、ひかりは特大の炎を、さらに極大の雷を放つ。今までに使ったこともないほどの大きな力だ。
それをいきなりぶつけた。
極度の緊張と気持ちの高ぶりがひかりの能力にも上乗せされていく。フェニックスは微動だにせず受け止めた。
ひかりはさらに攻撃を放っていく。その全てを相手は避けることもせずに受け止め続けた。
「はあはあ……」
爆発のエネルギーが広がっていき、周囲を覆い隠していく。
大技の連続にさすがのひかりも疲れを見せて両手を下ろした。
汗を拭う。こんなことは初めてだった。そうと気づいて驚愕するが、もう終わったはずだ。
ひかりは気持ちを落ち着けるように意識して、爆風に包まれた相手の様子を伺おうとする。
不意に中から巨大な炎が噴き出してきて、ひかりは慌てて引き下がった。
吹き上がる炎がアーチを描いて煙の全てを呑み込んでいく。
元の静寂を取り戻した宇宙に浮かんでいたのは、寸分のダメージすら受けた様子のない輝く炎の鳥フェニックスの姿だった。
「それだけですか? 自慢のチート能力とやらは随分とせこいものなのですね」
「そんな!」
ひかりは驚愕し、恐怖するしか無かった。自分のチート能力が全く通じないなんて、こんなことがあるはずが無かった。
妄想の中でも現実でも、いつだって自分に答えてきた力なのに。
フェニックスが語り掛けてくる。その顔に慈悲を浮かべて。
「あなたが自分の力を過信するのも無理はありません。このような小さな星に暮らしていたのですから」
「小さな星……?」
ひかりは眼下の地球を見下ろし、そしてフェニックスの背後で瞬く周囲の星々へと目を向けた。
「この宇宙は雄大でしょう? わたしはこれら星々の意思を受けてここへやって来たのです」
「……」
認めるしか無かった。相手の大きさを。ひかりの中から急速に戦意が消失していった。
「この宇宙にあって一つの個の星など実に小さい。そこから見える物もまた同じです。あなた方には何も見えてはいなかった」
ひかりはうつむく。教室でそうしてきたように。現実から目を背ける。
フェニックスの荘厳な声は続く。
「だからこそわたしのように、星々の意思を受けた者が正しい形へと導くためにやってくるのですよ。こう、花を育てるために人間が草を抜いていくようにね」
炎が放たれた。その太陽のプロミネンスの如き巨大な一撃に、ひかりの体は瞬く間に呑み込まれてしまった。
「ああああ!」
自分の存在は何て小さいんだろう。そう思わずにはいられなかった。
チート能力を手に入れたはずなのに、自分は何も変わっていなかった。
こんなのって無かった。
辰也がなぜ敗北を恐れていたのか理解した。
「負けるのって……怖い……」
でも、それも仕方が無かった。これは妄想では無く現実なのだから。現実だから負けるのは当然のことだった。
そんなひかりを抱きしめてくれる腕があった。
「紫門君……」
炎の中から救い出され、闇の世界へと戻ってきて、ひかりの意識も薄ぼんやりとだが戻ってきた。
視界が回復する。
仏頂面で抱き上げてくれた彼の姿は。
「俺達の戦いの邪魔をした小僧の名を呼ぶか。フン、あんな奴がこんな場所まで来れるものか」
つまらなそうに吐き捨てる。彼は辰也だった。
「生徒会長?」
でも、わけが分からなかった。なぜ彼が自分を助けてくれるのか。
「あたしもいるわよ」
ハーピーの箒もやってきた。辰也はその存在にわずらわしそうに眉を顰め、ひかりを見つめて言ってきた。
「俺に勝ったばかりの奴が何を遊んでいる」
「わたしは遊んでなんか……」
「俺に勝てた奴が負けそうになっている。それを遊びと言わずに何と言う? 奴はそれほど強いか? 恐ろしいか?」
「それは……」
「爺どもが勝てないのは仕方がない。奴らはもう年だし、すでに現役を引退した奴らだ。だが、俺達は違う」
「!」
意思の強さの漲る瞳に、ひかりの中にも何かが湧いてこようとしている。
だが、現実はそれを重く覆い隠そうとしていく。
吹き飛ばすように辰也は訴えてきた。
「この俺がいるんだぞ。この俺よりも奴の方が恐ろしいと言うのか!」
辰也の怒りの声にひかりは身を竦ませてしまう。自分はまた怒られている。
そう思ったが、辰也の腕も震えているのに気が付いた。
ひかりは見上げる。精一杯の虚勢を張った彼の瞳に見返された。
紫門が言っていた。自分は周りの人を見ていないと。
そうは言われても、今のひかりには自分のことだけで精一杯だった。
戦いも一人で挑むしか無かった。
辰也は言う。
「お前は王だ。認めてやる。今だけはな。だからあんな奴を恐れるな」
「だって、現実のわたしは何も出来なくて……」
「前を向け! お前が出来ないなら俺が力を貸してやる。それでも奴には立ち向かえんと言うのか?」
「それは……」
ひかりは目を伏せる。自分を抱きしめてくれる腕は優しくて、不思議と何でも出来そうな気がした。
ひかりは意を決して顔を上げて答えた。
「出来ます! わたしがあいつを倒す!」
「よし、出遅れるなよ」
辰也はひかりの体をそっと下ろすと、竜の力を発動してフェニックスに向かっていく。
「誰に向かって言っている!」
ひかりもコウモリの翼を広げて敵に向かっていった。
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