農協おくりびと (43)仏滅の日が、やって来る


 仏滅の日は、葬儀場が開店休業の状態になる。

こんな日に休暇を取ってくれると、所長も労務管理が楽になる。

案のじょう。先輩とちひろの2人が同時に有休願いを出しても、所長は機嫌よく

ポンと、即決で許可のハンコを押してくれた。

最後に、「ゆっくり休んでくれ。臨勝寺の2人の尼さんにもよろしく」

と、何故か愛想笑いまで浮かべてみせる。


 「話が、筒抜けになっているのかしら。今度の出雲崎行きの私たちの計画が?」


 「なんかの拍子に、そんな話が出ただけでしょう。

 さっきまで、臨勝寺の住職が来ていたもの。

 葬儀場の職員と尼僧が仲良くなるのは、何の問題もないでしょう。

 ただし。松島君と圭子ちゃんが恋に落ちたら、大問題になるでしょうけどね」


 「先輩は可能性が有ると見ているのですか。あの2人を?」


 「男女の事です。先の事なんか誰にも予測ができません。

 でもね。高校時代からの知り合いだという点が、妙に心配なのよ私には」


 「焼け木杭に火がつくとうことかしら、あの2人に・・・」

 過去に関係があった者同士は、一度縁が切れても元の関係に戻りやすいというもの」


 「焼け木杭は無いでしょう。

 だいいち、あの2人が付き合っていたわけじゃないもの。

 付き合っていたのは圭子ちゃんの友人と、松島君だったわけでしょう。

 圭子ちゃんはそんな2人を、遠くから見ていただけよ。

 まてよ・・・歪んだ形の、3角関係という可能性も有るわよねぇ・・・

 あんたと、光悦くんの関係みたいに」


 先輩の口から飛び出してきた光悦の名前に、ちひろが戸惑いを見せる。

しかも。あんたと光悦の関係のようにと言い切った部分に、まるで隠れた事実を

知っているような、違和感がある。


 「わたしの知らない光悦を、知っているんですか先輩は?。

 そんな風にいま、聞こえました。

 圭子ちゃんと松島君のあいだに、3角関係があったように、

 わたしと光悦の間にも、秘密の3角関係のようなものが有ったのですか。

 もしかして?」


 「なかなか鋭いわね、あんた」


 やっと気がついたようですねと、先輩が歩みを停める。


 「男と女の関係なんて、しょせんは、その程度のもの。

 それに気が付いている人もいれば、気が付かずに通り過ぎてしまう人もいる。

 男と女の関係は3角どころか、4角や、5角の関係も珍しくない。

 2股をかけている女も居れば、3股をかけている男だってこの世に居ます。

 一夫一婦制の国だから、男女の関係も1対1などと考えてるのは、

 たんなる時代遅れです。

 何が起こるかわからない。それが男と女の仲なのよ」


 ちひろの知らない事実を、先輩は絶対に知っている。

ちひろがそう確信した瞬間。先輩がくるりとちひろに背を向ける。

 

 「それ以上のことは聞かないでね。

 いまのわたしは、だれからも嫌われたくないの。

 あなたのことは大好き。同じように光悦君も好き。

 そしてもうひとり。あなたが知らないあいだに光悦君と付き合っていた

 もうひとりの女性も大好き。

 分かるでしょ。関係している全員を好きなのよ。

 だから私の口から、これ以上、事実を明かす事はできません」


 光悦には、ひそかにつきあっている女がいた・・・

はじめて知った事実が、ちひろの頭の中に激しい衝撃を走らせる。

詳しく知りたいと思った矢先、先輩は、これ以上は無理ですとかたくなに首を振る。


 「焦ることは無いわ。ちひろちゃん。

 遠からず、事実を知る日がやって来ます。

 吉と出るか、凶と出るのか、それから先の事は誰にも分かりません。

 でもね。覚悟は決めておいてね、ちひろちゃん。

 事実は冷酷です。何が起ころうと、すべてを冷静に受け止めてください。

 あなたがいまのままの、良い女でいるために、ね」



(44)へつづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る