農協おくりびと 41話から45話
落合順平
農協おくりびと (41)蚊帳の外に、2人
「向こうは良寛と貞心尼の話で盛り上がっているし、
こっちはプロポーズが飛び出したと思ったら、今度は、やなせななの話になっている。
4対4の合コンだけど、あたしたち2人だけが蚊帳の外にされていない?」
しゃぶしゃぶに手を伸ばした先輩が、不満そうに赤い唇を尖らせる。
たしかに。合コンはいつの間にか2組に分かれている。
その2組が時間とともに、会話の熱を帯びてきた。
真ん中に座っているちひろと先輩だけが、左右2組の会話から完全に
置き去りにされている。
右を見れば妙子と祐三が額を寄せる様にして、良寛について熱く語っている。
左を見れば若い圭子が独身男たち3人に、がっちりと囲まれている。
若い男たちを独り占めするとは、見るからにうらやましいかぎりだ。
だが、蚊帳の外におかれた女にはつらい光景だ。
いまさら参入しょうにも2組とも、会話を挟む隙間をまったく見せない。
(いいんじゃないの、わたしたちは。
A5ランクのステーキとしゃぶしゃぶを堪能できれば、それだけで。
どうせ行き遅れた身だもの。いまさら遅れをとったところで、どうってことないわ)
(ひとつ聞いてもいいですか?。
行き遅れた身って、もしかして結婚願望が残っているんですか先輩は?)
(失礼なことを平気で口にするわね。あんたも。
そういうアンタだって、30を過ぎの行き遅れ女のひとりじゃないの。
先輩、先輩と言うけれど、あたしとあんたはたったの1歳違い。
そういうあんたこそ、大昔に体験した初恋にこだわり過ぎているから、
お嫁に行くチャンスを逃しているんじゃないの。ひょっとして)
(初恋って・・・幼なじみの光悦のことですか。もしかして?)
(もちろんその光悦よ。もしかして他にも居るの。初恋で思い当たる別の男性が?)
(居ません。わたしの意中の人は光悦だけです。いまでも)
(そんなことだろうと思っていたわ。だから行き遅れるのよ。いつまでも。
もう少し現実に目を向けたほうがいいわね!)
先輩の眼が、じろりとちひろの顔を覗き込む。
現実に目を向けたほうがいい?。どういう意味だろうと、ちひろが首を傾げた瞬間、
弁慶姿の祐三が、「聞いてくれ、諸君!」と立ち上がる。
「宴たけなわのところを申し訳ないが、尼僧の2人は午後の8時をもって退席する。
よって、この後に予定していたカラオケは急きょ、中止となった」
えっ~え~、という声が、独身男3人の口からいっせいにあがる。
焼き肉を堪能したあと、親交を深めるためにカラオケへ行く。
それが当初からの予定だった。
時間ならいくらでもある。それも独身男たちの、単なる思い込みだ。
仏門に生きる女は、自主的な規制で自分自身を縛っている。
深夜12時まで好き勝手に、自由に遊びまわれるわけではない。
遅くとも午後9時までに、寺へ戻る。
外へ出ることを許された尼僧の2人が、戒律として決めている門限だ。
修行者や僧侶が守るべき規律のことを、戒律と呼ぶ。
ひとつの言葉として使われているが、本来、戒と律は別の意味を持つ。
戒は自分を制する誓い。律は、集団が円滑に活動していくためのルールを指す。
戒は自発的なものだから、守れなくとも罰則はない。
だが律には、厳格な罰則がある。
仏教の目的は、欲望の炎を消すことからはじまる。
欲望を消すことで、日々の修行を通じ、悟りの世界まで自分を高めていく。
そのために日常レベルで、三種類の修行を実践していく。
そのひとつとして重視するのが、戒律だ。
規則正しい生活から仏の道へすすんでいく、という考え方が基本にある。
「お持ち帰りまで考えていた諸君には気の毒だが、そういう結果になった。
だが、そうそう悲観することもない。
今回は残念な結果に終わったが、実は、次回についての相談が今まとまった。
聞きたいか、諸君。次回の内容を?」
お~お、という大きな声が、独身男たちの口からいっせいにあがる。
(42)へつづく
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