物語になりたい魔女たちの物語
凛乃 初
プロローグ
中間テストまでいよいよ期間が迫ってきた今日この頃。
「あぁ……肩凝った」
時計の針は少し前に頂点で重なり、部屋の外からは稀に車の走行音が聞こえてくる程度だ。
住宅街である家の周辺は、十一時を回れば途端に静かになる。
肩をぐりぐりと揉みながら、新鮮な空気を取り入れようと深呼吸すれば、三時間以上閉鎖されたままだったこの部屋に、空気の悪さを感じた。
机から立ち上がり、カーテンを開ける。
目に入ってくるのは、所々にカーテンの隙間から洩れる家々の明かり。同じように勉強をしているのか、はたまたテレビを見ているのか、ゲームをしているのか。そんなことは分からないが、巧実には特に興味も無い。
ガラガラと窓を開けば、フワッと風が部屋の中に舞い込んでくる。それは部屋の中に停滞していた、使い古された空気を外へと吐きだし、新鮮な生きのいい空気を、部屋の中へと届けてくれる。
ついでに少し体を解そうと、巧実はベランダに出た。
風はそこまで強くない。稀にフワッと、少し長くなってきた前髪を揺らす程度だ。
寒さもとうに和らぎ、夏に向けて徐々にその温度を上げていた。
巧実は固まった筋肉をほぐすため、ラジオ体操を思い出すように順番に体を動かしていく。
ラジオ体操は意外と覚えていないのだ。独特の曲を聞けば自然と体が動き出すが、曲が無ければ「あれ? 次何をすればいいんだっけ?」と途端に分からなくなってしまう。
最終的には適当に上体を捩じったり、腕を伸ばしたりして凝り固まった筋肉を解していく。そして伸脚からさらに深伸脚に移行したところで、ベランダの手すりがカンッと鳴り、巧実の顔に影が差した。
「んあ?」
顔をあげればそこには少女がいた。まるで魔女のコスプレのような、大きなとんがり帽子をかぶり、真っ黒のノースリーブに赤と黒のチェック柄ミニスカート。そして全体を包むように黒いマントを羽織っている。
「こんばんは。あなたには私の為に幸せな物語を紡いでもらうわ」
巧実の目の前に現れた少女は、紅茶色の髪と黒いマント、そしてスカートを風になびかせながら突然そんなことを言う。
そしてその言葉通り、巧実は今一瞬の幸せを感じていた。
深伸脚状態からベランダの手すりに立った女性を見る。その光景は大人専用のビデオも真っ青なローアングルから見上げる形になるのだ。
それが示す必然性。
「ああ、ささやかにだが幸せかも」
可愛らしいピンク色だった。
「え? ちょっと待ちなさいよ! 私はまだ何もしてないじゃない!」
「そんなこと言われてもな」
巧実の言葉に焦り出す少女。器用にも手すりの上であたふたとし出す。
そのたびにスカートが揺れて、巧実に絶景を届けてくれているのだが、その事には全然気が付いてい。
巧実は、とりあえずその少女を無視して、反対側の足でも深伸脚をする。
「ちょっと! 無視しないでよ!」
巧実の行動は、どうやら少女にはお気に召さなかったらしい。あたふたするのを止めて、その場でぷりぷりと怒りだす。しかし――
「大丈夫。無視はしていない」
現に今も、巧実はしっかりとスカートの中は覗かせてもらっている。だが、さすがにこれ以上深伸脚を続けるのは怪しまれると感じ、若干の名残惜しさを感じながら足を延ばすのをやめ、立ち上がろうとした。
その時、気まぐれな風が、再び巧実の前髪を揺らした。
そして当然その風は、少女にも向かう。
建物に当たって上って来た風に、見事なまでにふんわりと舞い上がるマントとスカート。
「……キャァァアアアア!」
さすがにこの状態になると、普通に立っていても見えてしまう。少女は顔を真っ赤にし、捲れ上がってしまったスカートを押さえつけた。
「……見た?」
頬を赤く染め、上目使いに巧実を見る。
「可愛らしいピンクがしっかりと」
一切の躊躇いも、後ろめたさも無く、笑顔で断言した。
瞬間、巧実の視界に光が輝き、少女の手にステッキのような物が現れる。
「なんだ? 手品か?」
「そこは嘘でも見てないって言うべきところでしょうが!」
手元に現れたステッキに注目していた巧実は、そのステッキが自分めがけて振り降ろされるのを、定点カメラのように見続けることしか出来なかった。
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