人喰い

@3110-

プロローグ

月の綺麗な夜は人喰いの夜

心を持たねば死あるのみ


もう10年位前だろうか。昔祖父に教えてもらった言葉だ。その時はおとぎ話か何かと一緒だったので面白がって聞いていたし、まさか目の前の現実となるなんて誰が予想出来ようか。

眼前に広がるのは真っ赤な海。傍にころがる死体は無残に引き裂かれ体の半分が消えている。同様な死体が幾つも積み重ねられ、そこから滴り落ちる血液は枯れる事なく流れ続けている。ムッとする生臭い匂いが鼻孔を突き抜ける。喉元に迫り上がる不快な気持ちがこの景色を現実のものだと教えてくれている。凄惨な光景を目の当たりにしてるというのに不思議と冷静に状況を把握出来るのは、自分がこの状況を受け入れたからなのか?

はたまた人間がそのように出来ているからなのか?そんな事を考えながら視線はこの光景を創り上げたモノに移る。

月明かりに照らされて浮かぶのは女性だった。しかしその姿は人でありながら、野生を思わせるシルエットを持ち、残虐性の塊の様な鋭い爪と明らかに人外のものである事を示す9本の長い尻尾を映し出している。その身を人の鮮血で紅く染め上げながらこちらを見下ろしていた。


美しい


異常が広がる現実を受け止めながらも、屍の山を築き上げた美しき獣に心を奪われていた。この場に残るエサは自分だけ。あの美しき獣はもう時期に自分を襲うだろう。その鋭い爪と牙でこの身を引裂き己の空腹を満たすに違いない。誰もがそう考える。彼もそう考えた。心の片隅でそうじゃないと思いながら。

いざ自分の命が終わろうとしている時彼は思い出を振り返る。彼女との日々。美しさと強さに惹かれた日々。それは長いものじゃない。日数にして約1週間。その中で彼は出会った時を思い返す。

あれは雨の降る日の事だった。

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