その勇者、入浴中につき…

戸田 剣人

序章

平穏な日常

 カラスの姿がちらほら見えるようになる午後6時、カズヤはいつもの如く夕食の支度をしていた。カズヤには華という妹がいるので、その分も。

 カズヤの家こと吉田家は、幼い頃に両親が離婚し母子家庭で、母親は仕事があり夜遅くまで帰って来ない。だからカズヤは夕食の支度をしているのだ。

 今晩のメニューはカレーライス。華が前々から食べたいと言っていたものだ。最早、野菜を切るのは手慣れたもので、あっという間に下準備を済ませた。鰹節で取っておいた出汁を熱し、そこに具材を放り込む。


「ん〜、良い香り」


 半ば自画自賛のような言葉を吐きながら、具材を馴染ませるように鍋の中を回す。少しずつそれらしさが出てきている。

 ある程度掻き混ぜた後、冷蔵庫からルーを取り出した。本来ならば一から作りたかったのだが、只の平日にそんなことはしてられない。

 暫くの間中身が焦げないように混ぜるカチャカチャという音と、換気扇が回る音だけが台所を埋めていく。




「ただいま〜」


 華が帰ってきた。髪型は少し長めの黒髪を両サイドで結んでいて、顔立ちはまあ普通くらい。目は少し大きめなのだろうか。いかにもどこにでも居そうな中学生といった感じだ。


「お兄ちゃんお腹すいた〜。私お腹ペコペコだよ〜」

「今から装うから待ってろ。お前には忍耐が足りねぇ」

「相変わらず妹に優しくないですね、だから彼女が出来ないんだよ」

「黙れ。はい、おまたせ。綺麗に食べろよ」




「ん〜、やっぱりお兄ちゃんの作るカレーは美味しいねぇ」

「いや、それ市販だから」


 そんな感じでなんの変哲も無い家族の会話を済ませた後、華は入浴したのちさっさと眠ってしまった。

 だがカズヤはここで眠るわけにはいかない。自分や華が使った食器の片付け、部屋の中で散らかっている箇所があればそこの掃除…。こういう事は眠る前にやっておかないと直ぐに溜まってしまう。これは経験談だ。




 食器を洗う事もある程度済んだ深夜1時頃、ガチャリと音を立てて玄関の鍵が開いた。どうやら母親が帰ってきたらしい。

 母親の名前は祐美。目はキリッとしていて鼻筋は結構通っている。ロングの髪は後ろで結ばれていて、まさにこれぞ仕事のできる女性という感じだ。華とは全然似ていない。

 祐美は足早に廊下を超えリビングの扉を開けると、だらしなく机に突っ伏し、皿洗いをしているカズヤに向かって、


「カズヤく〜ん、ご飯まだ〜?」


 と聞いてきた。


「あー、はいはい。今温めますから少々お待ちくださーい」

「今日のメニューは何ですかー?」

「今日はですねー、みんな大好きカレーライスですよー!」

「え、カレーなの?やったー!カズヤくん愛してるよー!」


 相変わらずふざけた母親だなとカズヤは思った。




 祐美は食事を済ませるとそのまま机で眠ってしまった。酒に弱いくせに缶チューハイを4本も飲むからだと思った。


「あーあ、またこんなところで寝やがって、風邪引くぞ。母さんにはしっかり働いてもらわないといけないんだから」


 そう言うとカズヤは寝室の毛布を持ってきて祐美に被せた。すると不意に、


「カズヤくんいつもありがとう。私ね、カズヤくんが華の面倒見てくれたり、家事やってくれているからこうやって働けるんだよ。本当に感謝してるんだからね〜」

「あーはいはい、俺の方こそ…」


 と、言いかけてふと顔を覗き込むと、


「すぴー、むにゃむにゃ」

「って、寝てるのかよ!!!ちょっとシリアスになった俺の気持ち返せ!!………。こういうこと言うから、ちゃんとしなきゃって思わざるを得ないんだよな…、バカ親が」


 カズヤは暫く沈黙したあと、きまりが悪くなって皿洗いを再開すべく台所に戻った。


「ちっ、カレーまだ残ってんじゃん。どうしよっかなぁ。腹一杯だし…。ま、後で考えるか」




 --------------------




「「「ぐわぁーーー!!!」」」


 旅の冒険者ことスター達は、かつて無い強敵に圧倒されていた。


「くっ、なんて力だ。まだ俺たちはこいつに挑むのは早かったってことなのか…?」

「そんな事はないぞスター!俺達にだって意地がある!絶対にこの戦いは制す!」

「おお、マリトかっこいい!よし、やってやる!」

「そっ、そんな事言っても私の魔法が…」


 回復担当であるフィアの魔法でも追いつかない程の沢山の手数で攻撃してくるこのモンスターは、所謂ドラゴンというやつだ。空を飛ぶうえに火まで吐く。尚且つ割と俊敏だ。


「くっ、何とか出来ないだろうか…。今のところみんな無事だが、このままでは全滅もあり得る」

「それは何としても避けたいな…。というか、1人も死なせるわけにはいかない!」

「第一、パーティが3人しか居ないっていうのがおかしいような気がするんだけど…。普通、もっと多くない?」

「ねぇフィアさん、普通って何?それどこの常識?」

「さあ。今急に舞い降りたわ」

「意味が分からない事言うのヤメテ!!なんか怖いから」


「ギャオオオオオ!!!」


 ドラゴンの咆哮は更に迫力を増している。今にも3人を喰い殺さんとする勢いである。油断すれば完全にやられてしまう。


「本当にどうしたら勝てるのかしら」

「案ずるなフィア。俺に策がある。ここは2人とも少し下がってくれないか」


 そう言ってマリトはスターとフィアを自分よりも少し後ろに下がらせた。


「マリト何かいい案があるのか!?」

「案というかな、新術というやつだ!」

「「新術!?」」

「さあドラゴンよ!!ついに俺の新術を試す時が来た!お前の命は尽きたも同然!いくぞ、召喚!!」

「「召喚!?」」


 ゴォォォォオ!!


 マリトがそう叫ぶと、目の前に大きな陣が現れて、激しい轟音が鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る