Gift of Nightmare【EP1】
野良・犬
プロローグ
空は暗く、周りは街灯やビルの灯りが、冷めたアスファルトを照らす。
自分の状況が理解できなかった。
そんな中で、全身を激痛が走り、首すら動かす事ができなかった。
体の何処を動かそうとしても、それだけで、バットで殴られたような痛みが走る。
霞む視界には、煙を上げ、火柱を上げる車と横転した車が写っていた。
火が付いた車には、2人の男女と子供が2人。
運転席に座った男の人が、頭から血を流しおぼつかない手で車から出ようとするが、車体が変形してドアを開ける事ができず、助手席に座った女性は血を流しながら半分目を開いた状態で動く気配が無い、その後ろに座っている男の子も女性と一緒で動く気配はなく、運転席の後ろに座る女の子は怪我をしたのか痛みを訴えながら泣いてしまっている。
---[01]---
周りに集まる野次馬の中には、助けようとドアを開けようとしてくれる人はいるが、火の勢いが強く、事はうまく運ばない。
「大丈夫か」と心配する声や、緊急車両を呼んでいる声、自分に話しかけてきている人の声。
周りの人間が、この状況をどうにかしようと動いてくれている事がなんとなくわかったけれど、自分が同じ事をできないのが悔しくて…悔しくて、どうしようもなく辛かった。
全身の痛みに耐えるのに必死で、目の前で助けを求める「妹」を助けに行く事すらできない。
「あついッ!」「いたいッ!」と泣く声と自分に助けを求める声、悲痛な叫び、距離があるはずなのに、耳元で叫ばれているかのように響いてくるその声に応えられない自分が情けなかった。
---[02]---
少しでも妹の元へ行かなきゃ…。
自分はここにいると教えてあげなきゃ…。
痛みが走るのは我慢して手を伸ばす。
でも、そこで操り人形の糸が切れたように、全てが暗闇に落ちて行った。
目を覚ました時には、全てが終わり、結果だけがそこにはあった。
1週間前の土曜日の夜、昼間から飲んでいたソイツが、アルコールの基準値なんてとっくに吹っ切れている状態で車を運転し、その結果事故を起こした。
死傷者6名、うち死者5名、重症者1名。
---[03]---
飲酒運転の果て、赤信号を無視したソイツの車は、通りかかったワゴン車に衝突した。
乗っていたのは、自分と、父と母、弟と妹、事故の衝撃で母と弟は即死、父と妹は怪我を負ったものの意識はあったが、車から出る事ができずに炎上する車の中で焼け死んだ。
事故を起こした張本人は、事故を起こした時の衝撃で既に死んでいたそうだ。
残ったのは自分だけ。
全身打撲に右腕の骨折、体の一番の問題は背骨の骨折で、その影響から右足が動かなくなった事だ。
事故直後に意識を失った俺が目を覚ますまでに1週間…、既に葬式等は親戚の人達が終わらせてくれたらしい。
---[04]---
皆が口を揃えて「お前がいなかった事が幸いだった」と言うのだ。
既に地獄に落ちた様な心境の自分にとっては、もう何を見させられたって、何も変わらない気もする。
でもそれを聞いた時、俺は素直に安堵した。
変わり果てた家族の姿なんて…、見たくないと思う所はあったから…。
今この状況が、全て何かのドッキリなんじゃないかと錯覚する事はあれど、自分の動かない脚が、あの耳に響く妹の助けを求める声が、これが現実だと実感させた。
家族を失った…。
右足の自由、自分の足だけで歩く自由を失った。
残ったのは、遺産と保険から下りた金、自分の胸に残った地獄の釜で煮られたような怒り恨み…。
でもそれをぶつける相手は、もういない…。
自分…いや俺は…。
俺こと「向寺夏喜(こうでら・なつき)」は二十歳の誕生日、大事なモノを失った。
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