デッドエンド2018

みんなもともと生死

第1話 伝わらない音と声

置いてきぼりにされたまま

過ぎ去りし日々の面影をなぞって

すみれの花を供えて

茜色の空を仰ぎ見る


富士加遊糸こと阿部尚幸は追い詰められていた。

あてもなく寝袋と原稿用紙と缶詰とチョコの

ビスケットと少女マンガを入れた荷車を引いて、

夜の田舎道を走っていた。

角の折れたユニコーンのように、傷ついた心で。

全財産のほとんどを注いで作り上げた作品が評価されないのであった。

カラフルな音の万華鏡を見せたかった。

ただ、それだけなのに。

歩きつかれて駐車場のすみっこや、マンションの四角に隠れて

身体を休める。

心身共に限界に達しながら。

街路樹の近くの植え込みに寝袋を敷くと、そのまま彼はわずかな眠りに着いた。

中途覚醒のせいで3時間しか眠れず、フラフラしつつ、

カフェでハムエッグとプリモオーレを味わい、店を出て

富士の見える坂道を坂の上まで進む。

すると、こじんまりとした花屋が見えた。

さまざまな色の花が虹を作り出しているかのようであった。

ぽわぁとした雰囲気の女の子が、しゅらるんと花の手入れをしているではないか。

シニヨンに編んだ髪型、カフェオレ色の髪色、アスターの花が描かれたシャツ、

アメジスト色のミニスカートを履いた女の子。

とりあえず花を注文した阿部。

アノマテカという、見慣れない花が珍妙なものに興味を持つ性格の阿部の

琴線に触れたので、聴いてみた。

「フシギな花なんですよねー。青春の歓喜って花言葉らしいですよ」

「ボクは冴えない青春でしたね」

「あらら、そうなんですか。でもこれから彩のある生活をしていっては」

「限界過ぎて、家出同然の旅をしてるんすけどね」

思案顔になった女の子はやや間をおいて、ピコーンとひらめいたらしく、

そさそさっと店の奥に行ってしまった。

「じゃーん。ニャンニャンだぞー」

チンチラの猫がぼわぁっと出現。

飼っている猫を思い出し、同じ種類の猫を飼っている偶然に

心底驚いた阿部は言った。

「かわいい猫ですね、実はボクの家でもすみれってチンチラ飼ってて」

「それはまあ、意外ですね。色はシルバーとゴールド・・・」

「シルバーっす」

猫トークに花を咲かせ、気の強いかの猫に猫パンチされつつ、

名前を聴くと薗村蒔と名乗った。

長年働いていたかつての職場の花屋の話になった。

「へこたレンゲソウって変なダジャレを言う店長がおかしくて」

「面白い人なんだね」

「赤い髪の男の人とずっと店を切り盛りして、結婚するようで、

二人を邪魔したくないのとそろそろかなって思って独立して

この店を作ったの」

「けっこう新しいですよね」

「でもなかなかお客さんがこなくて。だからさっきのダジャレを言いたくなっちゃった」

「へこたレンゲソウ、気に入りましたよ」

「ふふっ、ありがとう」

昼食の時間ということで、さよならの挨拶を言いかけていた阿部に

彼女が一緒に食べないかと持ちかけてきた。

もちろん断る訳がない。

吉田うどんと信玄餅とコーラという、独特な組み合わせの

メニューだった。

なんでも、先ほどの花屋の女店長がよく用意してくれた料理だとか。

「何をやってらっしゃる方なんですか」

「バイトを転々として、時々音楽とかマンガ描いたりしてたんですけど鳴かず飛ばずで」

「そんな時こそへこたレンゲソウです」

「はははっ、そうですね」

放し飼いになってるチンチラがひょるりジャンプして、ちゃぶ台に乗っかると

蒔の手首を舐めた。

その際に、横線の古傷が多くあることに気がつき、内心阿部は動揺した。

「ああ、このキズ。何だかわかります?」

「いわゆるリスカ的な?」

あえて明るいテンションで答えて、しっかりと見つめた。

「意外と驚かないんですね」

「高校のときにそういう子とバンド組んでたんで」

「ふぅん、珍しいこともあるのね」

「猫も気にしないくらいだし、人も気にしない人はそうなんでしょう」

「あの人ももう少し私を理解してほしかったなぁ」

あの人がどういう存在なのか、うっすらとわかりつつも

その元恋人のことは詮索しないで、猫を触ることにした阿部。

「なぜわかってくれない人が多いのかな」

「メロディも言葉も伝わらないときがある。そんな時に途方に暮れる」

作れば作るほど何かがすり減って、過去の自分を越えられない自分が阿部はキライだった。

「なんとなくわかる例えだけど、納得できない心が刃を求めたのかも」

「弱さを武器にして、花の種を蒔けばいいんじゃないんですか?

きっと何回目かで咲くはず」

「うーん、散々ダメだったからな、私の人生」

「ボクもさっぱりですよ」

「ふふ、似たもの同士ですね」

「生き方は変わっても、まんべんなく試してみると

つながっていくかもしれませんよ。ボク、料理作るの昔はキライで、

でも母が倒れてから自炊することが増えてしまいまして」

「どういう病気で」

「心の病です」

あっさりと応える阿部にやや驚いた表情の蒔。

「人との関わりが減っていくのがしんどかったな、私。

誰も信じられなかったりで」

「心の声を拾い上げる人が現れなかったりしますよね、肝心なときに限って」

返事がないので、阿部が心配して視線を向けると、

その小さな目から大粒の涙がこぼれ落ちるのが見えた。

なぜだか胸のモヤモヤを強調された阿部もいっしょになって泣いてしまった。


彼女とまた会う約束をして、店を離れ、

でもこの先の人生に漠然とした不安を抱えた阿部は

山まで向かい、草原で

かばんの中の睡眠薬を全部服用して横になった。

その目が開かれるのか、永遠に閉じたままなのかは

知る由もない。

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デッドエンド2018 みんなもともと生死 @minamialpen360

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