ブラッディ・バレンタイン

「何してんすか?」

「いやいや、これこれ」


 白いレジ袋を顔の高さまで持ち上げ、中身を見せてくる。そこには大量のチョコが入っていた。


「チョコ?」

「そうよ。今日はバレンタイン。でもさ、俺達は貰えない人種確定男子じゃん? だからさ、バレンタインチョコゼロ個パーティーやろうぜ」


 先輩、それ一番虚しいヤツじゃないですか。自分で買って自分で食うとか敗北感半端ないヤツですよ。


「というわけだから、上がるぜ森繁」

「あ、いや、それは」

「何だよ。何で入れないんだ?」

「悟史、お客さん?」


 先輩とやり取りをしていると、後ろから栞が現れる。


「……」

「誰?」

「あ、いや、この人は――」

「……森繁、ちょ~~っとこっち来い」


 外に出るよう促され、俺と先輩は外に出た。


「てんめぇぇ何だ今の子は! 裏切り者!」


 ドアが閉まった途端、先輩が俺の胸ぐらを掴み迫ってくる。


「いやいや、先輩。あいつは違いますよ。あいつは――」

「昨日のバイト中に言ってたあれは何だったんだ! 貰えない同士と熱く語り合ったあれは嘘か! なめてんのかてめぇ!」

「いやだから、あいつは俺の幼馴染――」

「しかも何だあのスタイルは! チョコじゃなくてチョコホールケーキ!? バレンタインホールケーキですか!? あの二つのでかいホールケーキを堪能するんですか!? 羨ましい通り越して呪ってやる!」

「話聞けよあんた!」


 全く俺の声が聞こえていないのか、勝手に捲し立て続ける先輩。口調は怒っているが、その表情は悲しさで包まれており、目からは滝のような涙を流していた。


「ちくしょう……似た者同士で互いを慰め合い、また明日へと一歩踏み出そうと思っていたのに、それは俺だけだったのかよ。この苦悩を乗り越え、また成長したんだと自分に言い聞かせようとするのは俺だけなのかよ……」


 結構良い言葉使ってるけど、内容がバレンタインだから深くもなく薄っぺらにしか伝わってこない。


「そうだよ。いつだって俺だけ除け者なんだよな。みんなが楽しく女の子とワイワイしている中、俺は一人で寂しく……ちくしょう……ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉ!」


 こんな世界滅べ! と叫びながら先輩は何処かへ走り去っていった。


「帰った?」


 声が聞こえなくなったからか、栞がドアから顔だけを覗かせ聞いてきた。


「帰ったな」

「今の誰?」

「あ~、バイト先の先輩」

「……そのバイト先大丈夫なの?」


 まあ、あの先輩の姿を見れば不安になるのも分かるが、バイト先は普通のコンビニだ。先輩が異質なだけ。


 悲しさのせいか、先輩は持参したチョコの袋を忘れて行ってしまった。そのままにしておく事も出来ないので、拾って部屋に持ち込む。


『誰だったの?』

「バイト先の先輩だった」

『ああ、あの人』


 レイは既に見知っているのでさほど驚かないし、反応も薄い。興味がないからから、すぐに別の話題を持ち出す。


『んで、その袋は?』

「ん? ああ、これも先輩の物」

『中身は?』

「チョコ」

『チョコ?』


 先程のやり取りをそのまま伝える。


『う~わ、寂しい』


 憐れ、というよりは気持ち悪いというような表情を浮かべるレイ。栞も同様だ。


 あの人はどうも女子受けが悪いよな。しかも、こんなにチョコ買っちゃうとか。


 今持っている袋は中々の重量をしている。中身も多種類に渡り、まるで取り放題のお菓子コーナーにあるヤツみたいだ。


 それを思い浮かべたからか、ちょっと小腹が空いてきた。


「こんだけあるし、一つぐらい食っちゃおうかな」

「おおい、こらこら!」

『私達の作ったチョコは!?』


 必死に止めに入る栞とレイ。だが、俺はそれを無視する。


「アホ、誰が食うか。あんな爆弾チョコなんか」

「どこが爆弾よ! 普通に平たいチョコでしょうが!」

「形じゃねぇ。味の事言ってんだよ」

『火薬なんか入れてないわよ?』

「そういう事でもないわ!」


 マジで怖くて手が出せないんだよ。こういう市販の方が百倍安心だわ。さあて、何食うかな。


 再び眺めると、本当に種類が豊富すぎて選ぶのが難しい。


 そうだ。ここは中身見ずに、手探りで出したチョコを食おう。


 そう思った俺は袋に手を入れると目を瞑った。


 ん~、これは小さいな。これは……なんか柔らかすぎる。こっちは……。


 手探りで掻き回していると、一つ大きなヤツに手が触れる。


 おっ? これは大きいな。当りかもしれない。よし、君に決めた!


 その大きいヤツを選択し、俺は勢いよく取り出した。それなんと……。


【小湊深雪の七変化! 色んな深雪ちゃんがあなたを癒シテあ・げ・る!】


 そんなタイトルと、チアガールの衣装に身を包んだ深雪たんの姿が――。


 ――ガシッ!


「……ねぇ、悟史。これは一体何かしら?」

『随分と可愛い子ね?』


 満面の笑顔を浮かべながら、そのDVDに手を掛ける栞とレイ。


 なんか金剛力士みたいなオーラが見えているのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃねえな。だって、今俺めっちゃ汗掻いてるもん。


「サ、サア、ナンダロウ?」

「正直に言えば許してあげるけど、これは悟史の?」

「イイエ、チガイマス」

『本当に?』

「ホントウデス」

『じゃあ、このコメントは何?』

「コメント?」


 裏側、レイ達の方の面を引っくり返して見ると……。


《お前の言う通り、OLのが一番エロかったな!》

《女子高生役はさすがに無理があったんじゃね?》

《表紙はチアなのにチアのコスプレはないのかよ!》


 あの人なに丁寧に感想を付箋に書いて付けてんだよ!


「お前の言う通り、って書いてあるけど? 悟史のじゃないの?」

「……」

『ちなみに、悟史はOLのどんな所がエロかった?』

「……」

「そっか~。これ二十%OFFだったんだ~。それじゃあ買っちゃうよね~」

「……」

『チアは無かったみたいだけど、やっぱりそれも観たかった?』


 これは……金縛りか? 身体が全く動かない。脳からは警報がけたたましく鳴り響いているにも関わらず、その信号が途中で遮断されたのか指一本動かせないでいた。


「……悟史」

「……はい」

『最後に何か言い残す事は?』

「……」












 ブラッディ・バレンタインンンンンン!

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