限定執事とお嬢様

靺月梢

Un.ウツロウ嘘と想う夜

ウツロウ嘘と想う夜 1


 森の中に建つ小さな家を母が遺してくれた。

そう聞いた時、私は驚いて何も言えなくなってしまった。

 立ち竦む私の背中をゆっくりと押してくれた人がいる。

 その手の暖かさを私はまだ覚えている。

―それが、三ヶ月前の話


「・・・・・ん、んん・・・・?」

 懐かしい夢を見た。ベッドから起き上がろうとすると、額が重く違和感を覚えた。

 何か乗せられてる・・・・・?

 手を伸ばすと、気の抜けた声が聞こえてくる。


「あーだめですよ。崩れちゃいますからね」


 本来ならこの場所に入って来るはずのない彼の声に、慌てて飛び起きる。

 すると、額に乗っていたのだろう。葡萄の粒がポロポロと顔面に向かって落ちてきた。


「冷たっ!・・・・・じゃなくて、なんでここに瑞樹がいるのよ!ていうか何!?この葡萄は」

「あ、おはよーございます」

「おはようじゃなくて、質問に答えなさいよ」


 この男、立花瑞樹たちばなみずきは私の動揺など気にする素振りもなく爽やかに微笑んだ。


「ご近所の方からおすそ分けで貰ったんです。美味しそうでしょ?この葡萄」

「それを丁寧に一粒一粒あたしの額の上に乗せる理由を言いなさいよ」

「いやーいくつ乗せればゆずが起きるのかなぁと思いまして」

 五つ乗せたところで起きちゃいましたね、とあまりに悪びれないので声も自然と大きくなる。

「そんなくだらない事をする為に、勝手に部屋に入ってこないで!」

「寝顔が可愛かったです。ごちそうさまです」

「か、可愛いとかっ」

―朝から何を言ってるんだこの男は・・・・・!

 顔に熱が集まるのがわかり、慌てて布団を被るとクスクスと笑う声が聞こえた。

「でも、僕が入ってきてよかったでしょう?」

「よくないわよ、何も!」

「だって、あのままだったら学校に遅刻していましたよ?」

 

「・・・・・は?」


 慌てて被っていた布団を脱ぎ、時計を確認する。

 時計の針は、八時を指していた。


「それを早く言いなさいよーーー!!!」


 急いで彼を部屋から追い出し、身支度をする。

 ただでさえ癖のある髪を整えるまでに、いつもならば三十分はかかるのに・・・!

 遅刻するとわかっているなら、もっと起こし方があっただろう。

 意地の悪い瑞樹に責任を押し付けながら、ゆずは車で待っている彼の元へ急いだ。


「お待ちしておりました、お嬢様」

 秋空が広がる清々しい朝。

 そんな清涼な空気の中、恭しく礼をしてみせる瑞樹は、こんな時だけ執事らしいのだ。

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