ボードゲーマー! バトルちゃん!

星野涼

第1話 人生ゲームだよ! バトルちゃん!

「こんなの絶対間違っている……」


 20××年、おもちゃ業界に一つの終止符が打たれた。


【号外! ボードゲーム界最後の巨頭、ボドゲ屋本舗東雲しののめグループ倒産! デジタルゲーム業界はアナログゲーム(笑)と嘲笑ちょうしょう! なお最終幻想ファイナルファンタ17は発売延期――】


「お父様……僕は過去に行って、ボードゲームの素晴らしさを伝えてきます。そして、必ずやこの結末を変えてみせます……」


 東雲グループ社長の娘、東雲バトルは扉のノブに手を乗せて捻りを加えた。キィと乾いた音を立てながら開き、こぼれる朝日の白い光が、聖母のように優しく東雲バトルを包み込んだ――



 ×  ×  ×



「えー、突然だが、今日からこのクラスに、転校生がくる事になった。男子ども喜べー、可愛い女の子だぞ」


 朝のホームルーム、ビッチリとオールバックに決めた担任がヤル気の無さそうに話す。今どきそんな髪型流行らないよ、とクラスの女子にささやかれているが止めるつもりは無いらしい。


八神やがみどの、今の先生の話、聞きましたか? 女の子ですよ、。しかも可愛いときた。拙者としては誠に遺憾いかんですが、ふふ、その、少し興奮してきました」


「近寄るな変態、お前のせいで一部の女子からは『八神×忍者いいよね……』『いい……』の風評被害がハンパ無いんだからな」


 ユーカリが丘高校に通う1年D組の、俺こと八神太一は何を隠そう、学業クラスの上の下、運動神経そこそこ、モテ期は幼稚園の頃がピークの超平凡な高校生。

 そう、平凡な高校生であるからこそ、女の子の転校生という真言マントラにときめかない男子がいようか、いやいない(反語)。

 つまりは不肖ふしょう、八神太一、その、少し興奮しております。


「ようし、落ち着けお前らー。東雲ー、入ってきていいぞー!」


 ドアが開くと、反対側の開いていた窓から風が吹き抜けた。それは教室の閉じ込められてた空間が時間を取り戻したかのようだった。ゆっくりと、だが着実に……。黒くて小さい革靴に真っ白な足が入って来た。高校指定の制服がまるで彼女の為にデザインされたかの様に身体を包みこみ、顔は――


 か、かわいい!!


「や、八神どの、現代の楠本高子くすもとたかこでござる……かわいいというレベルではないですぞ。絶世の美少女でござろう!」


「黙れ忍者! 東雲、まずは自己紹介をしてくれ」


 東雲と呼ばれた美少女は、恥ずかしがりながら教卓の前に立ち、


「初めまして、僕の名前は東雲バトル、ボドゲ屋本舗東雲グループの一人娘で、ボードゲームの魅力を伝えるために、未来からやってきました!」


 そして、電波を放った。これ、笑うとこ? なあ、みん――


「うお……」


 な……。


「うおおおオォォン! しっののめっ! しっののめっ! しっののめっ!」


 しまった! このクラスはヤル気のないクズ教師含めて変人しかいなかった! 忍者のヤローは既に「ほう……ボクっ子でござるか……それもまた一興……」と賢者になっていやがる! 忍べよ!


「みんなー、これからよろしくねー!」


 こうして痛々しい未来人(?)の美少女、東雲バトルが俺たちのクラスにやってきた。なんだかな!



 ×  ×  ×



「バトルちゃんって未来から来たの? PS7ってそんなに進んでいるの? パワプロは?」


「『パワハラプロ野球』ならこの前27が出たかなー、新システムのモンペアとの練習調整が熱いよ!」


「マジかよ! もう27かよ! 未来sugeeee! じゃあ最終幻想ファイナルファンタシリーズは? 15はイケメンがアウトドアしていた最終幻想ファイナルファンタはどうなったの?」


「……最終幻想ファイナルファンタはまだ17を開発中だよ」


「う、嘘だろ……。いくら発表会をしてまで発売日を世間に公表したのに、結局発売延期した最終幻想ファイナルファンタシリーズだからって、PS7が出ているのにまだ17を開発中だなんて……」


「もうおしまいだぁ」


 最終幻想ファイナルファンタの展望を聞いてがっくりとうな垂れる男子たち。ちくしょう、いつになったら俺は最終幻想ファイナルファンタ11から離れられるんだ!


「じゃなくて! みんなデジタルゲームなんかより、時代はアナログゲームだよ! ボードゲームを楽しもうよ!」


「ボードゲーム? なにそれ? 歌? 外人? 遊♡戯♡王?」


「いや、いまどきボードゲームはないわ。No thank you!」


「ぬぬぬぬ……」


 強烈な自己紹介をしたバトルちゃんはすっかりクラスに打ち解け、いまや弄られキャラとしてのポジションを確立していた。話しては言い負けて涙目になるバトルちゃんに、ハァハァする忍者を始めとして、ファンが付いているのは一目瞭然だ。しかも、憎めない性格からか男子だけではなく、女子からも好かれているようだ。


「そういえばさー、バトルちゃんって何で未来からやってきたの?」


「そうだった! すっかり使命の事を忘れていた。実は僕のお父様が創立したボドゲ屋本舗東雲グループは、あるデジタルゲーム会社が娯楽市場を独占してしまったせいで、倒産してしまったのです」


 可愛い顔して倒産だなんて、過酷な経験をしているじゃないか。父さんは許しませんよ。ふふふ……メタルジェノサイダー。


「そのデジタルゲーム会社、八神コーポレーションをいずれ創立する男がこのクラスにいることが分かったので、『抹殺まっさつ』しに来たんだ」


 ほうほう、ライバル会社ができる前に潰すために過去に来たと。まるで孫⚪︎空の心臓病を治すために過去にきたトラン⚪︎スのようだね。まあ向こうはパラレルワールドが生まれちゃったけど。

 ……ん? 八神コーポレーション?


「そうだよ。このクラスにいる八神太一が大学時代に立ち上げるゲーム会社こそ、僕の親の仇の八神コーポレーションなのさ!」


 ゆらぁ……と席を立ち俺を真っ直ぐ見つめるバトルちゃん。残心! こ……この動きは!! トキ!!


「八神太一! 覚悟を決めるんだ! くらえーベルリンの赤い雨ー!!」


 ウララーッという発声とともにチョップを繰り出すバトルちゃん。「八神どのーー!」と叫ぶ忍者の声も死に際となっては心地よい。ああ、こんな事なら妹のプリン食っておけば良かったなぁ。家のHDDアダルトグッズは忍者が初期化してくれるかなぁ。母さん、父さん、妹、なんだかんだ言っても八神家に生まれて楽しかったよ、俺。


――――――――――

――――

――


 俺の頚動脈けいどうみゃくを切り裂くはずのベルリンの赤い雨が降らない。おそるおそる目を開けた俺が目の当たりにしたのは……


「ボ……ボードゲーム!!」


 俺の首元に当てられていた『人生ゲーム』だった。


「八神コーポレーションの八神太一の首は僕がもらった! 今から君は、ボドゲ屋本舗東雲グループの一員だ!」



 ×  ×  ×



「説明しよう! 『人生、山あり谷あり! 目指せ! 億万長者!!』がキャッチコピーの『人生ゲーム』。遊び方はルーレットを回してコマを進めさせるだけの単純明快ながら就職、結婚、子供など人生の大イベントを経験する事のできる神ゲーム。2016年4月には、8年ぶりとなるリニューアル版『人生ゲーム(2016ver.)』が発売されたボードゲーム界の王様だ!」


「……解説ありがとう、説明四太郎せつめいしたろうくん」


 教室の机を二つ並べて、その上に人生ゲームのベーシックステージが置かれた。俺のコマである青色の車と、バトルちゃんのコマであるピンクの車がスタートマスに置かれて、すでに臨戦態勢になっている。……なんで俺がボードゲームで遊ぶことになっているの!?


「八神どの、気を付けるでござる。同い年といえども相手はあの東雲グループの娘、ボードゲームのことなら隅から隅まで知り尽くしているでござろう。真っ向からの知力勝負では決して勝てまい、速攻で場をかく乱して考える隙をなくすでござるよ」


「ふふん、忍者くん、こそこそ太一にアドバイスしたって無駄だよ。僕はこの勝負に勝って、太一をウチの社員にするんだ」


 くっ、羨ましいでござるぅ! という忍者は気持ちが悪いが、アドバイスは的確だった。おそらくまともな戦略では勝てないだろう!! ここは少し卑怯だが、クラスの皆んなを巻き混んでバトルちゃんと会話させて、集中力を切らすしか勝ち目はない!


「じゃあ、女の子だから僕が先行ね! ルーレットスタート!」


「たまらんでござるな」

「あざといブヒィ」

「ルーレットになりたい」


「うーん、3か……ちょっとしか進まなかったね……1、2、3と。なになに、『サッカーをして骨折する、入院費用300万円支払う』と、あるあr……ねーよ。こんなに入院費用が掛かるなんて、僕らの健康保険ってなんの為に払っているんだろうね」


「……深いでござるな、バトルどの。その気持ち、拙者たちにはよーく伝わるでござるよ」


「そうか!?」


 なんだかよく分からないが、バトルちゃんの出だしは良くなさそうだ。そして俺のルーレットは……8! しかも、『飼っていたポチがお宝を掘り当てた、1000万円手に入れる』だと!? やるじゃんポチ。


「ぬぬぬぬ……流石は八神コーポレーションの創立者(未来)。そう簡単にことを運ばさせてくれないね。だけど、次は僕のターン! 凶悪的なプロポーション(上から80、61、83)から繰り出すルーレット!」


「がはあぁ」

「山根くんが血を吐いたぞー! 衛生兵! 衛生兵はおらぬかー!!」

「『東雲×私』……そういうのもあるのか」


 クルクルクル……2!


「タイム!」


「あるか! ちょっと自分に都合が悪かったからってタイムなんて新ルール作るんじゃありません! ほら、さっさと『突然オシャレに目覚める、500万円支払う』のコマまで進めろ!」


「だっておかしいよ! 服に500万円とか社長令嬢の僕だって買わないし、タ⚪︎ラトミーの金銭感覚は狂っているとしか思えない! ウニクロでいいんだよウニクロで! だから最低金額の100万円しか払いません! 決定!」


「がああ、ルールを守れ! ルールを! 第一まだ序盤なんだから巻き返しはできるし、そんなにすねねるなよ! ほら、俺だってこれから上手くいくとは限らないし!」


 クルクルクル……9!


「ちくしょう! ずるい!」


 その後もバトルちゃんは、小さい数字を出しつつゆっくりとマイナスマスを踏み続け、就職ゾーンに入ると何故か大きい数字を連発して見事ニートになった。対して俺は適度にプラスマスとマイナスマスを進み、若干のプラスになりながらゴーストライターに就職した。バトルちゃんはゴーストライター(笑)と言っていたが、社長令嬢の自分がニートになった時は濁った目になり、一時中断してクラス全員でなだめたのである。

 つまり、バトルちゃんはめちゃくちゃボードゲームが弱かった。


「このままじゃ負けそうだよぅ……」


「なんだ、戦意喪失か? だが、俺のターンだ! 無慈悲なルーレット! ……お、結婚マスだ」


 俺が『結婚』というワードを言うと、突然バトルちゃんが「!」という表情になり、もじもじし始めた。もじもじくんの子孫なの?


「これはルールだから仕方ないね……」


「自分のコマを手に取って、バトルどのは何をしているのでござるか?」


 何を思っているのか、バトルちゃんは自分のピンク色の車コマにくっ付けていた人のコマを取り外し、俺の青色の車のコマに取り付けた。青色の車に青色の人と、ピンク色の人が乗っている状態である。


「ル、ルールだから仕方ないね。太一の結婚相手はこの僕だから、ここでプレイヤーは一組になって試合終了だ。残念だけど、引き分けだね」


 そう言うとバトルちゃんは顔を真っ赤にして、キャッと手で顔を隠してしまった。

 クラスの皆んな(特に男子)は、ア? とつばを吐いていた。


「なるほど、バトルどのは敵対する八神どのと結婚することで、資産を共有した訳でござるか。ははは、これでは何時まで経っても決着はつかんでござる。一本取られたでござるなクラスの皆のものよ」


 こやつめ、ハハハ……


「初めてですよ……ここまで拙者たちをコケにしたおバカさんは……ぜったいに許さんぞ、八神むしけら! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」


 昭和みたいなオチを持って来やがって、なんて日だ! と思いながら俺は廊下に駆け出していた。怒れる忍者やクラスメイトが「八神を滅殺めっさつせよ!」と叫びながら追いかけてくる。やれやれ、変な転校生のせいで俺の超平凡な人生が変わり始めたじゃないか。

 

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