第4章 ”鍵”は如何にして作られたのか
第11話 初めての酸素カプセル
「全身に酸素が行き渡ると、血行が良くなり…」
ある日の夕方、私と澪はスタッフの女性による説明を聞いていた。
私達が今いる場所は、新宿駅の東口エリアにある酸素カプセルのお店。酸素カプセルとは、文字通り酸素を補給できるカプセルを指すが、最近では血行促進や脳のリフレッシュ。怪我の早期回復や生体効果もあるとの事で、アスリート等に人気のあるリラクゼーションだ。
普段あまり耳にしないだけに、私も澪もこのお店には初めて来る。初回のため、女性スタッフから説明を受けているのだが、私達がこの施設を訪れた理由は全く別の所にあった。
酸素カプセル施設へ行く前日――――――
「空間転移を得意とする、アングラハイフ…?」
「あぁ」
私の問いかけに、ヤドが首を縦にして頷く。
それは澪が働くお店にあるソルナの部屋にて、私とヤドが会話していた時の事だ。
「ヤドが得た情報によると、“そいつ”が例の聖杯の件で何か知っているかも…って事らしいんすよ!」
「へぇー…。どうやら、“聖杯”とやらに一歩近づけそうなのね?…にしても、ヤド。貴方随分疲れているようだけど…」
ソルナの話を聞いていた澪が、間に入る。
一方で、ヤドがやや疲れ気味な
「しかし、ヤド。その者に会うにあたって、それを奏さんと澪さんにお願いする理由は一体?」
今度は、この日がバイト休みだったベイカーも会話に入ってくる。
「奴は…かなりの変わり者で、大の男嫌いらしい。そのため、人間の女と話したいがために“あんなお遊び”をしているらしい」
「遊び…?」
ヤドの意味深な説明に対し、私達のほとんどが首をかしげていた。
「兎に角、そのリラクゼーション施設に行ってみないとわからないらしい。何せ、そこから“奴”に会えた女っていうのは、会った時の記憶を消されているようだしな」
「あんた達って…本当、いろんな
話の後半では、澪が感心していた。
「その手の能力を持っているという事は…おそらく、そのドワーフはドヴェルグ寄りかもしれないっすね!」
「それは初耳ね、ソルナ」
一方でソルナと澪が会話を交わす。
ソルナ曰く、彼らアングラハイフ達が持っている能力は個々によって差があるらしい。日本の土と外国の土の性質が異なるように、“彼ら”にも持っている差は大きい。“ドヴェルグ寄り”とは、主に北ヨーロッパ辺りから来たドワーフの事を指す。
前日にそんな会話があって、今に至るのだ。
「準備ができましたら、こちらへお越しください」
「わかりました!」
女性スタッフの説明を終えた私と澪は、相手に対して返事をする。
「仕事以外でリラクゼーション施設行かないから、何だか不思議なかんじがするわ」
「成程…確かに、そうかもね」
ロッカーに荷物を湿っている際、澪が私に話しかけてきたのである。
北ヨーロッパ…要は北欧か。…どんなアングラハイフだろう?
そんな事を考えながら、私達は酸素カプセルへと向かった。
「俺は、カプセルの近くで見張っているからな」
「う…うん…」
すると、耳元でヤドの声が響いた。
突然囁かれたため、私は挙動不審になりながら小さく返事をする。今回、念のためという事でヤドがついてきているのだ。また、このお店は澪の職場とは違い、アングラハイフに対して営業している施設ではないため、店員がヤドを目の当たりにする事はない。黙ってさえいれば、勝手に入ってしまう事も容易だ。
ある意味、不法侵入だよな…
私は、スタッフからタオルケットを受け取った際に思った。因みに、自分の左手側に彼が座っている。
カプセルの蓋を閉めてもらい、中には風の音が響き始める。無料でアロマの匂いを入れてくれるサービスの関係で、カプセル内にローズの香りが漂い始める。
そうだ、最初は耳抜きしなきゃ…!
スタッフの説明を思い出した私は、指で鼻を押さえて耳抜きを数分間行う。
この始め5分・終わる直前5分の間は気圧が急上昇する関係で、耳が痛くならないように耳抜きをするのが必須らしい。開始から5分後、確かに普段と変わらない状態になってきたようだった。
「さて…ヤドが言っていた曲をかけなきゃ…」
私は不意に、内心で思った事を口にする。
因みに、このカプセル。このまま時間まで寝転がっているのだが、密閉されている事もあって多少音や声を出しても、外に漏れる事は一切ない。スタッフの話だと、中で携帯ゲーム機をやる人や、パソコンを持ち込んで仕事をする人もいるらしい。
お店にはどのカプセルにもスピーカー付きの音楽プレイヤーが設置されていて、そこからヒーリングの音楽がかけられるようになっている。何もすることないなら、そのまま眠る事も可能だが、今回私達が音楽をかけるのは、目的のアンフラハイフに会うための必須条件らしい。
「よし、この曲…だね!」
寝転がりながら指でプレイヤーを操作した後、スピーカーからゆっくりとしたリズムの曲が流れてくる。
あとはこの曲聴いていればいいはずだけど…
私は仰向けに寝転がりながら、壁にあるパネルを見つめた。そこには、気圧の数値や終了までの残り時間が表示されるようになっている。残り時間を見ると、まだ始まったばかりで時間がある。
貴重品以外持ち込んでいないから、暇…だなぁ…
そんな事を考えていると、次第に睡魔が襲ってくる。
そしてヒーリングの曲が流れる中、私は瞳を閉じて眠りにつくのであった。
「奏…!!」
「…澪…?」
数分後、目が覚めて最初に見たのは、澪の顔だった。
起き上ると、そこは明らかに酸素カプセルの中ではない。
「あれ?酸素カプセルの中にいたはずなのに…」
「あたしも、さっき目が覚めたの。あのカプセル内でヤドが指定した曲を聴いたら、睡魔が襲ってきて…」
「澪も…!?」
彼女も自分と同じ形で眠りについたのを聞き、私は驚く。
「ここは一体…?」
私達は、周囲を見渡す。
周りには、暖炉やソファー。薄型のテレビなんかが置いてあるため、リビングルームみたいな場所だろう。何故こんなことになっているのかと考えていると、ヤドの説明を私は主出した。
「そっか!もしかしたら、あの曲がここへ来るための暗号か何かで、それによってこの場所に…」
「それ以上は考えない方がよいぞ」
「!!?」
私がその先を口にしようとすると、聞きなれない声によって遮られてしまう。
「あんたは…」
澪が横に視線を向けていたため、私もその方角を見る。
そこには、顎中に無精ひげを生やし、身長も私達より小さそうな中年男性がいた。その外見は、映画などに出てくるドワーフそのものだ。
「わしの名は…コデックスとでも呼んでくれ」
「えっと……先程の
コデックスというアングラハイフが名乗ると、私は恐る恐る先程の話を持ち出す。
ソファーに座っている彼は、座り込んでいる私に視線を向けて口を開く。
「言葉通りの意味じゃよ、お嬢さん。わしがお主たちをここにたどり着かせている術は“施術者が術のカラクリを考えない”のを前提に展開されておる。用があるというのならば、終わるまでは考えない方が身のためじゃよ」
「は…い。わかりました…」
そう忠告された私は、そこで術に関する話は終わった。
「では、本題だが…お主ら二人共、カプセルに入ってから迷わず“あの曲”を選びおったな。あの曲は、客が気まぐれに選ぶだろうからとリストの片隅に入れておったがな…。その所以も訊いていいかな?」
コデックスより問われ、私の方を見た澪が首を縦に頷いてから口を開く。
「あんたが、“何でも願い事が叶えられる聖杯”について何か知っている…という情報を、知り合いから聞いて、お話を聞くために来たの」
「む…!?」
澪が切り出すと、コデックスは“聖杯”に反応を示す。
この反応を見る限り、何か知っていそうかもな…
私は相手の反応を見てそう思った。
すると、不意に私と彼の目が合う。相手の方がすぐに視線を下に下ろすが、大きなため息をした後にやっと口を開く。
「役に立つかはわからんが…他の同胞経由で聞いた話ならば、教えてやれなくもない」
「その“話”…とは…?」
私が問いかけると、コデックスは再び私を見ながら言葉を紡ぐ。
「“聖杯”の元へ行くために必要な“鍵”が如何にしてできたか…という話だ」
「え…」
その
直接的な情報は得られなくても、何か手がかりになりえる…よね?
そう思った私は、横にいる澪に視線を向ける。
「あいつらも切羽詰まっている所もあるだろうし…何より、危なそうな奴が“聖杯”たどり着く前に、あたし達は何とかしたい…と思っているの。ソルナの受け売りだけど…」
最後の方はたどたどしかったが、澪ははっきりと相手に向かってこちらの考えを伝える。
「やれやれ…そこまで言われては、話さない訳にもいかんようじゃな…」
「じゃあ…!」
根負けしたような
「役に立つかはわからんが…話してあげよう。あの“鍵”が如何にしてできたのかを…」
「ありがとうございます…!」
コデックスがそう述べると、私と澪は深く頭を下げて礼を言った。
そうして、今の
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