第10話 匂いを発する物
「図体からして、ノロマだろうが…っ!」
ヤドは、口を動かしながら
地面に拳をぶつけた所には、軽いひびが生えていた。
「何て力…!!」
後ろで彼らを見守っていた私は、その力の強さに驚いていた。
また、先ほど避けていなかったら、一撃で自分は死んでいたのかと思うと寒気すら感じていたのである。
「…ここが、地下でなければ良いのですがねぇ…」
「ボソボソしゃべってないで、あんたもやれっての!!」
唇を噛みしめている桜花に対し、ソルナが突っ込みをいれる。
「
桜花は、ぶつくさと話しながら、地面から岩で出来た鋭い刃物みたいな物を複数生成する。
一直線に人形へ向かっていくが、威力が弱いのか弾かれて下に落ちてしまう。
「…桜花さん…でしたっけ」
「気安く僕の名前を呼ばないでくださいよ」
私は不意に思いついたため、桜花に声をかける。
彼は嫌そうな口調だったが、一応は答えてくれた。
「
「…当然でしょう。そんな事を聞くために、僕へ声をかけたのですか?」
「だとしたら…壁や地面の中に隠れている…って事はありえる?」
「!!」
私の問いかけに嫌そうであったが、次なる問を投げかけると、数回瞬きをする。
「貴女の言う通り、この辺に隠れていたとしても…そう簡単には出てこないでしょう。堂々と姿を現していては、こんな悪戯はできませんしね」
桜花の返答を聞いた私は、その場で考え込む。
だとしたら、嫌でも出てきてもらうしかない…のか
私は、考え事をしながら、自分のカバンにある物を取りに行こうと走り出す。
「アホ猫…!?」
私が走り出すと、敵と攻防を繰り返していたヤドが反応する。
「自分の鞄を取りに行ってくるわ…!!」
そうヤドに告げた私は、その場から離れ、マラソンのスタート地点へと走り出す。
「あ…君!」
「警部さん…?」
一旦、マラソンのスタート地点に戻った時に極羽警部に声をかけられた。
また、あれから少し時間が経っているため、閉会式がすぐそばで執り行われていた。
「小峯から聞いたが…例の“侵入者”はどうなっている?」
「えっと…私の連れの二人と、もう一人のドワーフが対応してくれています。ただ、術者がまだ見つけられていなくて…」
事態を小峯巡査から聞いていた警部に問われ、私は答える。
「では、君は何をしにここへ…?」
「えっと…術者を見つけ出すために、“これ”が使えないかなー…とか思って」
そう口にしながら、私は自分の鞄に入れていた物を取り出す。
それを見た極羽警部は少し驚いていたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「俺も、“そういう物”が他にもないか、探しにいこうかと思っていたんだ。自持ちで何とかなれば一番良かったんだが…いかんせん、俺の部下はそういう女性らしいものを持っていなくて…」
「そ…そうですか…」
警部が口にした存在は、完全に小峯巡査の事だろう。
ただし、警部も自分と同じような考えを持っていたようなので、少し安堵していた。
あ…そうだ…!
準備を整えた警部は「自分も行く」と言ってくれた直後、私はある意味大事な事を思い出す。
「あの…連れの一人が、マラソンのTOP5以内に入ったみたいで…。猫カフェの招待券を、彼のために残してもらってもいいですかね?」
「あぁ…そうだね。かなり瞳を輝かせていたら、ここで“もらえませんでした”って事になったら暴れそうな勢いだったしな…」
私の提案を聞いた警部は、すぐに納得してくれたのである。
第三者が見て“そう”思っているのがわかるって事は…どんだけ猫好きなんだろう…
そんな事を考えながら、アングラハイフ達が戦っている場所へと移動するのであった。
「あ…!!」
私達が戻ってみると、進展があったようで少し驚く。
「奏ちゃん!!…と、新宿署のおっさん??」
私と極羽警部が現れたのに気が付いたソルナが、こちらを振り向く。
ヤドもこちらを振り向くが、特に反応を示す事はなかった。
「さて…。
「はい…!」
警部に促された私は、鞄の中からヘアスプレーを取り出す。それとほぼ同時に、警部は殺虫スプレーを取り出したのである。
蓋を外し、周囲に巻くように噴き出す。また、自分の周囲だけでなく、ヘアスプレーを吹き付けながら、周囲を歩き始める。ヘアスプレーは割と良い香りだが、殺虫剤の悪臭はけっこうひどいため、鼻をつまみながら巻いていた。
「…何、ちまちまとやっているのですか?」
その少しずつやっていく小さな作業に対し、桜花が少し呆れ気味だった。
「以前、ヤドから聞いた事あるんだけど…。“貴方たち”は人間が作りだす物質によっては、躰に影響を及ぼすそうね」
「それは、そうですが…」
私は、話ながら桜花の問いに答えていく。
普通に話す私とは対照的に、彼は不満そうに言葉を濁している。
「女性がよく使うヘアスプレー…。どんな成分が入っている…なんて、“貴方たち”は考えた事ないわよね?」
「ヘアスプレー…」
私が桜花と話していると、それに対してソルナが反応を見せる。
「取り扱い説明に書いてある通りに使えば問題ないが、あまり体に取り込みすぎると健康に害が出る恐れがあるらしいしね。この殺虫スプレーとかは、アセタミプリドとか含んでいるから、人外にはよく効くんだよね」
「流石は、特人課の人間…って所か。使える物の把握はできているようだな」
極羽警部が語った後、ヤドがけだるそうに話していた。
それに、ここは地下…。窓のない密閉された部屋と同じようなものだから、敵も隠れていられないはず…!
私はそんな考えを巡らせながら、ヘアスプレーを散布する。
警部が使う殺虫剤の匂いもひどいが、ヘアスプレーも含めた両方の匂いを嗅いでいる私は、匂いが混ざってとても気持ち悪くなるような場所にいたのである。アングラハイフ達も、そんな私達を視界に入れながら、
「…ん…?」
あれから数分後、私は何かを感じ取ったのか、不意に通路の壁を向いていた。
すると、壁の中からゆっくりと人みたいななにかがゆっくり現れる。それは徐々に大きくなり、その
「わっ!!?」
その後、壁から現れた“それ”は私の方に倒れこんできたため、潰されるように転倒してしまう。
「…大丈夫かい?」
すると、覆いかぶさっていたものを極羽警部がどけてくれた。
「ありがとうございます、警部」
私は相手にお礼を述べながら、ゆっくりと起き上った。
「アングラハイフのお三方!どうやら、彼が
壁から現れた者の顔を見た警部は、ヤド達の方に向かって声を張り上げる。
「…みてぇだな」
「全く、
顔を上げると、少し疲れた表情をしたヤドやソルナが立っていた。
その後ろでは、動きが止まった
「さて…と。そこの警官」
「ん…?」
ため息交じりで話す桜花が、警部に声をかける。
「僕はもう帰ります。お目当ての物が得られない以上、人間と関わるのは御免ですからね」
「まぁ、閉会式が終われば流れ解散だし、帰るぶんには問題ないよ」
けだるそうに話す桜花だったが、極羽警部は全く動じる事なくその後ろ姿を見送った。
「さーて…。ヤド…だったかな」
気絶しているドワーフに手錠をかけた警部は、ヤドに視線を向ける。
「俺の部下が、君の景品を預かってくれているから…彼女から受け取ってくれ」
「へぇ…気の利く事してくれるじゃねぇか」
“景品”という単語に反応したヤドは、少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「…であの場にいたよな」
「…っ…!!」
ヤドとすれ違う時、警部は彼に向かって何かを呟く。
しかし、声が小さかったため、全部を聞き取ることはできなかった。ただ、背中越しに見えるヤドが動揺しているような動きをその時見せていたのである。
「やはり、勘違いではなかった…か」
ヤドが走り去った後、警部は独り呟いていた。
「警部…あの…」
困惑している私に気が付いた警部は、普段の穏やかな表情に戻る。
「君らは、彼の連れだろう?俺はこのアングラハイフを連れて行くから、君達ももう行っても大丈夫だよ。捕縛の協力、ありがとうございました」
「はい…。失礼します…!」
優しそうな表情を見て安心した私は、ソルナと共にヤドを追いかけるのであった。
「猫可愛いーーー!」
「…おい。アホ猫は兎も角、何故てめぇらまでいるんだよ」
数日後、ヤドがマラソンの景品で獲得した招待券が使える猫カフェに私も訪れていた。
「ヤド、知らないんすか??今、巷では“猫ブーム”って謂われるくらい、人気が高まってるんすよ?」
「特に、人間の女性は可愛い小動物が好きな傾向が強いですしね」
その近くでは、ソルナとベイカーが猫に触れながらくつろいでいた。
ヤドが文句を言う一番の理由は、至福の時間をどうでもいい野郎どもに立ち入られて苛立っているためだ。もう一つは、招待券は2名までしか使えないため、ソルナやベイカーはちゃんとお金を支払ってきているのである。
「…俺の邪魔すんなよ」
少しふてくされた表情になったヤドは、そのまま猫がいっぱいいる方へと行ってしまうのであった。
50匹近くいるこのお店は、猫カフェの規模としては都内でも1位2位を争うくらい良い所らしい。また、招待券の都合上、3時間パックを利用しているが、それでも猫と戯れるには十分な時間だろう。
最も、ヤドならフリータイムでもいけそう…
たくさんの猫を背中に乗せてじゃれているヤドを見守りながら、ふとそんな事を考えていた。
「…ってか、私はいつまでアホ猫呼ばわりなんだか…」
不意に私は、内心で思った事を口に出していたのである。
「あいつ…奏ちゃんの事を、そうやって呼ぶんすか?」
「ソルナ…?」
気が付くと、ソルナが隣に来て座っていた。
「うん…。猫は好きだけど、あんまりそうやって呼ばれるのも面白くないなーって…」
私は少し不服そうに頬を膨らませながら、ソルナに愚痴っていた。
「俺の仮説なんすけど…」
すると、少し黙り込んでいたソルナが口を開く。
「あいつ…ヤドは、滅多に相手を名前で呼んだりしない奴なんすよ。あと、見てわかるように猫が大好きじゃないっすか」
「うん…そっか、あまり呼んだりしないんだ…」
ソルナの
「でも、奏ちゃんを猫呼ばわりする…って事は、逆にそれだけ気に入っているって事なんじゃないっすかね?」
「え…」
しかし、その話の続きは思いもよらぬ台詞だった。
「…案外、独占欲が強いのかもしれませんよ?彼…」
「ベイカー…」
後押しするようなベイカーの
うーん…。嬉しいんだか、嬉しくないんだか…
そんな複雑な想いを抱えながら、ヤドを見つめる。
猫を見る彼の
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