第1章 協力的な人。街をおびやかす存在
第3話 対面と情報共有
“ドワーフ”っていうから、もっと背丈が小さい奴らかと思った…
ふと、スマートフォンの液晶画面を見ながら、私は考え事をしていた。
今は、会社でのお昼休憩の時間だ。普段はオフィスビルを出て外食したりするが、今日は久しぶりにお弁当を持参したので、自分の机でご飯を食べていたのである。
幼い頃からサンタとかを信じないくらい現実主義な私にしてみれば、昨日の出来事は“ありえない”の一言に尽きる。
しかし、“壁の中を潜り抜ける”のを体験したのが何より現実である証拠であり、彼らが人間でないという証だ。理に適っているのもあるが、私の中では複雑だった。
「でも、何故私なのだろう…?」
不意に、心で思った事が口に出た瞬間であった。
昨日出逢ったヤドやソルナの話から察するに、自分や澪以外にもドワーフが視える人間はいるのだろう。「何故」自分なのか。「何故」澪もなのか――――――――今後、彼らとつきあっていく事で、それを聞きだそうと私は心に誓ったのである。
あ、メール…
スマートフォンの液晶画面にメール着信の文字が現れる。
送り主にヤドの名前が入っていた。そこには、仕事が終わった後にとある場所へ来い…という内容のものだったのである。
「ここの本屋、来るのは結構久しぶりかもな…」
仕事が終わった後、私はヤドに指定された本屋の前に到達する。
“ブックウォレスト新宿”という本屋は、駅だと超高層ビル街へ向かう途中にあるお店だ。同じ西エリアの店でも、私自身はこちら側を通る事はあまりない。
「…“少し遅れるから中に入っていろ”って…あいつ…!」
その後、ヤドから遅れる連絡が入り、私は軽い苛立ちを覚えていた。
仕方なしに、入ってすぐの所にあった旅行雑誌を開いて読んでいた。“本屋”というよりは“図書館”ともいってもよいくらい、落ち着いた雰囲気を感じたのである。お店は地下にあるにも関わらず、結構大きい。滅多に来ないから全貌はわからないけど、立ち読みする人が点在する事から察するに、販売している本のジャンルも多彩だと思われる。
たまには旅行とか行きたいなぁ…
雑誌のページをめくりながら、そんな事を考えていた。
東京に長く住んでいるため、“帰省”という概念が私にはない。そのため、学生時代は実家に帰る友人を見ては、羨ましいと思った事も多い。ただし、
「えっと…茶髪でストレートヘアの女の子…」
「ん…?」
不意に、後ろから聞き覚えのない声が響いてくる。
後ろを振り向くと、そこにはお店のロゴが入ったエプロンを身に着ける男性の姿であった。遠目から見るとわかりづらいが、少しずつこちらへ近づくにつれ、かなり背丈のある人物なのがわかる。本来ならば人前では目立ちそうな体型だろうが、周囲にいる人達は立ち読みに夢中なのか、その男性の事を一瞥たりとも気にしていなかった。
私は、昨日の話を思い出した途端、少し嫌な予感がしてきたのである。
一方、背の高い男性は私の存在に気が付くと、まるで女の子みたいな足取りでこちらへ近づいてきたのである。
…スマートフォン…?
しかし、目の前に近づいてきたと思いきや、ズボンのポケットにしまっていたスマートフォンを青年は取り出して、何か文字を打ち始める。
そして数秒後、店員は画面を私に向かって見せた。そこには、“貴女が、
「あの…貴方は…?!」
思わず声を出してしまったが、相手が指を唇に当てているのを見て、私はすぐに言葉をつぐんだ。
思い通りの行動をしたからなのか満足そうな笑みを浮かべた青年は、またさらに文字を打ち始める。
“わたしが、ベイカーという者です。ひとまず、ここでする話でもないと思うので、場所を移動しましょう”と、そこには書かれていたのである。
「連れがまだ到着していないのですが…」
私は、声を出さずに、唇の動きだけで青年に向かって告げる。
「“彼”にもあそこへ行くよう連絡を入れておきました。ついてきてください」
スマートフォンに書かれた文字を見せた後、青年は私に背を向けて歩き出したのである。
「あ…!」
おいて行かれるとまずいと思った私は、すぐさま彼の後について歩き出す。
“外見と違って、内面がしっかりとしていそうだな”というのが、彼を見た時の第一印象であった。
「おい、アホ猫。遅い」
「あ…ヤド!!」
本屋の店員が利用する休憩室のような場所に案内されると、そこに遅れて来ていたヤドがいた。
「遅刻した身分で、何勝手な事言っていんのよ!!」
私は不服そうに頬を膨らませていた。
「まぁまぁ、二人共…」
「あ…ごめんなさい!」
すると、ベイカーが間に入って来た事に気が付いた私は、すぐに出そうになった手を引っ込める。
これだけ背丈があると、ビックリしちゃうなぁ…
私は、相手を見上げながら思った。
すると、ベイカーはドアの外に人影が通ったのを目にしたのか、ドアノブを握って少しだけ空ける。
「店長!少しの間だけ、ここ借りても大丈夫ですか?」
「あぁ、いいぜ!ちゃんと“施錠”しとけよー!!」
ベイカーが声を張り上げると、外から中年男性らしき声が返って来たのである。
返事を確認したベイカーはドアをしっかりと閉め、人差し指を鍵穴にこすりつけて何かをしていた。
「あ、座って戴いて大丈夫ですよ」
そして、私達を見るなり、彼は穏やかそうな笑みでそう告げる。
ヤドは座ったままなので、私が彼の元まで行って隣へ座った。ドアに何かをした後、青年は私達が座るパイプいすの机を挟んだ向かい側に座ったのである。
「では、改めまして…。わたしが、ソルナとコミュニティーを組んでいるドワーフのベイカーです。宜しくお願いしますね、
「あ…はい」
自己紹介を受けて、私は“やっぱり”と内心で思った。
ドワーフならば、いくら体が大きくても見えない人には見えないため、気付かれないのも道理だ。
「こいつは、俺らの中では珍しく“人間に顔が割れやすいバイト”をしている変わり者だ」
「貴方の毒舌ぶりは、相変わらずですね。えっと…」
皮肉じみた
それに気が付いたヤドは、しっかりとベイカーの瞳を見て話す。
「今は“ヤド”って名乗っている。駅の名前から来ているから、単純でいいかなと思ってな」
「そうなのですね…ヤド」
その言い回しに納得したベイカーは、ヤドの名前を口にする。
私は不思議そうな
「彼のくせ…なんですかね。何十年かに一度、彼は自分の名前を変えてしまうのですよ。わたしは彼とは100年くらいのつきあいなのですが、未だに理由を教えてくれなくてね…」
「そっか、二人は古くからの知人なんだ……って、えっ!!!?」
ベイカーさんの落ち着いた雰囲気に飲まれそうな私だったが、突拍子もない数値を聞いて驚く。
「100年!!?」
聞き間違いかと思って繰り返してしまったが、動揺は隠せない。
「俺らは、不死ではないにしろ…お前ら人間よりは寿命が長い。俺は200年くらい生きているが、長い奴は600年くらい生きている奴もいるらしいぞ」
驚いている私を尻目に、ヤドが淡々と述べた。
「へ…へぇ…」
私は唖然としていた。
そんな私を見たベイカーはくすっと小さく笑っていたのである。
「それなりにつきあいはあっても、やはり彼は色々と教えてくれない事が多いのですよ。貴女達人間が“ドワーフ”と呼ぶわたしたちは本来、二人以上の“コミュニティー”と呼ばれるものを形成して暮らしているのですが…。彼は、稀にみる“コミュニティーを作らない同胞”なんですよね」
ベイカーは軽いため息をつきながら説明する。
「コミュニティーって…何かサークルとか団体の事…ですか?」
「まぁ、それにも似ているだろうし、人間でいうところの“家族”みたいなものでしょうか」
私の疑問に対し、わかりやすい言い回しで答えてくれたのである。
「そうそう。先程、私が声をかけた人物は、奏さんと同じ“わたしたちが視える人間”の一人なのですよ」
「えっ…!?」
私は、自分が考えていた事を彼に読まれたのかと思い、少し焦ったのである。
また、その答えに意外性も感じていたため、驚きも一緒に押し寄せていた。
「あの店長は気さくな方で…。“掃除くらいしか任せられないが、それで良ければ住み込みで働いていいぜ”と言ってくださったのですよ」
「でも…他の店員さんはその事を知っては…」
「……知らないですね。偶然なのか必然なのか、この本屋で働く人達は“わたしを視える目”をお持ちでないようなので」
「成程…」
彼の話を聞いていた私は、何だか不思議な感覚がした。
そうやって人とドワーフが共存しているなんて事が、本当にあるんだなぁ…
その絶妙な付き合い方を、何だかすごいなとも感じている自分がいたのである。
「んで、アホ猫。お前をここに来いと言った理由だが…一つ目は無論、お前とベイカーを引き合わせる事。それから…ベイカー。俺が以前に頼んでいた情報をもらうために、お前のところを訪れたのは、察しているよな?」
そうヤドが言い放つと、何故か深刻そうな表情を浮かべていた。
「…奏さんにも教えておいた方が良さそうですね。あと、澪さんにはソルナと会った際にでもお話しときます」
そう口にしながら、ベイカーはポケットにつっこんでいたスマートフォンを取り出して操作をする。
何だか、お洒落なケースだなぁ…
不意にベイカーが使うスマートフォンの背面が目に入る。
ケースはシリコンみたいな素材でピンク色のみの物だったが、カメラのレンズ付近に光ビーズで兎が描かれていたのだ。女性が好きそうなデザインだが、彼はれっきとした男性。それに、やヤドから聞いた話だと、彼らドワーフは雄しかいない種族のため、雌のドワーフは存在しないとの事だ。そのため、ベイカーは割と女性みたいな趣味を持っているのだろう。
「奏さんもおそらく、このニュースはご存知かと思います」
「あー…最近起きている原因不明なひったくりに遭う人や、悪戯されたりする人達のニュース」
ベイカーが見せてくれたスマートフォンの液晶には、ここ2週間ほどの間に連続で起きる、謎の事件の新聞記事だった。
「人からすれば不可解な事件と思うでしょうが、この犯人は間違いなくドワーフ」
「…根拠は?」
「それは、“警察の目が行き届かない所で犯行が行われている”からですね」
私はすかさず理由を尋ねると、ベイカーはすぐに答えてくれた。
「一この新宿みたいに地下通路が多い区や市に関しては、“俺ら”を取り締まる部署…ってのが、警察署内部にあるらしい。俺もベイカーと同じ見解を持っていて、それで犯行を繰り返す奴らの事をベイカーに調べてもらっていた訳だ」
「へぇ…何だか、ベイカーって探偵みたいでかっこいい!」
私は感心したようなまなざしで、目の前にいるベイカーを見上げる。
それを横で見ていたヤドは、何故か不服そうな
「ありがとうございます。ひとまず、それは置いといて…」
穏やかな笑みを浮かべたまま、何故か話をスルーされてしまう。
「わたしの方で調べた所、その犯人は“彼”の部下…もしくはコミュニティーに属する者のようですね」
「
ベイカーの話を聞くヤドも、深刻そうな表情を浮かべている。
変な名前だなと思ったけど…察するに、彼らと同じドワーフって事…?
私は、話の成り行きを見守りながら、そんな事を考えていた。
「わっ!!?」
すると突然、部屋の扉から小刻みなリズムのようなノック音が響いてくる。
三三七拍子…?
その聞き覚えのあるリズムから、そのノック音が何かの合図みたいなものだと悟る。
音に気付いたベイカーは、急いで扉へ走り寄り、ドアノブに指をあててから口を開く。
「店長!!何かあったのですか?」
「あぁ!話中悪いが、開けてくれねぇか?」
すると、扉越しに店長の声が響き渡る。
その声音からして、何かに対して慌てているようだ。ベイカーがすぐに扉を開けると、そこに40代くらいの中年男性が現れる。
「どうやら、店の商品を万引きされたらしい。店員の一人が陳列した本…綺麗に平積みしていたのに、レジへ向かってから戻ってきたら1冊だけないって話だ…」
「店長…それって…!!」
「あぁ…多分、お前が以前言っていた奴なんじゃねぇかと思ってな…!!」
「へぇー…」
その会話を後ろで聞いていたヤドは、ニヤリと意地悪そうに微笑んでいた。
「ヤド…?」
その表情が不気味に見えた私は、不意に彼の名前を呼ぶ。
「喜べ、アホ猫。お前にいい仕事がある」
私の方を向いたヤドは、そう告げた。
この時、私はものすごく嫌な予感がしたのである。
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