第2話 様々な呼び名を持つ”彼ら”
「…場所を移動するぞ」
新宿で出逢った青年・ヤドによるこの一言の後、私は彼と一緒に歩き出していた。
同じような風景が続くプロムナードの景色を見渡しながら、彼の後ろから歩く。時期的に変わった服装のはずなので、すれ違う人は彼を一度は視界に入れるだろうが…不思議な事に、誰一人として彼に気が付く者がいない。
どこに行くのだろう…?
具体的な説明がされていないため、疑心暗鬼になりながら私は足を進めていた。
「…ついたぞ」
「ここって…」
数分ほど歩いた先は、地下街の一角にあるリラクゼーション施設。
“Topina”という店名を見た時、この新宿駅前に同じ名前の店を見たことがあるのを思い出す。
「マッサージ代おごってくれる訳ではない…よね?」
「当然だ。まず、お前が先に入れ」
「はぁ!!?」
ヤドにそう促され、私は目を丸くする。
入ったって、予約していないからすぐには施術してくれないと思うけど…
内心で文句を述べながら、お店の敷地に足を踏み出す。
「いらっしゃいませー!」
すると、お店の奥から陽気な声を出すエステティシャンが現れる。
「ご予約されたお客様ですか?」
「いえ…あの…予約はしていないのですが…」
店員の
「お客様…」
「え…?」
店員の女性がその先を口にしようとした途端、目を丸くしていた。
何か異様なものを見たような表情をしている。しかし、すぐに営業スマイルに戻り――――
「…お待ちしておりました。中へとご案内致しますね」
「あ…はい…?」
ヤドに視線を一瞬見せると、「早く行けよ」と言いたげそうな
仕方なしに、店員さんの案内で施設の奥へと入っていく。
途中、カーテンでしきられた場所が何か所かある。このリラクゼーション施設は完全な個室とはいえないが、客のプライベートが守られるようにちゃんと仕切りとしてカーテンが存在するお店のようだ。
「こちらに入って、お待ちください」
「はぁ…」
店員から案内されるがままに、私はその指定されたカーテンに触れる。
「え…!!?」
しかし、カーテンをまくって中に入った途端、私は目を丸くする。
本来ならば、施術するベッドがあるだけのはずだが…外側とは全く異なる空間に入り込んでいた。辺りを見渡すと、確かに施術できそうなベッドは1台ある。しかし、人が住めそうなくらいの広さがあるその空間は、明らかにリラクゼーション施設の中とは言い難かった。
「あっれー??ヤドじゃん!!」
「…てめぇか」
前方から声が聞こえたと思ったら、私の後ろにいたヤドが反応する。
声が聞こえた方に視線を向けると、そこにはオレンジがかった茶髪の青年が部屋の奥にあるソファーに座っていた。
さっきまでは、誰もいなかったような…?
部屋に入ってすぐの時は誰もいないような気がしたため、すぐその場に現れた事に対して、疑問に思っていた。
私の存在に気が付いた茶髪の青年は、ゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてくる。
「おやおや、人間の女の子じゃないっすかー!!ここに連れてきたって事は…彼女にも手伝ってもらうかんじっすかね?」
「まぁな」
「あ…あのー…」
茶髪の青年は、私の事をまじまじと見つめていた。
しかし、話の流れが一向に見えないため、私は挙動不審になっていたのである。
「…ってか、ヤド!来るならちゃんと連絡しなさいよね!!」
「貴女は…!!?」
後方から声が聞こえて振り向いてみると、そこには先程自分達を案内してくれたエステティシャンの女性がいた。
「いちいち五月蠅い女だなぁ…このオタク女は…」
「オタクの何が悪いのよ!!」
ヤドがイヤミったらしい声音で話すと、女性は少しだけむきになっていたようだ。
しかし、私の存在にすぐ気が付いたのか、口に出さずにこちらへ近づいてきた。
「その様子だと、あのどS野郎から何も聞いてないのかもね…。彼らは、私達人間の常識が通じない部分もあるけど…勘弁してやってね」
「“私達人間の常識”…?」
女性の
「ひとまず、ここなら落ち着いて話せると思って場所を移動した訳だ。面倒くさいが…無知も困るから、一応話してやる」
そう言いながら、ヤドは部屋の奥にあるソファーにどっかりと座り込んだのである。
「まず、お前…。“ノーム”や“ドワーフ”って種族を聞いた事あるか?」
「“ノーム”って確か…土の精霊?とかで、“ドワーフ”はファンタジー映画とかに出てくる髭がもじゃもじゃな種族の事…よね?」
「そうだ。そして、俺とそこにいるチャラ男は“それ”に当たる」
「えっと…?」
真顔で言うのだから嘘ではないだろうが、唐突すぎてすぐに理解できなかった。
その表情を見たヤドは、ため息交じりで口を開く。
「今朝、“目を閉じていろ”とは言ったが、あの時何が起きたのかは想像できるよな?」
「えっと…何かしらの近道をして、地下鉄駅のホームまでたどり着けたってのは、認識できたけど…」
「あれは、“俺達”なら誰もが使える“壁の中を歩き回れる能力”だ。お前の腕を引っ張った事で、ただの人間であるお前もあの中を通る事が叶ったんだ」
「あの土が顔面にぶつかるようなかんじ…」
今朝体験したばかりのため、記憶が鮮明によみがえる。
しかし、そんな事ができるのならば“ノーム”や“ドワーフ”という種族なのは、逆に理屈として納得ができる。
「でも、ドワーフなんて、空想上の存在じゃ…」
「そう思う人間もいるだろうけど…俺達は、確かに存在しているよ」
私がボソッと呟くと、それに対して茶髪の青年が答える。
ヤドが彼を少し睨み付けると、何かを思い出したように青年は話し始める。
「ごめんごめん!俺は、ソルナ。このリラクゼーション施設に住み込んでいる“ドワーフ”さ!よろしくね?えっと…」
「あ…
「うん。よろしくね!奏ちゃん♪」
陽気な笑みを浮かべたソルナという青年は、私の両手を握りしめて握手してきたのである。
「因みに、この空間はカーテンに触れた際に“俺らドワーフとそれが見える人間”しか入ってこれないように目くらましをかけている。要は、俺が持つ能力の一種って所かな?」
「“ドワーフが見える人間”…?」
「それが、うちや貴女みたいな人間の事やで」
「あ…」
私が首を傾げると、ソルナの隣に座っていた女性が口を挟む。
「挨拶が遅れて、ごめんね。あたしは
「あ…宜しくお願いいたします」
名前を聞いた私は、その場で深くお辞儀をする。
澪という女性は、少し失言をしたかのように口を手で押さえていた。
「今、そこのオタク女が言ったように、“俺達”を視える人間は少なくはないが、ある程度限られている。俺がお前に“手伝え”と言ったのは、俺らドワーフを視える事に起因するからだ」
「ここまで話を聞いて、何となく理解できた…けど、未だに“手伝い”の本当の中身を聞いてないのだけど…?」
そう問いかけると、ヤドは少し嫌そうな表情を見せる。
成り行きを見守っていたソルナは口笛を一瞬鳴らしていた。
「…俺は…俺達が壁を通り抜ける能力を持つのは、生まれながらにして体の中にある“鍵”を持っているからだ」
「鍵…」
「残念ながら、自分達では視認できないが、“俺ら”は誰もが持っている能力だ。一方、“鍵”といわれる物は、ある特定の場所に行ける鍵というのがあっていな。それを俺は探している」
あふれだした水のような勢いで、ヤドが私に説明してくる。
「そもそも、そんな鍵を一体誰が創ったの…?」
「…皮肉な事に、そういった鍵を作ったのは俺達ドワーフだ。君は、手先が器用で色んな物を作れるっていう俺達の特徴は知っているかい?」
「いえ…初めて聞きましたが…」
話に割って入ってきたソルナの
「…知らないのも無理はないわよ。実際、魔力のある物を作っていた…と伝わっているのは、北欧神話に出てくる闇の妖精・ドヴェルグくらいだしね」
そこに、助け舟を出すように澪が補足した。
「聞いた話によると、“なんでも願い事が叶えられる”とかいう聖杯…か。それのある場所に行ける鍵ってのを、俺が探しているんだ」
「ふーん…。その“鍵”ってのが、この東京にあると…?」
「おそらくな」
そう告げたヤドは、視線を横に向けてしまう。
まだ何かありそうな気がするけど…。あまり詮索しない方がいいかもな…
私は、ヤドの表情を見てそんな風に感じていた。
無表情のようで、何か思い詰めているような
「話の概要はわかった…。でも、具体的に何をすればいいの?いずれにせよ、昼間は仕事しているから職場離れる訳にはいかないし…」
私は、口を動かしながら、澪さんの方を見る。
エステティシャンは平日に休みはあるだろうが、仕事の業務上、そんなに持ち場を離れられないだろうからと思ったからだ。
「そこは、“仕事休め”とは言わねぇっすよ。君らにやってほしい事はまさに“人間と接する”をしてもらわないといけないからね」
「という事は…情報収集って事?」
陽気な声で話すソルナに対し、私は尋ねる。
「そこまで言えば、流石にアホ猫でもわかるか…」
隣で話に耳を傾けていたヤドが、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「案外、人間の方が知っている事もあるだろうしな」
「そういえば、ソルナ。ベイカーは?」
私とヤドが話す中、澪さんはソルナに話しかけていた。
「今日はちょいと出かけていて、朝まで戻らないっぽいっすよ!あいつ、昼間だと目立つからなるべく夜に活動してほしい所なんすけどねー…」
それに対し、ソルナはため息交じりで答える。
「澪さん…“ベイカー”って…?」
不意に、私は彼女に問う。
「あら。うちの事は、”澪”でぇいけるで!」
すると、軽快な大阪弁で返ってきたのである。
「見たところ、
「そっか…じゃあ、“澪”って呼ぶね。私の事も、“奏”でいいから…!」
「そうだね。奏、よろしくね!」
お互いに名前で呼ぶ事にした私達は、少し微笑んでいたのである。
「因みにベイカーは、そこにいるソルナとコミュニティー…を組んでいるっていう相手よ」
「背丈がかなりある奴だから、昼間動き回ると街中は目立つんすよね、これが…」
二人が話す人物は、かなりが体格のいい人物なのだろうと考えていた。
「ベイカーについては、後日紹介してやる。俺も眠いし、そろそろ帰らせてやるよ」
「…何で、あんたはそんな偉そうなんだか…」
あくびしているくせにやたらと偉そうだったため、私は少し呆れていた。
「あ…じゃあ、店の入口まで送るわね。一応、貴方達はお客さんとして店に来た訳だし…」
「そっか…うん。澪、案内してもらってもいい?」
「無論よ。じゃあ、ソルナ!あたしはそのまま店戻って帰るだろうから、また明日ね!」
空間から出る直前、ソルナに向かって澪は告げる。
当の本人は手を振りながら、私達を見送ったのであった。
その後、リラクゼーション施設を出た私とヤドは、地下道の途中にある分かれ道で互いに別れる事となる。
「ってか、あんた達みたいな連中も、スマートフォンとか普通に持っているのね」
「まぁ…人間が作る物でも、使いやすいものなら持っていても損はしねぇしな」
あれから私は、ヤドと連絡先を交換していた。
彼曰く、毎回の待ち合わせが、あのショーケースがある場所になるかわからなからだという。
「…おい、アホ猫」
「…なによ」
もう怒る気が失せたのか、呆れた表情で私は返事をする。
「………いや、やっぱりいい」
「??」
一瞬、せつなそうな瞳を見せたヤドは、そのまま違う方向へと歩いて行ったのである。
何が言いたかったのだろう…?
不思議に思いながら、私は自宅へ帰るために私鉄の駅へと向かうのであった。
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