今夜、ヒカリエは倒壊します

@jitsuzon

第1話 第一次ヒカリエ抗争-1

※この話は完全にフィクションです。



「ジェラートピケってよく燃えるんだなぁ」


「何言ってんだ!危ない!伏せろ!」


3年目の先輩ディレクター太田に上から被さるように覆われた。

瞬間、目の前を2発目の爆風と硝煙が凄い勢いで流れて行き、高価そうな鞄や、雑貨、香水がガラスの破片とともに散らばった。ガラスの破片の中には「10th Anniversary」と書かれたシールにぶら下がったものもあり、ギリギリで日常を繋ぎ留めているかのようだった。


「しっかりしろ!死にたいのか!」


「い、いえ!はい!」


「どっちだよ。まあいい、ここからが本番だ。上がるぞ」


「は、はい!」


使用できる一般用エレベーターを全て破壊し、業務用エレベーターで本隊は上がり、

僕たち支援部隊は非常階段を制圧しつつターゲット確保の支援をする。27階までの長い階段と一般客の悲鳴の中、なんでこんなことになったのかとずっと考えていた。



2022年、東京オリンピック後の日本は少しの余韻と連続しない成長に気を病んでいた。心許ない経済成長、少子高齢化、自殺者の増大、オリンピック前に抱えていた陰鬱な状況をオリンピック後の反動もあり一層強めていた。欧米列強はおろか、アジア新興国の勢いに飲まれそうになっていた日本は起死回生の一手を打つ。


「新しい日本が目指すIT成長急進のための帝国化戦略」、略して「新帝戦」。


これは近年の劣勢を慮った日本政府が、逆転の策として、変化が激しいIT業界、特にWebサービス業界を対象に進めることを決定した成長戦略である。この戦略では法改正も含むラディカルな政策が取られた。法改正の施行は試験的に東京23区から始められ、審査を受け認められた企業には「税制優遇」「定率補助金」「法制上の特別免除」が与えられた。端的に言えば、「武力行使による資産の略奪」が認められたのである。


僕、神谷平次はこの法改正のわずか3ヶ月前、新卒でIT系ベンチャー企業「ネットエポック」に入社した。そして今は、新興IT企業のベンチャーで組織するレジスタンス「ネットゲリラベンチャーズ(通称ゲリベン)」の一員として、作戦行動を取っている。


今回の任務目標は「LINE社のエンジニア強奪」。戦力の確保を目的とするため、対象に不必要な損傷を与えてはならない。また、一般客や建物への被害も最小限にすること。もちろん、任務を成功させる、ということが一番だ。今回の襲撃はLINEを中心とした「ヒカリエ派」に対する明確な反抗の提示なのだから。



息を切らして階段を登った先では、数人の警備員と思わしき制服の人間が倒れていた。


「よかった……。いつも通りの人数だな。以前常駐してた時と同じだ」


太田は1年前ここで常駐ディレクターとして、プロジェクトを請け負っていた。見知った人も多いであろう場所に武装して突入するってどういう気持ちなのだろう。聞きたくなったが、すぐに言葉を引っ込めた。

日曜のエンジニア向け社内勉強会を狙ったため、人はほとんどおらず、閑散としていた。普段はこのフロアに何百人もいるのだろう。空いたデスクにはひざ掛けやお決まりのぬいぐるみがあり、人がいないだけで殺風景には見えなかった。


「お前はここにいろ。俺が中の制圧状況を見てくる。この様子だともう完了しているだろう」


「はい!」


僕はその場でオフィスを見渡した。もともとネット系の会社が好きで、LINEにも当然憧れがあった。こんな形でオフィス見学することになるとはなぁ、と思いながら狭い範囲をゆっくりと徘徊した。自分の背丈よりは少し低いがとても大きいコニーとブラウンのぬいぐるみを見つけ近寄った。


「941さんのブログ(※)でも見たけどでかいなぁ……」


近づいて触ろうとしたその時、ぬいぐるみと言うには大きすぎる置物の裏に人間がいるのがわかった。


「誰だ!」


驚きすぐに離れ、僕は拳銃を向けた。カチャッという金属部品の音がする。


「やめてください!こ、ここの社員です……」


自分と同い年くらいの若い女性だ。震えて伏せながら両手を挙げている。こんなかよわそうな女性に銃を向けるなんて僕はどうしてしまったんだ。緊張していたとはいえ、少し情けない。


「急にすみません。危害を加えるつもりはないんです。だけどここに居るのもよくないので、僕と一緒に来てもらえますか」


他の確保対象が集められている場所に彼女を連れて行こうと言葉をかけた。


「さあ、立って」


立ち上がって初めて顔が見えた。すぐに、ビビッと、完全に、わかった。

彼女は幼なじみの松本凛音だ。


※941::blog:IT企業のオフィス探訪が人気のブログ

 http://blog.kushii.net/

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