やさしい刑事 第3話 「目撃者」(2)

「いいお婆ちゃんだったのにねぇ…まさかあんな事になるとは」旦那さんが、信じられないと言う顔をしながら言った。

「何か、ここ数日変わった事は無かったですか?様子が変だった?とか、誰かに脅されてるみたいだった?とか」

 ヤマさんがそう尋ねると、奥さんが答えて言った。

「いぇ、特に変な様子は無かったですが…あぁ、そうそう。甥子さんとか言う方が「金の無心に来る」と愚痴をこぼしてましたねぇ」

「甥ねぇ~…昨日の夜、隣から何か異常な物音とか、悲鳴とかは聞こえませんでしたか?」

「う~ん…このダイニングからでは、隣の二階の物音は聞こえませんねぇ…あぁ、そうそう弓子なら」と旦那さんが言った。

「弓子さん…ご家族の方ですか?」

「えぇ、二階にいる下の娘です。上のはもう遠くの大学に行ってましてね。おぃ、お前。ちょっと弓子を呼んできなさい」

「はい、あなた」

 旦那さんにそう言われた奥さんは、ダイニングルームの横にある階段から二階に上がって行った。


 しばらくして、16歳くらいの少女が母親に手を取られながら階段を下りてきた。少女は右手に白い杖を携えていた。

 その白い杖の少女は、キョトキョトしながらおぼつかない足取りで歩いてきて、母親に引いてもらった椅子に腰掛けた。

「娘の弓子です。ご覧の通り生まれつき目が見えないもんで」旦那さんが、そう言って少女を紹介した。

「あぁ、それはご無理を申し上げました…ごめんね弓子ちゃん」

 ヤマさんがそう言うと、少女は声のする方を探るように顔を向けて、ニコッと笑った。

「弓子。昨日の晩、お隣で何か変な物音がしなかったかい?警察の方が来られて尋ねられているんだが」

 父親にそう尋ねられた少女は、人の気配を探すようにヤマさんの方に向きながら言った。

「あのね…昨夜バイオリンの練習をしようと思ってベランダに出たら、お隣で怒鳴り声がしたので、恐くなって部屋に戻ったの」

「ベランダに出てバイオリンの練習?…その時に怒鳴り声がしたんですか」

「弓子はバイオリンをやってるんですよ、刑事さん。まぁ、目が見えないので友達もできないし、不憫に思って幼い頃からバイオリンを習わせてましてね」

「あぁ…それで表彰状やトロフィがあるんですね」

 ヤマさんは、ダイニングルームの壁や棚に飾ってあるたくさんの表彰状やトロフィに納得した。

「親が言うのも変ですが、才能があったのか?お陰様で小学生の頃から、あちこちのコンクールや大会で賞をいただきましてね」

「そうですか。それはすごいですね~…それでベランダで練習を?」

「はい、隣近所の迷惑になるといけないから、夜遅くまではやっていないんですけどね」

「ご迷惑じゃないですか?ってお婆ちゃんに聞いたら『いや~、いい音色だねぇ…心が癒されるよ』って喜んで下さってたのにねぇ」奥さんも付け加えて言った。

「そうですかぁ~…いや、手掛かりをありがとう、弓子ちゃん。お陰で助かりました」

 主任刑事がそう言うと、少女はまた声のする方を向いて、ニコッと笑った。

 それから、少女は椅子から立ち上がって、母親に支えてもらって階段を上がって行った。

「どうも、お忙しい所に押し掛けてお邪魔いたしました」

 ヤマさんはそう言って旦那さんにお辞儀をして、小雨の降りしきる中蔦矢家を後にした。


 ヤマさんが得た情報から、殺害された老婆の甥をマルヒ(容疑者)と見た捜査班は、甥の立ち回り先を洗う事にした。

 刑事たちは方々に散ってゆき、ヤマさんも、甥の勤め先である町工場の庭先まで聞き込みにやって来た。

「うん、あの野郎ね…一週間も無断欠勤しやがって!首にしてやろうと思っていたところですがね」町工場の社長は言った。

「誰か、普段の様子をよく知っている親しい同僚はいませんでしたか?」

「そうだねぇ~…あぁそうだ!お~ぃ溝渕。ちょっと機械を止めてこっちへ来い」

 社長は工場の方に向かって、大きな声で誰かを呼んだ。

「はぁ…おやっさん。何ですか~?」

 油で汚れた手をタオルで拭きながら、30すぎの若い工員が工場の中から出てきた。

「警察の方が来られててな…弦巻の事を聞きたいっておっしゃってる」社長が工員に言った。

「どうも…何かあったんスか?」工員はヤマさんにあいさつをすると、訝しげな顔をした。

「知ってる事があったら、何でも話してあげるんだぞ」社長は工員に言った。

「知ってるも何も、こないだあいつに2万円貸したまんまなんですよ~…競馬でスって金がないって言うから」

「お金を貸した時、何か様子がおかしかった事はなかったですか?」ヤマさんは工員に尋ねた。

「いやぁ~…4、5日したら金が入るアテがあるって言うから、貸したんですけどね…それっきりナシのつぶてで」

「そうですか~…何処か弦巻さんが行きそうな場所を知りませんかね?」

「う~ん…駅前のGパチンコか、飲み屋街のスナックFかな~」

「パチンコ屋とスナックね…いや、どうもご協力ありがとうございました」

 主任刑事が工員に礼を言うと、社長は、工員に仕事に戻るように手で合図をした。

「刑事さん、あいつに会ったら言っといて下さい。金返せって」

 そう言いながら工員が工場に戻って行くと、社長がヤマさんに尋ねて来た。

「何か弦巻が揉め事でも起こしたんですか?刑事さん」

「いや、まだ捜査中なので詳しい事は言えませんが、何かの事件に関っているかも知れませんね~」

「そうですか~…それじゃ、弦巻が顔を出したらすぐにご連絡差し上げますよ」

「ありがとうございます。どうも、お忙しい所をお邪魔いたしました」

 ヤマさんは社長にそう言って一礼し、町工場の庭先から出て行った。


~続く~

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