やさしい刑事 第2話 「少年と宇宙人」(3)

 捜査官たちと応援の警察官は、全員でしらみつぶしに旧倉庫街を捜索した。

 しばらく経ってから、ヤマさんの警察無線には、捜査官からの報告が入って来た。

「倉庫の側でタクシーを見つけました!傍に信二君がいました!ぬいぐるみを抱いて…今、無事保護しました」

「そうか、信二君が無事で良かった~…で、ホシは?」

「それがえらい事になっています。すぐに来て下さい」

 ヤマさんと平野刑事は、ただちに信二君が保護された倉庫の前に駆けつけた。

 子供がやっと通れるほど開いた倉庫の鉄の扉の向こうからは、男のわめき声が聞こえていた。

 ヤマさんは倉庫の扉を開けようとしたが、重い鉄の扉はピクリとも動かなかった。

「みんな手を貸せっ!しっかし、重いなぁ~…この扉」

 刑事たちが開けようとしている扉に掛かっていたはずの錠は、バールで捻じ曲げられたように歪んでいた。

「錠が捻じ曲げられてますねぇ~…何かものすごい力で捻ったみたいだ」平野刑事が言った。

 やっとの思いで鉄の扉を開けて倉庫の中に入った捜査官たちは、目の前に信じられない光景を見た。

「なんじゃ!ありゃぁ~?」

 倉庫の中に入った刑事たちは、あっけに取られたまま上を見上げた。

「バッ・ケッ・モッ・ノッ・ガァ~!ばけものがぁ~!…助けてくれ~ぇ!」

 一人の男が、天井からクレーンに吊るされて、手足をバタつかせながら、何やら訳の分からない事を喚いていたのだ。

「あぁ、大人しく逮捕されりゃぁ~、助けてやるよ」ヤマさんは、吊るされている男に言った。

「分かった、分かった。何でも言う事を聞くから、早く降ろしてくれぇ~!」

 すっかり何かに怯えきってしまっていた誘拐犯は、こうして無抵抗のまま逮捕された。


 母親に連れられ、ぬいぐるみを抱いて警察署にやって来た信二君に、刑事たちは手を焼いていた。

 今回の誘拐事件の事情聴取が、一向に進みそうもなかったからだ。

「ねぇ、信二君…誰が君を倉庫の中から助けてくれたのかな?」事情聴取担当の刑事が尋ねた。

「宇宙人だよ」信二君は、事もなげに答えた。

「鉄の錠を壊したのも?重い扉を開けてくれたのも?」

「そうだよ。全部宇宙人がしてくれたんだよ」

「じゃ、閉じ込められていた君を助けてくれたのは宇宙人なのかな?犯人の他に人はいなかったのかな?」

「だから、宇宙人だってばぁ~…宇宙人が僕を助けてくれたんだよ」

 担当刑事と信二君のやり取りを聞いていた平野刑事は、部屋に入って来たヤマさんに言った。

「さっきから、ず~っとあの調子なんですよ。ヤマさん」

「あの調子って…何をシケタ面してんだよ、平野刑事」

「だって、子供に鉄の錠が曲げられますか?重い倉庫の扉を開けられますか?絶対に誰かがいたに違いない!」

 小さな子供が、どうやって頑丈な倉庫の錠を壊して、外に逃げられたのか?

 どうして、犯人がクレーンで宙吊りになっていたのか?…捜査官たちは誰もが首をひねっていた。


 ヤマさんはニコニコしながら少年の傍らに行って、彼の目線と同じ高さにしゃがみこんだ。

 少年は、自分の言う事を分かってもらおうと、一生懸命にヤマさんに訴えた。

「宇宙人が助けてくれたんだ。ねぇ、おじさん。宇宙人はいるんだよ…本当だよ」

「あぁ…宇宙人はいるよ。君を助けてくれたんだから…」

 そう言ってヤマさんは、少年が抱いていた宇宙人のぬいぐるみの頭をなでてやった。

 それから心の中でこうつぶやいた。(ちゃんと約束を守ったんだよな…お姉ちゃん)

 どうせ、誰にも事の真相は理解できないだろう…ならいっそ、本当の事は言わない方がいい。

 それがヤマさんにできる せめてものやさしさだった。

「ヤマさん。どうやって調書をまとめりゃいんですか~?」

 平野刑事が、困り果てたような顔をしてヤマさんに聞いて来た。

「信二君の言った通りに書いときゃいいだろ」ヤマさんはそっけなく言った。

「宇宙人が誘拐犯をやっつけて、子供を救出したって…ですか?」

「ありのままの事実を、ありのままに明らかにするのが刑事の仕事だろ」

「そんな~、上に怒鳴られますよ~…お前、ふざけてるのかって」

「なら、お前さんが助けた事にすりゃぁいい。そうすりゃ、警視総監賞ものだな…出世できるぞ~、平野刑事」

 そう言うとヤマさんは、情けない顔をして突っ立ている平野刑事を残して、笑いながら部屋を出て行った。

「ちょっと、ちょっと、ヤマさんってば~…もう~」

 困り果てた平野刑事の声が、その後を追いかけて来た。


 平野刑事に知らん振りをして、警察署の庭に出たヤマさんは、上着のポケットからゴソゴソとタバコを取り出した。

 そして、くしゃくしゃになったタバコに火をつけて、うまそうに一服吸った。

(大人には世界の半分も真実が見えちゃぁいない。純粋な子供には全部が見えているんだろうな~)

 そうつぶやきながらヤマさんが見上げた空には、ぽっかりと白い雲が浮かんでいた。


やさしい刑事 第2話 「少年と宇宙人」(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る