第175話:手腕 ~同じ手段は選べない~
「興味って怖いですよね。自殺行為でも平気でできちゃうんですからねぇ」
「……さてはお前、手段のためには目的を選ばないタイプだな?」
章の背中に冷たい汗が流れる。さすがの章も同じ状況になったとて、同じ手段は選べない。
「いや、それでも、あの時に拮抗薬を使ってるって言うべきだっただろ?」
珍しくやり込められている章の隣から、裕が口を挟んだ。
「おかげで余計なトラブルが増えたじゃないか」
トラブルというのは、主に情報課に残された他のメンバーの精神状態である。縁を切ると宣言した章でさえも、ずっと様子がおかしかった。
「……邪魔されたくなかったんですよ」
春日は口をとがらせる。
「あの場で喋ってたら、きっとみんな止めるやないですか。もう戻れない段階まで来とったんでね、計画の練り直しは嫌やったんです」
計画を話したら心配されてしまうから、というのも理由の一つではある。しかしこちらは、こっぱずかしいので口には出さない。
「でも、レストランで如月アヤナから澤田の情報を聞いて、澤田を呼び出すんは案外簡単なんちゃうかと思いましてね。結局は計画変わってもうたんですけど」
「……いずれにしろ、すごい計画だよな。これ、澤田がお前を事務所に引き入れようとしてるという前提と、如月アヤナを落とせるという絶対的な自信がなけりゃ成り立たないだろうに」
裕が親指と中指で眼鏡を押し上げ、首をひねりながら呟いた。自分だったらこんな無謀な計画は立てないし、恐ろしくて実行などできない。
「澤田が俺を狙うやろってのは、実は東から教えてもろたんですよ」
東は逮捕されてなお、澤田のことをしきりに心配していた。自分が急に逮捕されたことで仕事に大きく穴をあける。本業の仕事の穴より、澤田の仕事の方を心配していたくらいだ。よほど澤田に支配されているに違いない。
『それ、俺にでもできますか?』
憔悴する東に春日はそう語りかけた。驚く東に、春日は計画のあらましを話した。
『英一の弟でしょう? きっと意地でもデビューさせようとしてきますよ』
そして澤田の駒になって使い潰されるのだ、と東は自嘲した。彼の言葉にはずいぶん助けられた。それでも東の言葉を信じ切るわけにはいかず、確信を持つまで対応が後手になってしまったのは否めないが。
「なるほどねぇ……」
言われてみれば無謀でもないような気がしてくる。
「じゃあ、如月アヤナの方は?」
「そっちの方は余裕ですよ。俺のこと舐めんといてください」
春日は目を細めて口角を上げ、自信ありげにくつくつと笑う。その顔すらも様になっていて、諏訪は同期として複雑な気分になった。
「春日、お前、世の中の女は全員自分のことが好きだと思ってないか?」
「全員は無理やと思いますよ」
春日は即答する。
「けど、独身の女の子の八割くらいは努力次第で可能やと思います」
真剣に考える春日は、たいして自慢げでもなかった。本気でそう思っているのだろう。世の中の女性の多くは、春日が手を変え品を変えアプローチしていけば、徐々にだが隙はできる。
そして、落とすのが難しければ難しいほど春日は燃える。熱意と技量と才能が合わされば敵などいない。
「章さんに情報課を追い出されるんは予想外でしたけど、それ以外はおおむね俺の想定内やったんでねぇ。そりゃ事件も解決するってもんですよ」
ここで急に自慢げになる春日から諏訪は目を逸らした。なぜか悔しい気持ちになったからである。
「言ってくれたらよかったのに……」
負け惜しみを言う章だが、もし言ったら絶対に春日を止めていただろう。春日の判断は正しかったことになる。
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