第156話:彼女 ~遺伝子だけは裏切らない~

 どのような方法で澤田を追い込むにしても、まずは客のふりをして澤田にアプローチせねば始まらない。また東京に足を運び、高級覚醒剤であるところのミントの買い方を東に学んだ春日は、覚醒剤を売ってくれという旨の一通のメールを澤田に出した。


「新規顧客だ」

 メールが届いた先のアイドルグループ、SOxの事務所で、澤田はグループのメンバーたちに春日の説明をしていた。

 わざわざメンバーにそのような情報を与えるのは、澤田が証拠を残さないようにするためだった。澤田は、ミント関連で警察に足のつきそうな作業を、全て手のすいたメンバーや、東のように薬漬けにした手駒にやらせていた。絶対に自分の秘密をばらさず、思い通りに動いてくれる、そして信用できる人間はそうそういない。


 手駒の数が少ない分、対応できる客の数は絞られていても、それだけ稼げるのがミントだ。


 とはいえ、覚醒剤ミントは、専用の連絡先さえ手に入れば誰でも買える。だから飛び入りで買うことも可能ではあったが、実際にはほとんどが別の客の紹介から始まって澤田の顧客となる。


「既存の客の紹介ではない。飛び入りだ」

 しかし、春日たち警察の人間は、東のように既に逮捕された人間しか紹介元がいない。当然、紹介によって新規顧客となるのは実質不可能であり、目立つのを覚悟で飛び入り購入するしかなかった。そして実際、澤田には目をつけられていた。


「名前は春日英輔。誰か知らないか?」

 まあ知っているわけはないだろうな、と思いながら澤田は問を周囲の女たちに投げかける。


「春日英輔ですか? 知ってますよ」

 澤田の右脇を固めていた女の一人が、澤田の予想を覆して、すっと手を挙げた。如月アヤナ、十九歳。アイドル歴は長いが、以前は他のグループに所属していた。そのグループが解散したのをきっかけに、今から一年ほど前にSOxに加入した新入りである。


「春日英一の実の弟です」

「何で知ってるんだ」

「こいつ、あたしの高校のOBですもん。それに、前のグループの先輩がこの男と付き合ってました」

 芸能界は広いようで狭い。そして、春日の元彼女カノの数は一般人よりはるかに多い。


 ストライクゾーンが広めの春日は、別に若い美人ばかり狙うというわけではない。手軽に遊べる女の子から、ガードが固くて簡単には手に入らない女性まで、相手は様々だ。


 一方で、芸能界入りできるような女が元カノに何人もいるというのも事実である。高校時代の友人たちの紹介で彼女を見つけることも多いのだから必然だ。


 まさか、自分の元カノのことをSOxメンバーに知られているなどと、春日は全く思っていない。この点では澤田達が一歩リードしている。


「兄と違って名前を聞いたことないんだが、こいつも俳優か?」

「高校も芸能科ですし、大学までは芸能活動をやっていたようですが、今は公務員だと聞いています」

「公務員か……。また全然違う飯のタネだな」

 手に入れた写真の中の男は、お堅い職業が向く人間にはとても思えない。澤田は少し驚いた。


「先輩の話が正しければ、ですが」

 如月アヤナは色っぽく澤田の耳元でささやく。


「公務員は公務員でも、警察官をやっているはずです」

 如月アヤナはスマートフォンを操作して澤田に見せた。澤田を囲んでいた女たちが澤田と一緒に画面を覗き込む。


 それは県警の警察官募集のポスターだった。多賀が情報課に入った時に見たものと同じである。制服を着て、こちらに向かって微笑む男は、輪郭と鼻筋と色白なところが明らかに人気俳優の春日英一と似ている。


 春日英一の弟で間違いない。

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