第152話:深闇 ~世の中明るいだけじゃない~
「でも、そうなるとSOxのメンバーって、もしかして……」
「そういうことです」
東がはっきりと頷く。
「澤田さんは、自分のお気に入りに必ず薬を与えます。そうすれば、完全に手駒にできて、絶対に自分の言うことを聞きますから」
「……闇ですね」
薬の使い方がやけに手馴れている。躊躇いの色を全く感じない。あまりにもあっさりと薬を使いすぎている。つまり、澤田は今までに何人もの人間を薬漬けにしている。慣れている、ということだ。
相手の手強さを春日は感じて、春日は自分の腕を軽くさすった。
鳥肌が立っている。この自分が恐怖を感じている。嘘だろ、と春日は自分の恐怖心におののいた。
「実は、僕もその闇の一端でした」
東は俯いてぽつりと呟くように言った。
「今まで捕まってた客は、澤田さんの単なる客です。でも僕は違う。どっぷり澤田さんに浸かってたんです」
「え……?」
「僕は客じゃありません。澤田さんの手駒です」
東の真剣な視線に耐え切れず、春日はわずかに目を逸らした。
「澤田さんの事務所と僕の事務所は違います。僕はアイドルじゃありませんしね。けど、あちらの方が立場は上ですから、かなりいいように使われてたと思います。仕事だけならまだいいんですけど、色々させられました。でも、断れる立場にはありません。それだけミントはすごいんです。それに、澤田さんにミントを貰えるということは、彼に気に入られているという証ですから。名誉なことなんです」
東は自嘲気味に笑った。
澤田に近寄れば近寄るほど、闇は深くなる。澤田と付き合っていくうちに、東は徐々に恐怖を感じはじめた。しかし、純度一〇〇%のミントの威力はすさまじい。恐怖ごときで、澤田からは逃れられなかった。いや、ミントからは逃げられなかった。
「……それに、洗脳みたいなこともされてました。他のところは不純物が入っていて危ないとか、足がつきやすいから良くないとか。色々言われて、僕は全部信じてました」
恐らくそれは、他のブローカーに流れないようにするための方便だ。しかし、薬のプロが口説けばそれは真実にしか聞こえない。澤田は裏社会をのし上がってきた人間だから、言葉には迫力だってあるだろう。春日は無言で同情した。
東にはその闇に戻ってほしくない、と春日は強く思う。しかし、そう簡単に縁を切らせてくれないのが薬物だ。
「捕まって良かった。やっと、やっと澤田さんから離れられる」
東はほっとした顔だった。それは演技ではなく本心のように見えた。
「英一、俺が捕まったって聞いて、なんて言ってました?」
「あいつ俳優辞めるのかな、って言ってましたね」
やけにドライだった兄の口調を春日は完全再現する。
「そうですか……」
恐らく想定内の答えだったはずだが、それでも東は少なからずショックを受けているようだった。おそらく東は俳優を廃業する。それは東と春日と春日兄の共通認識だった。芸能界のシビアさは全員がよく知っている。東が売れっ子とはいえ、犯罪をやらかして戻れるほど甘い世界ではない。
「俳優辞める前に友達になってて良かった。刑務所出たら飯に行きたい、とも言ってましたよ」
「え……」
東の背筋がすっと伸びる。自分の逮捕によって、仕事の人間関係はすべて失われた、そう東は思っていた。しかしここにきて、しかも取調室で、そんな優しい言葉を聞くとは思いもしなかった。
春日の優しい笑みは、よく見知った春日の兄の笑顔を彷彿とさせる。さすが兄弟だ。東の胸に何かが込み上げてきて、思わず彼は俯いた。
「早く出てこいよ、出てこなきゃ一緒に飯食えないから、って」
春日は更に優しい言葉を投げかける。
「……頑張ります」
「だから、兄に伝えておいたんです」
ここで、春日はもったいぶってウィンクをした。
「初犯だから多分執行猶予つくよ、って」
東は顔を上げる。涙がうっすら滲んでいた。そして、春日に初めて笑顔を見せた。
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