第115話:勝負 ~俺はカジノにハマれない~

 勝負はやらなきゃ始まらない、そう思って財布にあった二万円をチップに変えたまでは良かったが、後ろから客がプレイしているポーカーを見て、自分の知っているポーカーと何かが違うことに気が付いた。諏訪はすっと下がって、ポーカーテーブルではなくバーのテーブルの方についた。


「あれは、テキサスホールデムというタイプのポーカーです」

 バーテンダーが優しく教えてくれた。

「本場、ラスベガスで最も一般的なポーカーなんですよ」

 諏訪が知っているポーカーは、カードを五枚引いて、より良い手を作るために取捨選択するというものだった。だがこれは違う。


「場に五枚出して、自分は二枚引いて……?」

 後ろからゲームの様子を見ながら流れを覚えようとするが、なかなか難しい。

「いやぁ、ダメっすね」

 諏訪は照れたが、大島と名乗る彼は決して諏訪を笑わない。プロだ。

「そのようなお客様は多いですよ。最初から出来る方なんていません。ここは日本ですから」

 その日本に違法カジノを作っている人間が言うんだから世話はない。


「あなたも、カジノのお客さんですか」

 諏訪は、隣に座っている男に尋ねる。

ぐもと申します。ここで、海外からのお客様の通訳をしています」

 名刺をさらりと出されて諏訪は驚いた。ここの従業員はおそらく源氏名で働いているだろうと思っていたからである。現に、玉村えなの名前も白里りさ子の名前も不知火貴金属商会の従業員名簿には存在しない。


「南雲さんは、スタッフ……っすか?」

「いえ、僕はただの通訳です」

 南雲は大人しく首を振った。今日は通訳をするべき外国人の客がいないから暇だ、ということなのだろう。


「いかがですか、ヨコハマの雰囲気は」

「そうっすねぇ」

 意外と上品で、意外と人が多くて、意外とゲームは難しい。

 諏訪がそう言うと、南雲は静かに笑った。

「当店は、本場を意識したゲームを多く採用しております。えなさんの意向なんですよ」


「えなさんですか」

 支配人なのだから、彼女の意向は全て通って当然だ。だが、なぜその意向が生まれたのか。

「彼女はラスベガスでディーラーの経験があるんです。ですので、当店では安全に気軽にラスベガスのゲームを楽しんでいただけるように、と」


「えなさんって、すごいんですねぇ」

 諏訪が奥の部屋に入っていく玉村えなの後ろ姿を見ながら呟いた。


「そういえば、スタッフさんが多いのも意外でした」

 南雲は苦笑した。

 玉村えな、白里りさ子、バーテンダーの大島に通訳の南雲。あまりにも覚える顔が多すぎる。しかもこの暗い場所で。名札の一つでもしておいてくれ、と心の中でぼやく。


 どうせ何回も来るんだからゆっくり覚えよう。諏訪は開き直った。


「お客様、せっかくですから、僕がポーカーのコツをお教えしますよ」

「……でも、南雲さんはスタッフなんでしょう?」

「僕は実は雇われなんですよ」

 南雲は諏訪にこっそり耳打ちした。

「ですから、これは僕の善意です」

 真面目そうな南雲が悪趣味な冗談を言うとは思えないが、諏訪は半信半疑で頷いた。


 結局、南雲が教えてくれたコツは初心者の諏訪にはありがたいものだった。

とはいえ、残金は一万円ちょっと。ビギナーズラックの名の下に、多少俺に勝たせてくれるってサービスがあってもいいじゃないか、というのが諏訪の正直な感想である。


「……カジノ、そんなに面白いもんかねぇ」

 苦い思いをしながら諏訪はカジノを後にした。ポーカー自体は楽しかったし接客もうまかったのだが、大金を費やそうという気にはなれなかった。


 始発まであと二時間以上ある。ネットカフェにでも入って時間を潰し、このまま情報課に出勤しよう。諏訪はひとつ欠伸をした。

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