第106話:電子 ~僕はストーカーじゃない~
案の定、電話番号、メールアドレス共に飯田には繋がらない。となると自力で探すしかない。わかってはいたが、地道で報われない作業の始まりである。
それでも、警察という権力を使えばなんとかなる。そう思いたい。
フェイスブックはアカウントなし。飯田の名で検索しても、アスリート時代の威光は出てくるものの、近況は出てこない。社員だったとしても、サイトに名前を載せるような半端な男ではなさそうだ。
しばらく探して、意外な落とし穴に気づいた。ツイッターに本名のアカウントがある。しかも、本人のもののようだ。ツイ廃の春日や多賀と違い、発信は少ない。だが、いいね欄を見ると、最近のツイートにもいいねが押されている。つまり、この男は消費者金融に追い詰められて雲隠れした後もアカウントを動かしている。
折角見つかった糸だが、どうやってそこから広げようか。諏訪はアカウントを持っていない。作りたてのアカウントで連絡を取ろうにも、取り立てと疑われて無視されるだけだ。
どうしよう。
「うーん、僕が連絡するのは別にいいんですけど、プラモのアカウントで連絡しても怪しまれませんか?」
諏訪が泣きついたのは多賀である。多賀は諏訪よりも圧倒的にツイッターに詳しい。
「でも、このアカウント自体から、ある程度身元は絞れますよ」
多賀はボールペンの尻でパソコンの画面をつつく。
「彼が姿を消した半年前からのツイートは三つ、うちひとつは最近です。『初雪』、この二文字だけですが、場所はかなり絞れますよね。なんでこんな危ない情報をわざわざ呟くんでしょうか」
「飯田も元はフリースタイルスキーやってたらしいしなぁ」
雪国に生まれて雪を滑るスポーツに魅了された人間は、初雪を見ると、ああシーズンが来た、と感慨深い気持ちになるものだ。諏訪もその気持ちはよく分かる。
「ただ、気象庁が発表している初雪観測日とこの日が一致するとは限りません。あと、気になるのは、十一月の中旬に初雪という点ですね」
「……どこが?」
「早すぎませんか、初雪にしては」
「北海道じゃないか? 飯田の出身地は北海道だったはずだし、夜逃げする時に地元を選んだんだろうな」
多賀は納得したというように何度か頷いた。
「呑気にツイッターをしている時点で、金策には目処がついてるのかもしれませんね」
「本当に呑気に多重債務者をやっているだけなのかもしれないけどな」
諏訪は後者の方が強いのではないかと考えている。
「そもそも、このツイートは自宅近辺で行っているでしょうから、アクセス解析すれば日時、都市、契約キャリア、使用している端末、契約者名、使用ブラウザ、何でも調べられます」
やりますか、と尋ねられ、諏訪は頷いた。
「本当は、警察の権限を使えばもっと調べられます。ですが、それには令状が必要ですから。飯田に令状を取ることは無理でしょ。これだけで勘弁してください」
小さく頭を下げる多賀に、諏訪は口をぽかんと開けていた。
「多賀、お前、ネットストーカーの才能あるんじゃないか?」
「本物のサイバー課はもっとすごいですよ」
「……ストーカーの経験は?」
「ありませんよ失礼な」
手先の器用な多賀は、趣味のプラモ界隈では有名人である。ファンもいればアンチもいる。身元特定されないようにするためには、身元特定の方法を知らねばならない。多賀が知っていることですら、基本のキだ。
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