第74話:過去 ~死んだ女の話はしない~

 スパイという言葉をこの教団で聞くとは思いもせず、動揺を隠しながら三嶋は答える。 

 重要な情報がたまりにたまっているのだから、早く情報課に伝えたい。だが、伝える術は未だ存在しない。外出した時に外のWi-Fiを利用して伝えてもいいが、持たされているのが教団のスマートフォンである以上、教団は何をしているかチェックすることができる。今、無理をして情報を送るのはあまりにも危険すぎる。スパイ活動が教団にばれることだけは許されない。特に、情報課との繋がりは決して明るみに出せない。三嶋は歯噛みするばかりだ。


「噂は聞いたことがあるけど……。何年か前に、スパイがばれて教団から逃げ出した男がいるって。経理だったんだね」

「いや、経理してたんは死んだ女の方や」

 薫はそこまで言ってはっとしたような顔をして口を閉じた。思わず周囲を見渡すが、もちろんそこには三嶋以外誰もいない。静かな空間である。


 死んだ女。三嶋の頭の中でかちりとパズルのピースがはまる音がした。

 四年前にスパイとして潜入したのは二人だ。公安調査庁の住吉すみよし志穂しほという女性と、公安警察の沢口さわぐちおりという男性だ。


 一年続いたスパイ活動は、何故か二人がほぼ同時にスパイと発覚して終わった。教団から逃げ出した二人のうち、公安警察である沢口伊織は帰ってきたが、住吉志穂は現在も行方不明のままだ。


 その彼女のことを、薫は「死んだ」という。薫はスパイ事件の後に教団に入ったはずだから、その彼がそう断言するということは、彼女は教団の中で死んだ、そしてその話を誰かから聞いたのに違いない。公安警察から三嶋に回された情報の中で、伊織はスパイとして捕まった後のことを、ただ「死を覚悟した」とだけ書き残している。


 なぜ彼がそれだけしか残さなかったのかは定かではないが、ここから考えると、教団から逃げ出した志穂だが、逃げる途中に捕まり、そして死んだ。つまりのだと考えて間違いない。


 殺された。それは業務上過失致死なのか殺人なのか。どちらにせよ、教団は彼女の死体をどこかに隠していることには違いない。薫は大人しそうな外見に反し、意外とお喋りな人間だ。つつけばまだ喋るはずだ。


「このこと、誰にも言わんといてな」

 三嶋が更に質問を重ねようとするのを見た薫は、口の前に人差し指を立て、小さいが鋭い声で遮った。自分の悪癖を自覚しているのだろうか。

「特に、ジュンとつじまちゃんには絶対に言うたらあかん」


 何故その二人なのか。その理由に心当たりがないことはないが、薫の迫力に気圧された三嶋はただ頷くしかなかった。

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