第46話:潜入 ~公安だって対応できない~

 ぎょっとして振り返った章に、三嶋はため息をつく。

「丸聞こえなんですよ。朝から挙動不審だったようですし、そこは謝りますが」


「……ああ、ごめん」

「別に、隠れなくても、私に気を遣わなくてもいいのに」

「そりゃ、相手はカルト宗教だから」

 章が笑うのに合わせて、疲れた顔だった三嶋が今日初めて薄く笑った。


「『大地の光』って、そんなにヤバいんすか?」

「今は小規模ですし知名度も低いですが、幹部が危険思想を持っているという情報があって、潜入捜査の指令が出たんですよ」

「へぇ、『大地の光』って知名度低いんですね。僕の地元じゃ割と有名な宗教団体なんですけど」

 何気なく言った多賀の言葉に三嶋の顔色が変わる。


「あの宗教団体、有名なんですか!?」

「え、ええ……」

 多賀は、三嶋のあまりの変貌っぷりに戸惑いながらも頷いた。

「勧誘とかされるんですか?」

「高校の時にされましたよ。通学路に立ってたりして。でも、学校から接近禁止令が出てたので、みんな断ってました。押し付けられたパンフを見たこともあります。大してしつこい勧誘ではないので、カルトとは思ってませんでしたけど」


「多賀、勧誘のしつこさと、カルトは関係あらへんよ」

 自然だが美形には似合わない関西弁を操る男、春日が優しく教えてくれた。

「そうだったんですか」

 多賀は文系で大学もキリスト教系のはずだが、宗教にはあまり縁が無いらしい。


「……多賀くんのような特例は別にして、一般人は『大地の光』など聞いたことがないはずなんです。で、『大地の光』は、とにかく情報が集まらない団体でしてね。そこで、潜入調査をして情報を集めろということなんですよ」

「でも普通、そういうのって、公安庁か公安警察が担当するもんじゃないんすか? 三嶋さんが行かなきゃならないんすかね?」

 確かに、本物の諜報部隊である公安庁や公安警察は圧倒的な強さを誇る。

 公安庁は法務省の管轄下、公安警察は警察の傘下。どちらもプロの情報収集能力だ。ある意味で寄せ集めの情報課とは格が違う。


「もちろん、情報課が出てくる理由はありますよ。そもそも情報が少ないんですよ、『大地の光』は。もちろん表向きの活動はわかりますが、裏側の情報が本当にないので、危険思想が具体的に何なのかすらよく分からない状態なんです」

「なおさら公安系の担当やろそんなん」

 なあ、と春日は伊勢兄弟に同意を求める。兄弟は揃って頷いてみせた。


「そういうタイプの潜入捜査ってひたすら時間と手間と金がかかるから、ちゃんとした部署に押し付けたほうがいいと思うぞ」

「私も、最初はそう言って断ったんですけどねぇ……。公安庁でも公安警察でも不可能なんです」

「どうして?」

 三嶋はページをめくるのをやめ、目をつむって語り始めた。

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