カレン・アンバーの人型

@9mekazu

第1話 人間なのか、機械なのか

「カレン・アンバー! アクセプトの許可願います」

「認識。アクセプトを許可します」

 琥珀色の髪と瞳を持つ少女が、自分の名を叫ぶ。スピーカーからの返答が、輸送艦の格納庫に響き渡る。カレンは左手を伸ばして、目前にある人の形をした機械の鳩尾へ手を触れる。

 早く、戦いたい。わたしは、ただの人型の搭乗者で、兵士だ。

「わたしは、ただの兵士だ」カレンは縁起担ぎの呪文のように繰り返す。カレンのいる輸送艦の格納庫に、その機械は一つしか残っていない。

 カレンの、十八歳の年相応に自己主張した全身が、銀色の光に包まれた。名の通りの琥珀色の髪も、毛先から根元へ向って銀色に染まっていく。次の瞬間、カレンの体は銀色の粒子単位へ分解され、雨雲色の光の雲と化す。直後、カレンだったその雲は、人と同じ形と大きさをした兵器『人型』へと吸い込まれる。

 無機質の人型の白い目に、カレンの名と同じ、琥珀色の瞳が浮き出る。


 新地球歴三十二年四月二十四日 デコイ国森林地帯。


「おい、バンス! そっちはどうだ」

 ミカエル隊長は、通信と同時に、仲間の位置を確認するため、身を隠していた巨木の裏から身を出した。隊長がアクセプトした人型が姿を表す。銀色に輝く美しい装甲が、深い森へ届く僅かな木漏れ日に照らしだされる。無機質な頭部を左右へ振って、返答を求めた。ユニコーンのような角が陽光を反射して、足元の黒い土を照らしだす。人型は重みで、足元の土を深く掘っていた。

 仲間の声より早く、光の届かない森に、甲高い小型レールガンの発射音が響いた。弾丸の後に伸びるピンク色の光の直線は、とても森の深緑に似合っていない。

「隊長ッ、こちらバンス・カーター。現在、敵機一体げきったぃ……」

 そのとき再び、森をピンク色の直線光が貫く。

 ミカエル隊長が緊張すると同時に、人型から集められたデータが雪崩のように一気に彼の意識へ流れ込む。ミカエル隊長はあえて全てのデータをシャットアウトした。

 敵か、味方か。もしかしたら私の部隊の、誰かの人型を貫いた光だろうか。

 邪魔なデータを全て排除し、通信の出力を最大に確保する。

「バンス! 返事しろ! バンス!」

「……怒鳴らないでください」バンスの声に、ミカエル隊長は溜息で応答した。若いな、私も。三十歳半ばを超えても、仲間の死を達観できない。達観したいとも、思っていない。

「さらに、一体追加で二体撃退しました。ただ、こちらはテム・ダンが背中の出力系をやられて離脱。一体で応戦中」

 ミカエル隊長は、一息置いてから応答する。「テムは大丈夫なのか?」

「シビアアクシデントレベルには達していません。変換後修復可能レベルです。ただ、これ以上は……」

「わかった。そこに留まってテムの撤退を援護してくれ」

「それはもちろんですけれど……。敵があとどれぐらいいるかもわかないですし……できればこっちに援軍なんかを出してみませんか?」

「目的地だった補給基地へ通信を入れたが……救援は期待できないな」

「そうでしょうね」

 人型がどれだけ急いでも、補給基地からここまで4時間は必要だった。それに補給基地に、余剰兵力があるとも思えない。敵との遭遇を伝える通信が入ったと同時に、基地の守備に手いっぱいのはずだ。補給基地の兵士だって、最前線より最も遠い自国領内で、敵発見の報告など予想外のことだろう。

 こっちだってそうだ。ミカエル隊長は、舌打ちしたくなる。

「だったら、一人でここを維持しますよ。この作戦が終わったら、勲章、申請してくださいよ」

 戦闘中とは思えない軽口だな。呼びかけた方のミカエル隊長は苦笑した。

 勿論、苦笑したのは、人型と同化――アクセプトしたミカエル隊長の意識であり、この戦場を誰かが監視しているとすれば、人型の頭部が首を上下に動かしたのを視認しただろう。

 アクセプトしたミカエル隊長は、その人型の神経となり、血管となり、そして脳として、人型の部品と化している。その恩恵で、ただの機械では成し得ない反応速度を持ち、人の意識と人型の体は同時に動く。頭部の通信デバイスの角が、空気を切り裂く。その音が森に短く響いた。

 搭乗者がアクセプトすることで、搭乗者を人として構成する物質は変換されて、機械である人型の脳・神経系の部品と化す。人型――『巨神』から生まれた、人の形をした兵器。

 隊長が耳を澄ます……そう意識する。人の立方倍ほどの感度を持つ器官の集めた情報が、一気に隊長の意識へ押し寄せる。隊長は、処理できないデータを未練なく排除し、欲しいデータのみを読み解く。その中の、周辺から集めた音のデータから判断する。

「すでに敵部隊の残存戦力は認められない。ようやく森は本来の平穏を取り戻したか」

 ミカエル隊長は息を吐くと同時に、はっと気づいて、捨てたデータの中から後方の音情報をサルベージした。二つの人型の駆動音。我が国デコイ製特有の重低音で、しかし新品らしいノイズの少ない音データを確認する。

 ミカエル隊長の人型が振り返る。

 曇り一つなかった新品の人型が二体。銀色の第1次装甲のあちこちが、土で汚れていた。

 汚れだけで……損傷はないな。ミカエル隊長は、二体の人型の無事を確認し、安堵で森の隙間から望む青い空を見上げる。隊長として、またこの小隊の最優先事項を考えれば、もっとも留意すべき情報を一度、ゴミ箱へ捨ててしまった己の未熟さをミカエル隊長は素直に恥じた。

 生身で戦っていた頃の方が楽だったな。

 ミカエル隊長の意識は、率直な意見を述べた。人型の方が断然、安全であることも熟知している。テムがそうであるように、人型の部品となっていた搭乗者は人へと戻る再変換時に、ある一定レベルまでの負傷は、生命維持に必要性の低い部分の物質を利用し、復元される。

 昔の戦場と違う。ちょっとした傷から破傷風で死んだり、メディックの到着が遅れて死んだりしない。そこは感謝している。

 それでも、生身だから無意識に選別できる膨大な情報を、意識的に処理しなくてはならないこの状況に、ミカエル隊長は慣れなかった。

 同じプロスポーツだとしでも、バスケの名選手が、野球の名選手になれない。そんな言葉を思い出す。

 試作段階では、情報の多さに、処理できず意思が崩壊……つまり発狂した兵士もいるらしい。

 怖い、怖い。

「隊長?」

 隊のなかで、唯一の女性であるカレンが通信してきた。ミカエル隊長は、養成学校出たばかりの少女へ、何も答えなかった。

 ここは中立国であるエランとの国境間近。敵国エリントとの主戦場より、最も遠く離れた地だった。中立国エランは、隣り合うエリントとデコイを割って入る形に存在していた。そのおかげで、ここは敵対する二国がエランを通して貿易をしている経済の交流地域であり、エランが中立国である限り、我が国デコイの安全な地域の一つだった。

 ミカエル隊長の小隊は『補給基地へ物資を輸送中に襲われた』という想定で、新人二人の訓練を実施する予定だった。その矢先に、本物の敵であるエリント国側の人型部隊と遭遇したのだ。

「訓練が、実戦になってしまうなんて、よくある話だが……」敵がエランの領土を越えて現れた理由は? 敵に何らかの意図があるのか。ただ道に迷ったのか。「……まぁ、それはいい」それを考えるのは、ミカエル隊長を盤上の駒のように戦場へと送り込む将校か、それとも外交一つ満足にできない政治家だ。今、ミカエル隊長が最優先すべき使命は、新人二人を生きて、親と再会させてやることだった。

「隊長、私に、私に行かせてください」

 もう一人の新人、カーヴ・ブライアントが昂ぶった心を隠そうともせず、叫んだ。彼がアクセプトしている人型もカーヴの意思に反応して、ミカエル隊長へ詰め寄る。踏み出した人型の足が、苔の生えた大樹の根っこを踏みつぶした。白い木がむき出しになり、僅かに水が溢れだす。

「初めての戦場に、興奮するな」ミカエル隊長はそう通信しつつ、視覚データの中から、カレンの姿をピックアップした。

 珍しいな。通信を切って、ミカエルは囁いた。

 このセリフは勝気なカレン・アンバーの言葉だったはずだ。琥珀色の長い髪を振り乱し、我先にと飛び出す。その姿をこの作戦中、何度も目撃し、その都度に叱責した。それなのに今回は、静かにしている。

 ピンク色の、質量を持った光が命を穿つ。カレンはそんな戦場から恐怖を感じ取っている。そうだとしたら、少しは成長したな。ミカエル隊長はカレンを捉えた視覚データを捨て直した。

 戦場では、恐怖を受け入れられる人間ほど生き延びる。それは生身でも人型でも、同じだ。必要以上に恐怖を感じても危険だが、恐れを自覚しない兵士はあっけなく死ぬ。恐怖を持つものだけが、自分の実力と状況を冷静に分析できる。人型が実戦配備される以前から、ミカエル隊長が、幾多の戦場で培ったルールだ。

「いや、ここは私が行く。君たちは帰還中のテム・ダンと合流して輸送艦へ帰れ、可能性は少ないが、敵の別働隊が私たちの帰る場所を襲うかもしれない」

 ミカエル隊長は通信でカーヴを制した。接敵しているバンスの調子の良さからも、この予想外の遭遇戦がこちらの優位のまま終結する。それは間違いないだろう。人型では感じ取ることのできない戦場の空気を、バンスも読み取ることができる。多くの実戦経験が成せる第六感のようなものだ。また理論的にも、別働隊が存在するような大攻勢など、この地域であり得ない。

 新人に任せてもいいかもしれないが……。

「エリントが隣国エランと同盟を組んだ可能性はありませんか?」

 その通り。常識やルールを、平然と壊す厄介な策士はどこにでもいる。

 それにしても……血は争えないな。カレンのこの発言に、ミカエル隊長は驚かされた。カレンの考え方は上に立つ者の考え方だ。この戦いに理由と意味を見出し、目の前の勝利より、戦いの行く末を考える。本人の希望など関係なく、きっといずれは、そんな立場の人間に昇り詰めるだろう。

「どういう意味かご教授願いたいね」カーヴがカレンへ質問を返す。通信の声に、苛立ちが随分と混じっている。

「戦闘を静観しているエランの人型が介入するかもしれない」

 形ばかりに中立を宣言しているエランが、裏で繋がっているエリントのために、デコイ『国内』での戦闘に介入する可能性があるということだ。

「そんなことすれば、それこそ中立国宣言しているエランは国連で追及される」

 カーヴの声が強い。いつもと正反対に、攻撃的だった。カレンはそれに応えない。

 いつもと全く逆だ。攻撃的なカレンを、少し大人びたカーヴが優しく宥める。恋人じゃないと二人から否定されたときは、輸送艦の艦長から新入りの整備士に至るまで、嘘だと目を剥きだしたものだ。

「エリントとエランが裏で繋がっていれば、ここはエラン国の『領土』だわ」

 国連の機関に設置された証言台へ立ったとき、我が国デコイは不利だ。国対国の法廷闘争は、証拠や真実など無意味だ。どちらに正当性があるか。声の大きい方が勝つ。そして当然だが、一国より、二国の声の方が大きい。ましてや中立を宣言している国の言葉は、強い。

 カーヴの人型が手をぎゅっと握りしめた。カレンの言い分の正しさを、カーヴも認めているのだろう。

 しかしカレンの意見には、大きな間違いがある。カレンはデコイのことしか考慮していない。エランにしてみれば、そこまでしてエリントを守る必要がない。所詮、隣国の争い。それとも、危険を承知で介入してでも、得られる何かがあるのか。……そこまで考えたところで、ミカエル隊長は笑って、思考を止めた。

 兵士が考えなくていいことだ。

 ミカエル隊長は、カレンの人型を見ながらそう呟いた。カレンがアクセプトしている人型は、本来、後方部隊に支給される型落ちではなく、我が国デコイの主力人型だった。

「そもそも敵の後ろにエランがいるかどうかもわからない」

「そうだ!」

「だったら、もうここは安全だ。カーヴが戦う必要もない」

 ミカエル隊長は、鼻息を荒くするカーヴの機先を制した。

「カレンの言葉が正しいかどうかは、何時間かけてここで話し合っても無意味なことだ。ただテムの負傷を考えれば、最悪なケースを想定すべきだ。このまま私とバンスで周囲の警戒を行う」

 ミカエル隊長はバンスの元へ向おうと、平常モードにしていた人型に火を入れる。そのために人型の駆動系情報のみを取得し、処理した。この際、バンスへ向う途中に起こり得るだろう自然破壊に関するデータや、今後の自然環境への影響を予測したデータなどいらない。

 数多の根を踏みつぶし、戦闘によって森を破壊し尽くしたとしても、自分が生き残る可能性の高い方法を選択する。他は見えない。意識、無意識は別として、それが人間だ。

 性能の高い人型は、人間と違って、勘や経験からの予測力を持たないので、各種センサーで得た多種多様なデータを手当たり次第にアクセプトしている搭乗者へもたらす。

 人型に、無意識に情報を選択し、処理する力があれば楽なのに……。そう思った瞬間、ミカエル隊長は寒気を感じた。そこまでくれば、人間まであと一歩。

「まさかな、そんなの笑えない話だ」無人の殺戮兵器が、民間人を殺す。そんな子どもの頃に見たSFアニメをふと思い出した。

 しかし……とミカエル隊長は自嘲した。

 アクセプトと再変換を繰り返している自分は、はたして人間なのか、機械なのか。

「それは『考えるな』。養成所で最初に教わることだったな」

 それは機械と同化する人間の精神を壊さないためにできたルールなのだろう。

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