半透明のオレンジ

深海月

透き通る

 初めて訪れた村。広いひまわり畑のその隅っこ。軽やかな鼻歌はそこから聴こえてきた。

 無造作にまとめた白い髪に、青いガラス玉の髪飾りをひとさし。

 隅の木陰に彼女はひとり座っていた。

「そんなに気に入ってくれるなんて、うれしいな」

 声をかけるとはっとしたように歌声は止まり、僕の顔を見あげ目を見開く。


「あ、えっと、さっきのあの、横笛かな、とっても素敵でした!信じてもらえないかもしれないんですけど、ほんとに・・」

「ああ、クールィっていうんだ。良かったらもう1度聞いていく?」

 僕がクールィを取り出そうとカバンを漁りはじめると制止の声がかかった。

「い、いいです!私なんかがお客さんじゃきっと気分よく演奏出来ないので・・・」

「それは、」

 色がないから、でしょ?





 目線の先で小さな男の子が転んだ。泣き出すのと同時に青い霧が散る。お母さんらしき女性が駆け寄って抱きとめると、再び同じ青がふわりと舞った。

 僕らはそういう世界に生きている。

 心が動くと人の周りに色が舞う。

 人々は一生のうちにその色を使い切る。

 僕らはそれをたましいと呼んでいた。





「色がないから、でしょ?」

 微笑みかけて、クールィを構える。

「だーいじょうぶ、僕もだから!」

 呆気にとられた表情は、音色に合わせて柔らかくなって、でも何色も舞うことはない。

 というか、表情が柔らかくなっているのだ。まるで表情筋の動きを制限されているかのように少女は無表情。

 そうしてるうちに1曲終わる。

「お聞きいただきありがとうございました。お嬢さん」

 手を差しのべても申し訳なさそうに手をわたわたさせて、結局ひとりで地面に手をついて立ち上がってしまった。なんだかカッコつかないなぁ。

「僕はクールィを吹きながら旅をしている・・のは見ればわかるか。ソウっていうんだ。君は?」

「トーリ、です。演奏、ありがとうございます。ほんとに素敵だって思ってるんです!色はその、んですけど・・」

「だいじょーぶだって。僕達の周り、よく見てご覧よ。」

 あたりを見回すと、オレンジがかった黄色いひまわりに木が少し影を落として、それ以外は無色透明の空気が広がっている。

 無色透明な空気、だ。

「いやー正直、広場でトーリちゃんを見た時から、仲間がいた!って思ったんだよね」



 ―僕はクールィを吹きながら旅をしている、いわゆる旅芸人だ。この村は僕が旅をはじめて二つ目の村。僕の住む都市部からなるべくはやく遠くへ行きたくて、わざわざ山道を抜けてこの田舎の村に来た。

 彼女を見つけたのはこの村の広場でクールィを披露させてもらっていたその時だった。音楽とか、それに限らず芸術ってのは人の心を動かすものだ。お客さんの中からはカラフルな色が浮かぶ。

 その中に一人だけ、透明な空気をまとって、それでいてまっすぐこちらを見ている瞳があったのだ。


「僕はね、心を動かすために旅をはじめたんだ。魂を使うための旅。いろんなところに行って、いろんなものを見るんだ!きれいなものも、悲しいものも。」


 人との間に色が無いというのもいいもんだ。

 僕と少女トーリの間を隔てるのは無色透明な空気だけ。

 透き通った先に、無表情に見えるトーリの目が期待に揺れるのが良く見えた。


「もしよかったらさ、君も一緒に来ない?」



 思わず僕はもう一度手を差し出した。


 これが一人の旅が、二人の旅になるほんの少し前の話だ。

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半透明のオレンジ 深海月 @sinnkainotsuki

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