外伝の外伝 チョコレート大作戦

バレンタインのはなし


「ルミ、チョコレート」

 差し出された両手を一瞥し、ルミナスは困惑した。期待に輝く赤い瞳に、残酷なことを告げなくてはいけない自覚があったから。

「ないぜ」

「何っ!?」

「チョコレートは、あげられない」

 おや、と言うには数年分しか変わらない外見を持つ少年が打ちのめされたように青ざめる。伸ばしたままだった両手がしおしおと下がっていき長くないため息が部屋に響いた。

「……反抗期か?」

「違うんだけど」

「じゃ、なんでだよ」

 下げられた手が徐々に持ち上げられ、わきわきとよろしくない動きをする。反射的にルミナスが一歩下がって距離を取ると、レインはいよいよ悲しそうな顔をしてみせた。

「レインさんのことが嫌いなわけじゃあない……んだけど」

「だけど?」

「トトさんと約束しちゃったんだぜ」


 話は数日前に遡る。

『ルミナス、バレンタインはどうするの?』

『……何故?』

『シヴァーはいいなぁ、チョコレート貰えて』

『何故、シヴァーの話になるの?』

『誤魔化したってだめだよー』

 トトは笑いながらルミナスの手を握った。一見、好青年ながらもドロリとしたものを隠し持つトトのことは相変わらず苦手なのだけれど、すっぱりと嫌うこともできない。結局、近すぎず遠すぎず、の距離を保ったままだ。

『あーあ、いいなー、いいなぁシヴァー』

『トトさんだって、色んな人から貰えると思うぜ。もちろん、プルートさんだってきっと用意してくれてる』

『ううん、そういうのじゃないんだよ。本当に俺のことが好きな人から貰わなきゃ』

『……本気かどうか、本人以外でもわかるの?』

『言い方を変えよう。俺が欲しいって思ってる人から貰いたいんだよ』

 はてな、とルミナスは首を傾げた。

『トトさん、人を好きになれるの?』

『あれ随分な物言いだね。もちろんなれるって』

『……プルートさんも、他の女の子たちも、貴方が好きだとか思うぜ』

『ふふ。それじゃあ意味ないんだって』

『じゃあ誰から欲しいの?』

『うーん、それも返答に困るね』

 トトの指がゆっくりゆっくりとルミナスのそれを撫で上げる。思わず振り払おうとするが、意外にも強い力のせいで自由にならない。そうだった、こういう人だった。熱のこもった目で見つめられると背中のあたりがザワザワした。

『ねぇ、俺に頂戴』

『何を?』

『意地悪だなぁ。チョコレートだよぉ』

『ぎ、義理でもいいなら』

『いいよ、義理でも。でも俺以外にあげちゃだめ』

『何故?』

『独り占めしたいんだよ。限りなく本命に近い義理チョコをね』



「……ってことがあったんだぜ」

「なんじゃそりゃあ。オレにチョコレートは?」

「だから、あげられない。義理チョコをトトさん一人にあげておしまい。」

「あいつ性格ねじ曲がってるな。本気だしてリア充を潰しにきたのかよ」

 あーやだやだ。レインが呆れながらポケットを弄る。……そこから折りたたまれた千円札を取り出すと、ルミナスの両手に押し付けた。

「ルミ、おつかい。」

「え」

「まだ売ってるだろチョコレート。そんでヴァッくんにあげろよ」

「それは、レインさんからということ?」

「なんでオレがあげるんだよ、お前だよお前。……その野口さんは親切なプルートさんのポケットからいただいた千円だから、大事に使えよ」

「ドロボーだぜ」

「いいんだよ、何でもゾロ目の千円札を大切にするといいことがあるとかなんだとか願掛けしてたやつだけど、金は使ってナンボだろ? ほら、使ってこい」

「……むう」

 釈然としないけど、まあ、いいのか?

 ルミナスは踵を返して購買へと向かって行った。


「……レイン、お前なぁ」

 教卓の裏に隠れていたウィルからの非難の目を物ともせず、レインは床の上に胡座をかいた。

「いいことだろ? ウィルくん、お前もチョコくれ」

「残念ながら持ってねーよ」

「なんでだよ。お前結構モテるって聞いてたのに!」

「す、好きでもない奴から受け取れるか!」

「そう。……ま、いいか。オレにはとっておきのチョコがあるからな」

「!」

 レインが取り出した包みに思わず手を伸ばしたウィルだったが、座ったままひょーいと交わされてしまう。

「……誰からだ」

「天才パティシエくんから」

「誰だよそれ」

「ヴァッくん。あいつマメだよなー、オレには洋酒入り、ルミには抹茶の生チョコだとさ」

「な、なんだ。シヴァーかぁ…」

「ん? 欲しいか?」

「……いいよ、レインがもらったやつなんだから。オレは甘い物あんまり好きじゃないし」

「大人ぶるなよクソガキが。大人だってチョコは好きだって」

「レインは心の底からそう言ってるのわかるよ。いつもよりテンション高いし、目がシイタケみたいになってる」

「は?」

「こんなん」

「素直に輝いてるって言えよ」

 地面に書かれたお世辞にもうまくないウィルの絵に文句を言ったのだが、ウィルは怒るどころかじっと床を見つめて動かなくなった。

 真っ白な顔色に具合でも悪いのかと思ったものの、すぐに耳まで赤くなる彼がつくづくわからない。レインがぼんやりと相手の出方を待っていると。

「……あの、さ」

「ん?」

「別にお前のためじゃないんだけど、ただ旨そうだったからさ、でもオレはチョコ食べれなくてさ、賞味期限も近いし勿体無いと思ってたとこにお前がいてさ、実は、その、えっと」

「おいウィルくん? ウィルくん頭をヒヤシンス」

「ヒヤシンス関係ないだろ!」


「なっちゃーん!」

 ぱたぱたと近づいてくる足音に、咄嗟に持っていたものを隠してしまった。

「シヴァー、どうしたんだぜ。もう補習は終わり?」

「あんなのちょちょいのちょーいですぞ。オイラ様の灰色の脳細胞に掛かれば瞬殺爆殺大虐殺ですからな!」

 見上げてくる銀色の瞳の輝きに、ルミナスも思わずにっこり笑った。いつだってシヴァーの隣は温かいのだ。

「なっちゃんは? 購買で何を買ったのですかな」

「えっ、えっと。レインさんのお使い……」

「はて。コンビニ大好きコンビニートの好物なんてありましたかな?」

「うん、あったんだけど……。」

「あ、なっちゃん」

「むぅ?」

「コレ! 受け取ってくだされ」

 ずい、と手渡された小箱。廊下を歩く生徒たちがこちらを見てにやにやと笑っていた。……今日はバレンタイン。それが何かなんて、聞かなくても分かる。

 白いハート型に巻かれた赤いリボンがゆらりと揺れる。いつだったか、レインがルミナスには白が似合うと言ってくれたことがあった。それに対してシヴァーは赤だ赤だと騒いでいたが、ラッピング一つとってもルミナスのために用意してくれたことが伝わる。ほんの少しリボンが曲がっているのも、彼が一生懸命に結んでくれた証明なのだ。

「あの……」

「抹茶の生チョコ。なっちゃん、抹茶味のお菓子好きですからなぁ」

「……ありがとう」

「えへへー」

 にっこり笑うシヴァーに胸がじんとする一方、申し訳なさも感じていた。……シヴァーのチョコが手作りであることはわかる。でも、自分は市販のもの。それも購買で売ってるもの。……がっかりさせちゃうんじゃないかなぁ。

 ルミナスが困っていると、シヴァーはさらに懐からもう一つ包みを取り出した。

「なっちゃん」

「あの、シヴァー、わたし……」

「なっちゃんがトト殿と妙な約束をしちゃったのは知ってますぞ。プルート殿から聞きましたからな」

「え」

「だからこれを……なっちゃんからという体でオイラ様に渡してくだされ!」


 この名探偵強いな、とルミナスは感心したのでした。




「あと、その、今日からプルート殿がうちに泊まりたいって」

「え」

「トト殿にやきもち焼かせるために放置するらしいですぞ」

「ちゃんと迎えがくるのか疑問なんだけど」

「オイラ様の推理によりますと、案外トト殿のほうが依存してるからすぐ回収にきそうですけどなぁ」

 この名探偵強いな、とルミナスは再度感心したのでした。




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