お金とご飯と赤ちゃんと
★帝歴2502年5月7日 ヒューパ城 ティア
「ただいまー、お母さんー、ロミーナ元気にしてた? 風邪引いてない、大丈夫?」
私が覗きこんでるゆりかごには、モコモコの布の中で赤ちゃんがキャッキャ言っている。
うははは、ほっぺたプッニプニ。
なんと今年2月、うちに赤ちゃんがやってきました。
ウフフフ、私なんとお姉ちゃんになっちゃったー、ヤフー。
ちっちゃなちっちゃな女の赤ちゃん。
ようこそヒューパのお家へ、お姉ちゃんが君を守るよ。
可愛い手をつつこうとしたら、ギュッて私の指を握ってきた。
お城に帰ってすぐ手を石鹸で洗ったので大丈夫。
それにしても赤ちゃんの手って、意外と力が強いねえ。
「はいはい、ティアお姉ちゃん、妹は元気にしてますよ、早く着替えてご飯を食べましょう。メイプル、手が開いてるならロミーナを見ててちょうだい、ヘラとベルマは夕飯を出して」
「「はい」」3人のメイドから返事が帰ってきた。
現在、ホラとの戦に勝利した効果が、徐々にヒューパの地に現れつつある。
今までホラで関税を取られていた分が丸々無くなったおかげで、流通が上手く行くようになり、ヒューパの産業は好景気に向かってきだした。
人口も増えてきているし、今は色んな事が上がり調子になってる。
おかげでヒューパ家の財政に余裕が生まれるようになり、以前からお城のお掃除にパートタイマーで来てくれていたメイプルおばさんは、うちに住み込みで働くようになっていた。
他にメイドとして、鹿族獣人ヘラ13歳と、ベルマ12歳の姉妹が加わっている。
この2人はホラの街から救い出した女の子で、顔に包帯は巻いているが気立てのいい子達です。
彼女達は料理とか掃除が上手だったので、うちのお城の裏方さんとしてやってもらうつもり。今はメイド特訓の真っ最中、手本が無いから手探りでやってます。
他の子供達との勉強の時間は、毎日交代で参加させていて、2人にも読み書きソロバンをマスターしてもらう予定だ。
お城の仕事と勉強の両立をしてもらうハードな環境だけど、2人は喜んで仕事をしている。
今までが大変だったんだね。
2人にはいずれ、可愛いメイド服も作らなきゃいけない。
私は外用の動きやすいズボン姿から、ちょっと可愛いスカート姿に着替えて、夕飯の席に着く。
ヒューパのお家でスカート履くようになったのは、本当に最近の事で、女の子なのにオシャレから遠ざかり過ぎてて違和感がしてしまっている。
女子力? 開拓地では遠い言葉になっちゃったな……
席にお母さんとお父さんが着いて、一緒の夕飯だ。
「ほらほら、ティア、ぼーっとしてないでご飯食べてちょうだい」
「はーい」
ヒューパは今、多くの事が凄い勢いで変わりつつある。
お父さんは物凄く忙しく働いていて、夕飯を一緒の席で食べる回数が減ってきているので、この機会に話しをしておかなければいけない事もあるんだ。今聞いておかないと。
「そうだお父さん、アルマ商会さんを大臣として迎え入れる案は決まったの?」
アルマ商会を大臣に……中世ヨーロッパでも大商人を国の大蔵大臣として迎え入れていた事がある。
彼ら商人の商才を国家が利用する代わりに、商人には国の特産品の利権を一手に握るメリットがあって、Win-Winの関係が存在していたんだね。
「ああ、ホラの領も手に入れたし、やるべき事が増えた、彼は有能だし去年の戦の時には恩義を受けている、それに報いるためにも迎え入れようと思う」
「お父さん、大丈夫? アルマ商会さんかなりのやり手だから」
と、私がもしもの事を心配したら。
「何言ってるんだティア? 乗っ取りを企てたり汚職をすれば、すぐに処してしまえばいいではないか、他所の国や小領でもそうしているぞ。それに彼に与える利権はワインと魔石武器や材木等と限定している、これから作ろうとしてる鉄鋼他の産業は、ヒューパの商人も育てていくつもりだしな」
と、けろっとした顔で怖い事を言われた。
ああそうか、経済を握られたように見えても、実際の軍隊は王や領主が握っているから、下手に雇われ大臣が力を持つと殺されちゃうんだね。
中世怖いね。
でも私は、日本の戦国時代に油屋からのし上がった斎藤道三のお話を知っているので、アルマ商会さんが相手でも油断しないで付き合って行こっと。
「ティア心配するな、今はそっちの心配より、ヒューパの領内の流通が大きくなっているので、経済に対処できる人材を集めるのが先だ、ホラで働いていた文官も雇い入れているしな。お前が教えてくれた
わーい、学校の事本気で検討してくれていたんだ。
読み書きソロバンができるだけでも国力が絶対的に上がるからね。
勉強できる子を拾い上げて、もっと高度な教育をすれば科学技術を開発していけるはず。
派手な知識チート無双はできないが、確実に世界が変わっていってる実感がしてきたぞ。
続けて私が以前、ホラの街の再建計画で進言してた件も確認する。
「お父さん、ホラの街の事なんだけど、前に言ってた共同トイレの事、あれどうなったの?」
「ティア、食事中よ」
「お母さんごめんなさい、でも今聞いておかないと時間が」
「マリアすまないな、ちょっと我慢してくれ。ティア、あの件だが上手くいっているようだ。以前のホラは建物の窓から直接捨てていたようだな、うちは農家が肥料にするため回収しやすいよう共同トイレから回収するが、ホラにも導入したのは正解だったようだ」
あの街は凄く不衛生な街だったんだよね。それを変えるためと、もう一つ復興のための策をお父さんに進言していた。
「お父さん、豚の成長は順調なの?」
「ああ、今のところは上手く行っているようだぞ、豚の成長とその肥料から作られてる作物の成長も上手くいっているようだ」
私は、共同トイレで豚を飼う事を進言していたんだ。
ホラの住人の糞尿を豚に食べさせて育てるための共同トイレ。
もちろん豚は人糞だけ食べてるわけじゃなく、豆がらやいろんな飼料も食べさせて育てる。
このやり方は、昔旅行で沖縄の美ら海水族館に行った時、隣の公園にあったおきなわ郷土村で見た豚式トイレの実物の資料で知ったやり方。
中国や、昔小型の豚を飼っていた沖縄で使われていた方法ですね。
こっちで調べてみると、ヒューパの農村部でも当たり前にやっていた。
私達が食べていた豚もこうやって育てられていたんだねえ……美味しかったけど……
洪水で被災した住人の生活を安定させるためにも、豚は成長が早いので飼わせて育てさせ、現金化か食料にさせて彼らの収入を作り、復興の助けにする。
豚の糞は、近隣の農家が集めさせて回収し、発酵させてから肥料にする……他の用途の為にも集積はさせてるんだけどね……フフフ。
どうやらホラの復興の方も何とかなりそうだね。
「アーアー」
ちょっとお父さんとお仕事の話しをしていたら、メイプルおばさんの手の中であやされてるロミーナがこっちを見て、アーアーって言ってる。
「お父さん見て、ロミーナが私の顔を見て笑ったんだよ、ちゃんとお姉ちゃんだって分かってるんだねえ」
「うんうん、そうだなティア、あの子は私の娘だからな、賢く可愛い娘に育つはずだぞ」
お父さん、親バカってるな、私も負けてられない姉バカぶりを見せて可愛がらねばなるまいて。
「はいはい、二人共赤ちゃんの事になったら目の色変わるんだから、あまり暴走しないでね、特にティアは過保護なんだから、ロミーナの出産する時みたいに大騒ぎにしちゃダメよ」
大騒ぎ……そう私はロミーナが生まれる前、お父さんと一緒に共謀して領内の法律を変えさせる大騒ぎをやったのだ。
★去年の年末
そろそろ出産が近づいた去年の年末。
色んな人に出産の事を聞いて回ったら、びっくりするぐらい、出産の時に大勢が亡くなっていたのを知った。
この世界の出産は命がけだったんだ。
何でそんなに死んでいるのかを知るため、産婆さんに頼み込んで現場見学をさせてもらったんだよね。
産婆さん達は妊婦のお家に行って手も洗わず、出産台は使い回しで汚れは付いたままのばい菌だらけといった不衛生な環境の中、妊婦さんが物凄い迫力で命がけで赤ちゃんを産んでいた。
この時なかなか赤ちゃんは出てきてくれなくて、やっと出てきても動かなくてハラハラしてたら、産婆のおばちゃんが赤ちゃんの両足持って持ち上げ、背中をビターンと叩いた途端、ヒュハって息をして思いっきり大きな声で泣き出したんだ。
その場にいた全員の何だか良く分からない迫力で、私も良く分からない気持ちになっちゃって泣いていたんだよ。
なんて言えば良いんだろう……お母さんって凄い。
ただ、女の人の死亡原因で一番多いのは、出産だって産婆さんに教えてもらって、多少の事ではビビらなくなっていた私も震え上がった。
お母さんって命がけだったんだ。
その日初めて見た命が生まれる光景に圧倒された帰り道、どうやったらお母さんと赤ちゃんが死なずに済むんだろうかを考えていた。
汚れたままの産台。赤ちゃんが清潔に保たれてない現場。上手く赤ちゃんが出てくれなかった時の事……
清潔な出産現場にするには、お金が必要だなあ……何とか安く済む方法ないのかな。
出産の費用が増えたら、妊婦さんの負担が増えてしまうし……
石鹸は住民の一部でも秋の豚の解体の時に脂から作っているので、その作り方を広めてご近所での出産時に持ち寄らせるようにさせるとして、出産台は熱湯消毒や、酢酸を使えばいいかな? 本当はエチルアルコールを使いたいんだけどなあ、でもこれは高いんだよねえ。
酢酸は、これから炭を生産できるよう、工場の再稼働に向けて動いてるし、この時の副産物として生産をして、安く売るための補助をしよう。
問題は難産の時だよなあ……日本時代の友達で帝王切開しなかった子の時は、掃除機みたいなので吸い出したって言ってたけど、ここの技術力で作ったとしても、大掛かり過ぎるよね。
走って現場に行く産婆さんに持たせるのは、不可能だしなあ。
うーん……
……記憶を辿っていくとイラストで見たことのある物があった。
あ、鉗子だ、大きめのスプーンの中をくり抜いたヘラがついたヤットコで掴んで引っ張り出す方法。
でも赤ちゃんの柔らかい頭を金属で掴むんだから難しいかな?
これは産婆さん達と一緒に考えて作っていく事にしよう。
色々と考えた案をお父さんに言って、2人で検討した結果、各方面から反対もされたけど、最終的にお母さんの命のためだとお父さんを
鉗子に関して、うちのロミーナの時には開発が間に合わなかったけど、2月の終わり頃から、試作品を産婆さんたちに配って、使い方教室も開く。
現場で法律の事をブーブー言われて大変だったけど、強引に押し切ってやったよ。
権力バンザーイ、ウフフフ。
それに消毒用のエチルアルコールは、去年から甜菜大根からの砂糖抽出実験で出た、糖分たっぷりの液を発酵させてアルコールを作り、そのアルコールを蒸留させることで、ウオッカみたいなエチルアルコールを生産することに成功して、産婆さん達に渡している。
正直うちの領内にアルコール中毒者は必要無いので、生産数は控えてます。
頑張った結果、法律を変えた始めの頃は、いっぱい文句を言われていたけど、実際に助かる人が分かるぐらい増えるようになってからは、誰も文句を言わなくなっていったんだよね。
大勢の人の衛生観念もちょっとづつ変わってきてるみたいだし、ホッとしてます。
こんなちょっとした積み重ねで人口も安定して増えて来るだろうし、生活も安定する。
ほんのちょっとだけ、この世界が変わって来る予感がする。
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