ティアのおうちで昼食を
ムーンリバー
★帝歴2502年5月7日 ヒューパ城-ティア私設学校 ティア
小さな教室。
中には、子供達がギュウギュウ。
一番前の教壇では、猫族の美人教師がお話をしている。
「昔々有る所に、たいそう若く美しい娘が居りました。
娘の家は貧しく、街の外れの川辺りで暮らしていました。
娘はある夜、川面に浮かぶ月を眺めていた1人の男を見かけます。
男は三十代後半ぐらい、娘の死んだ父親ぐらいの年格好でした。
初めは気にも止めていませんでしたが、夜空が晴れて月の出る夜になると決まって同じ岩の上に立ち、夜の川の流れと水面に映る月を黙って眺めている男の事が気になるようになりました。
ある夜、自分を見ていた娘に気がついた男が声をかけました。
『……』『……』
2人が何を話したかは、分かりません。
ただその夜をきっかけに2人は惹かれ合うようになり、いつしか恋に落ちました。
しばらくして娘は、男の正体を明かされます。
男は、街のお城に住む領主様でした。
娘は身分違いの恋に戸惑い悩みました、ですが男は娘を強引に城に召し上げ、仕事と教育を与え、そして2人だけの時間を与えてくれました。
娘は幸せを手に入れたのです。
ですが、その幸せは、つかの間の幸せでした。
お城には、男の妻と息子がいました。
最初は娘の事をただの遊びと思い、誰も問題にはしていませんでした。
ところがある日、娘のお腹に男との子供が授かった事が分かります。
男の妻と息子は、激怒しました。
男の遊びには触れないつもりでしたが、男との間に子供ができてしまえば話は別です。
男の妻と息子によって身分卑しい娘は城から連れだされ、夜の川へと沈められました。
その事を知った男は、嘆き苦しみ、やがて娘を追って川に身を投げました。
こうして2人は、月が浮かぶ川の底で誰にも邪魔されずに一緒になる事ができたのでした」
……
「ううう、ひゃだー」
ポロポロ泣きながら、生徒席の一番前……ホリー先生の目の前でウワンウワン騒いでるのは、
「だ、ダメー、そんなの女の子が可哀想すぎるよ、絶対にダメー、最後ふたりとも幸せじゃないとヤダー、うわーん」バンッバンバンッ
机を叩きながら抗議する。
他の女の子達も涙ぐんでいるが、男の子達はポカーン。
今皆が居るこの場所は、今年の春にワインで儲けたお金で作った学校。
現在の生徒は、
いずれ街の子供達にも門戸を開け、拡大していくつもりです。
教師をやっているのは、トラビスのお姉さんのホリー先生。
猫族三毛のすっごい美人さん。
彼女は猫族の獣人だが、街の商店や各種
私は、彼女の事をトラビスから聞いて、この私設学校へと雇い入れる事を決定した。
ホリー先生の授業では、最後にちょっとしたお話をしてくれる。
今日は、悲恋の話だった。
一番前に陣取って、わんわん泣いている私を見かねて、教師のホリーが口を開く。
「ティア様、そんなに泣かないで、これは物語の中のお話なのです、そんな可哀想な娘はいないのですよ」
「うう、ダッテー、女の子がー女の子がー、ふううう、グスッ、可哀想なんだもん。…うう……うん! そうだ、お話を変えましょう、娘が妻と息子を返り討ちにして2人は幸せになるってのはどうでしょう? ね、いい考えでしょ先生」
「あらあら、姫様、そんな物騒な事おっしゃらずに、お話として愉しめばいいのですよ」
(小声)「姫様、お話でも暴走する気だ」
……ピクッ
今余計な事言ったのは、どいつだ?
私が後ろを振り返ると、皆が下向いてる。
くっ、後で犯人を見つけてやる。
「はい、姫様前を向きなおしてくださいね、それでは先生の今日の授業はこれでおしまいです。皆今日書いた文字は、色んなお店の看板に使える単語だからちゃんと覚えてね。次の時間は、姫様のソロバンの授業です。みんな準備しておいてね」
ホリー先生が話しを閉める。
私は、犯人探しを一時保留して、ソロバンの授業の準備をしなくてはいけない。
「起立」 ザッ!
学級委員長のチュニカの号令で全員が立ち上がる。
「礼」 ザッ!
「先生ありがとうございます」、「「先生ありがとうございます」」
「ティア様ありがとうございます」、「「ティア様ありがとうございます」
「ティア様超かわいい」、「「ティア様超かわいい」」
……私の私費で作った学校だからな。
さて次の授業は、ソロバン……算数だ。
ソロバンは私が教えるが、数字を使った勉強には、得意不得意があるようで、不得意な子対策でホリー先生にも補助をお願いしている。
「それでは皆ー、今日は引き算を勉強しますね、今日はソロバンは使いませんよ。この前勉強した一桁の引き算からやってみましょう」
「「はーい」」
うん、元気の良い返事だね。
背の低い私は、りんご箱の上に立って授業をしている。
「それでは、ベック、答えてちょうだい。りんご7個から4個引きました、残りはいくつですか?」
生徒の席の一番前……右端に座っていたベックを指名する。
さすがベック、一番前とは言え、教室を見渡す時意外と死角になる最前列隅をキープするとは、やるな。
「うん、えーっとえと、7個から4個だから……残りは3個です姫様」
一生懸命指を折って数えられるようになったみたいだね、以前に比べて格段の進歩だ。
よいしょっと。
たったったったた。ガタッゴッコト。
うんしょうんしょ。
「正解です、よく出来ました」
ナデナデ。
「えへへへ、姫様ありがとうございます」
私は、ベックの席の前にりんご箱を持っていって、ベックの頭を撫でて褒める。
すると彼は物凄く喜ぶ。
ここに集まった子供達皆に共通するのは、褒められると物凄く喜ぶ事だ。
どうやら皆褒められた経験がほぼ無かったらしい。
上手く活用しなきゃね。
「はい、では、次は少し難しい問題になりますよ、二桁の引き算です。前の時に説明しましたね。えーっと誰がいいかな」
「はいっ」「はいはい」「はーい」……
皆褒めて欲しいから積極的だ。
「では、トラビス、前に出てきて答えてちょうだい。少し難しい問題です。銀貨11枚から8枚を引いてください、繰り上がり計算のやり方はこの前教えましたね」
「はい、えーと、えと、1より8の方が大きいから……えーと」
トラビスは繰り上がり計算でちょっと苦戦している。私は少し助け舟を出すことにした。
「うん、そうだね、トラビス、一桁目の1より8が大きいね、なら11を10と1に分けてみよう。この銀貨10枚を借りてきて8を引き算をするんだったね、じゃあ答えはどうなるかな?」
私の助け舟にトラビスは笑顔になり、元気よく答えてきた。
どうやら問題の核心が分かったようだ。
「はい姫様、銀貨10枚を借りたのなら、返さない、返さないのが答えです」
……
はい?
「え? 君何言ってるのトラビス?」
「はい、姫様、ですから銀貨10枚借りたのなら返さない、そうだよな、お前ら」
「うん、そうだ」「だよなあ、返すほうがバカだ」「借りた金は返さない」
トラビスは自分の子分の悪ガキ達と一緒に、返さないって答えで納得を始めた。
アカン、こいつら金の貸し借りを分かってないようで、嫌な方向に分かってる。
恐らく貧民街で育った常識では、正しい答え持ってきやがったじゃないですか。
私も危うく、そうだよなって納得しそうになる。
借りた金は返さないのが当たり前になったら、私も不味いことになる。
こいつらの常識を軌道修正しなければ。
「よし分かったトラビス、問題を言い換えよう。その銀貨10枚、私が貸そうじゃないか、ならどうする?」
「えっ……姫様が……ですか?」
トラビスの額から脂汗がタラタラ流れ出す。
「うん、そうだね、私が貸す」
トラビスが汗塗れになり、後ろで座っていた悪ガキ組も一緒に青くなっている。
すると、突然トラビスと子分たちが床の上で土下座をした。
「すんませんでした、姫様、勘弁してやってください。どうかこの金の返済は待ってください、なんとかしますから、どうか、僕達から魔石を取り出して返済に当てるのは許してください、どうかご勘弁を」
「えっ? えー、いやいや、君達、私が聞いてるのは、そんな意味じゃなくってね……」
なぜだ? 私は、算数の勉強をしていたはずだ。
回答の度に斜め方向に飛んでくぞ。
どうなってんのよ異世界。
後で話しを聞くと、裏社会から借金をして返せなくなった奴らは、最終的に自分の魔石で払わさせられるらしい。
って事は、私は裏社会の人間みたいに恐れられてるのかっ。
私そんな悪いことしないっての、失礼しちゃうわ。
常識ギャップに苦しみながらもソロバン・算数の授業を終えて全員で給食を食べる。
昼からは、男の子で職人仕事に興味を持っている子達を連れ、ジョフ親方の工房へ行く予定だ。
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