怒りん坊とあま~いワイン

★帝歴2501年10月27日夕刻 ハカミ村 ティア


「はああああああああああああああ? どう云うことよそれー」


 私の声が、宿営キャンプ地の朝食の輪に響く。


「野菜を買いに行ったら、家畜の餌の甜菜大根を渡されただとおおおおおお、子供相手だから舐められたの? それ?」



 こんにちわ、ティアです、大爆発中です。


 事の発端は、ブドウ収穫後、皆で夕飯を食べようとしていた時の事だった。

 その日作った、夕飯の雪オオカミのお肉入りスープを一口食べた時、とんでもないエグみスープの味に驚いたのがきっかけだった。


 先日、悪ガキ組のトラビスと私の可愛いチュニカで街へ野菜を買いに行かせた時の事だった。

 チュニカの姿を見た露天商の奴らが皆、野菜を売ってくれなかったらしい。

 おかげで、今皆が食べているお肉入りスープは、このエグくて人様が口にしないでお馴染みの甜菜大根、そう、通称牛の餌が入ったエグみたっぷりスープを食べて、私が激怒してます。


「どう云うことよそれ、トラビスとチュニカ、なぜちゃんとしたお野菜を売ってくれなかったのか説明しなさい」


「はあ、いくつかヒューパでも馴染みのカブ類はあったのです。どの露天商も野菜が少ないなりに、最初は売ってくれそうだったのですが……ちょっと」


「いや、姫様違うんです私が悪いんです、トラビスさんは悪くないんです」


「ん? 分からん、それでは分からんよ、チュニカが悪いってどう云うこと?」


「い、いえ姫様、違うんです、チュニカは悪くなんか無いんです、ただ売ってくれそうだったのですが、その、チュニカの姿を見た露天商が断っ……て」


 シュルッ、シャーッ

「ふーん、その時私の名前は出したの?」


 カツッカツッカッツッ


「い、いえ、出さなかったのですが、何故売ってくれないのかを尋ねたら、目を外して誰も教えてくれなくて……しょうがないから、本当は家畜の餌にしていた甜菜大根を買って……帰りました……」


 カッカカカカッカカカカ


「姫様申し訳ありません」


 チュニカが顔を地面に擦り付けて謝ってきた。


「私達が食べる為の食事がまさか姫様のお口に入るとは思わず、いつも食べていた野菜だったので、他の方にはご迷惑をおかけしたくなくて、甜菜大根を買ってまいりました。本当に申し訳ありません」


 カカッカッカ…カ……ヒョイッ


 私がいつの間にか怒りのあまり、黒のナイフ魔剣を抜いて机をカツカツと叩いていたらしい。後ろで見ていた騎士のトードさんが、上からヒョイッと私の手から魔剣を取り上げた。


「あ、うん、ちょっと冷静になろ、皆落ち着いて、ね、よし」


 周りの全員の目が『君が落ち着け』状態だ。


「チュニカ、どうか起きて私の目を見て、お願い、貴女が悪いのじゃないの、怯えさせてごめんなさい、私が怒りん坊なのが悪いの、ね、貴女に怒ってないからお願い、私の目を見て、貴女に謝りたいの……ごめんなさい」


 やっと彼女は、起き上がって自分の椅子に座ってくれた。

 アンポンタンの私は、またこの娘達を怯えさせてしまった。


 私が怒ったのは、なにもエグいスープ食べたからだけじゃない、このところ軍用糧秣のライ麦とヒヨコ豆のスープをローテーションで食べさせてたのを、何とかして新鮮なお野菜を食べさせたいと思って買ってこさせたのに、市場の露天商が売ってくれなかったからだ。


 チュニカが悪いんじゃないのに、彼女が今にも泣き出しそうな顔をしてるのを見たら、もう我慢できなかっただけだよ……思わず魔剣を抜いちゃうぐらいね。


 さて、どうしてくれようか、私の家来をよくもよくも、明日にでも街に戻って話し合い・・・・をしてやろうかって……あっ。


「やだ、皆そんな心配そうな顔しないで、私悪いことしないよ」


 猛烈に皆の顔が心配してる顔になってる、そしてベックが『姫様がまた暴走する』って呟いたのを聞き逃さない。


 グヌヌヌ、暴走なんかじゃない……って思いたいけど自覚は有る。

 

「うん、明日すぐに街に帰って、何で売ってくれなかったのかを、露天商の人に優しく聞きます、これならいいですよね」


「「ダメです」」


 なによ、全員でダメ出ししなくてもいいじゃない。


   ~~~~~~  


 翌朝からは、子供達皆が私を見張っている。騎士のトードさんも時々私に声をかけてくる。

 小さな身体の人と、大きな身体が皆で私を心配している。


 もう心を入れ替えて暴走なんてしない良い子になっているのに、なぜに皆から心配されるかな? 解せぬ。


 そう言いながらも微妙な緊張感の中、私は村の村長さんにかけあって銀貨5枚を渡し、野菜を分けてもらった、これでこの村でいる間ぐらいは、マトモなお野菜が食べられる。

 お肉はもう心もとないが、そっちは我慢して、まともな食事にありつけるのは有難たかった。



 私は、食事の心配を無くしたあと、ベックを呼んで先にヒューパの街へと帰らせ、寝床のシーツ用布を買いに行かせた。

 そしてついでに、ある仕事をジョフ親方の工房へ依頼させていた。



 ベックだけが先に帰った後、私はブドウ収穫作業の間に時間が許す限り、村の人に農作業や年間の催事を聞いて、絵を描いていた。催事表だ。

 今私が住んでいる世界のこの時代では、農村の人で文字を読めるのはほとんどいない。

 私は、年間を通じて、農村に生きる人々が時期に応じてやらなければならない作業を絵に描いて残す。

 特にこの村の気象条件で採れるブドウは、私にとっての宝物だ。

 この条件の時、どの状態になったらブドウを採取して、特別なワインができるかを文字の読めない彼らでも分かるよう、書き込んでいた。


 漫画チックな絵で描いたので、いずれこの世界にも漫画の種が広がればいいな。



 結局私たちは、ハカミ村に7日間泊まって、近隣の村々にあったぶどう畑を全部周り、干しブドウ状のブドウ収穫作業は終わった。


 私達は、村長さんや村の人達に手を降って、村を後にした。



★帝歴2501年11月4日 ヒューパ ティア


 ヒューパの街に帰ってきたら、まずはブドウを圧搾機にかけてジュースを絞らなければならない。

 腐っていたはずのブドウで絞ったジュースは、普通のぶどうジュースと比べ物にならないぐらいあま~い甘いジュースが採れた。

 この素晴らしく甘く危険な香りのジュースを、新品のワイン樽に移す。


 今回の貴腐ワイン作りには、特殊なブドウを使っただけじゃない、もう一つ新しい工夫を加えてみた。

 それは新品のワイン樽。この樽は特注だ。恐らく今の世界では使われていない、なぜなら使っている木材が違う。オークの木だ。

 オークの木は、かつてこの世界を滅ぼした魔王に由来する名前で、世界中から忌み嫌われて使われてこなかったが、ワインを作る時には重要な木だ。

 実際のワイン造りの現場では、オークの木の香りや木の成分によって、ワインに複雑な香りと渋みの付加価値を授けてくれるため、森林資源として減った今でも香りつけに使われる。


 この世界でも昔は使われていたのかも知れないが、今は世界中で使われていない。おかげで、どこにもないワインができあがるだろう。


 ブラボー。


 ワイン樽は、私達より一足先に街に帰らせたベックにお願いして作らせた。もちろん彼1人の仕事ではない。

 ベックが街に帰ってから命じていたのは、うちの宿泊所に置いてあった燃料用の炭をジョフ親方の工房へ運ばせ、燃料用の薪木とを必要な分交換させることにした。


 炭に比べて薪木は、4倍安い。私達の持っていた炭は高級品だ、料理の煮炊きや暖房をするだけにはもったいない。薪木を必要な分交換した残りと差額を使って工房の職人に仕事をしてもらう。


 鍛冶屋では、鉄を打って鋼にする前に、製銑にするための工程で、炭素CFeに入れる工程があり、炭素の塊で有る炭を使う必要があった。

 例えば、同じ燃料の石炭は、硫黄分が濃く、そのまま使うと出来上がった鋼鉄は脆くなり使いものにならない、なので石炭は鋼鉄を作る時の作業には向かない。結局炭が一番だねって事らしい。

 炭を非常に消費する職場で、私からの提案は魅力的であるだろうと考えた。


 4倍価値のある炭と薪木の交換の代わりに、私は去年のワイン製造の時に山から切り出して干していたオークの材木を工房へ持ち込み、ワイン樽を作ってもらった。

 私達が帰ってくるまでにワイン樽の製造を、ベックも一緒になって急ピッチでやってもらうことになり20本の樽を作ってもらった。


 お金がないなら知恵を使うしかないのよね。怒り狂った頭が冷えた後に思いついた方法だけど、上手く行って本当に良かったわ。



 ワインの製造作業中、アルマ商会さんがヒューパの街へと到着した知らせが入ってくる。

 私は、早速彼に連絡を入れ、お父さんのところへ行く前に捕まえることに成功した。


「アルマ商会さん、お久しぶりです、お元気でしたか」


「姫様こそご息災でなによりです」


 2人は、挨拶を交わすとすぐに商談の話になった。


「姫様、今回の騒乱で姫様の果たした役割は、お父様からの手紙からうかがい知る事ができました、ご無事で何よりです。それで、これは今回のお礼代わりですがお納めください」

 

 アルマ商会さんが手渡してくれた小さな箱の中には、中心に小ぶりながら、質の良さそうな真珠を一粒使い綺麗な宝石で飾ったネックレスが入っていた。

 ちょっと待って、確か中世の頃の真珠って高級品じゃなかったっけ、って事はこれはとても高い物ね。

 金欠だった私には大変助かる贈り物だ、これでお金を借りてもいいな。


「アルマ商会さん素敵なネックレスありがとうございます、とても嬉しいですわ。こんなにお世話になったアルマ商会には、特別な情報を教えて差し上げなければなりませんね。わたくし、また新しい素晴らしい商品を開発いたしました。もうすぐ発表することになるでしょうが、アルマ商会には特別に先に教えなければなりませんね」


 アルマ商会さんは、私の素晴らしい商品って言葉に、ピクッンと眉毛が反応した。


「ほう、姫様、また素晴らしい物ができたのですか? それはとても楽しみです。以前の赤ワインは、貴族の方々の間で大変な評判を呼びました、またそれと同等の素晴らしい物で有ることを祈ります」


「はい、では楽しみにしていてくださいね、一つだけヒントを。以前言っていた甘いワイン、あの答えが出ました」


 私は微笑む、とりあえずは素晴らしい商品の情報だけを渡した。

 彼に素晴らしい商品貴腐ワインを取り扱ってもらうとは言っていない、交渉で引き出せる物は引き出していかないとね。


「なんと、それは素晴らしい。是非我がアルマ商会に取り扱いさせて頂きたいものです」


「ウフフフ、今度の物は、春の社交界でデビューさせようと思っておりますのよ。あら嫌だ、もうこんなに時間が経っている、今日はとても楽しいお話ができました、この後まだ用事がございますので失礼いたしますね。また滞在中にお会いできる席を儲けたいですわ」


「はい、是非すぐにでも私共が席を用意させて頂きたいです。どうか我がアルマ商会をご贔屓いただけることを願っております」


「ウフフフ、では」「では」



 プハー、緊張したー。

 結構私の主導で話しを進められたような気もするけど、アルマ商会にちゃんと通じたかなあ? どうせすぐに私がお金に困っている事が耳に入るだろうが、貴腐ワインと言う強力なカードが手元に入ったし、上手くいきそうな予感がするね。



 弱っていた私にようやく運が向いてきたようだわ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る