甘さの決め手は林檎と蜂蜜

★帝歴2500年初冬 ヒューパ、ワイン工房 ティア


 お父さんにもらったワイン樽。

私たちはワインに会うため、城から少し離れたワイン貯蔵庫に私とベック少年の二人で馬に乗ってやってきました。

 乗っているのは私だけ、ベック少年は馬の手綱を握ってのお供です。


「ふう、貴族は甘いワインが好みなのよねえ、アルコール発酵を途中で止めて糖分多めに残したらいいのかなあ…となると来年の話か……いっその事、直接糖分追加……糖分を足しているワインもあったな、でもあれはアルコールを増やすためだっけ? 甘さを足すのも似たようなものだろう、砂糖とか手に入るのかどうなんだろうか?」


 独り言を呟きながら自分の考えを整理していく。

 お父さんからもらった赤ワインを、どうやって甘くしてやろうかを考えるが、砂糖の入手方法が思いつかない。

 確か中世ヨーロッパでは、砂糖は貴重品だった、この世界でもそんな気がする。


「ねえ、ベック、お砂糖ってどこで手に入るの?」


「? 姫様、お砂糖って何ですか?」


 あ、これはダメだ。ベック少年は砂糖の事を知らない。私はこの世界の言葉で砂糖と言ったはずなので、ティアが知っている程度には流通があるはずなのだけど、ベック少年は知らないので、かなりの贅沢品なのだろうか。


「お砂糖が分からないなら…うーん、蜂蜜なら分かるかな?」


「ああ、姫様、蜂蜜は大好きですよ、夏に森の中で見つけることがあります、蜂の巣を取るのに失敗したら刺されてものすごく痛いですが、とても美味しいので大好きです」


 どうやら蜂蜜は、ベック少年の口にも入る甘みのようだけれども、よく考えて見れば、今は冬なので、蜂の巣ないよね。

 そうなると、果物の甘みかな。うーん、何がいいのかなあ。

 私が甘味について考えている内に、目的のワイン工房についた。


 ワイン工房に着いて最初の感想は、ここ?

 粗末な小屋の中を使ってワイン樽が並んでる。

 中の樽を数えると、白ワインと赤ワイン合わせて37本。

 内赤ワインは、20本。どうやら本数は間違いなかったようだ。


 今回、来てみて分かったのは、この小屋では中の温度変化が大きくて、ワインの発酵がうまく働いてないのが分かる。

 お酒の発酵は結構デリケートな工程で、ちょっとした温度変化で酵母の機嫌を損ねて美味しいワインはできない。下手をすれば酵母菌の発酵ではなく、雑菌が勝って腐造になる。

 赤ワインは、白ワインに比べて少し高めの温度で、アルコール発酵を行う。

 このままの場所でワインを作っても上手くはいかないだろう。

 少し私に思い当たる場所があるので、来年はそちらに移せるかな。ちょっと覚えておこっと。


 発酵させるための場所の確保が必要だけれども、今年はその余裕が無いので、今やれることを考えなければいけない。


 ヒューパは寒い地域のなので、白ワインが上手く行ったのかもしれないが、赤ワインはこの隙間だらけの小屋だと温度が上がりにくいし、気温の変化を受けやすいのでかなり辛そう。

 この作り方を見ると、多分一次発酵の後に搾りかすを再度入れることで、乳酸菌を作る酵母を増やし、二次発酵が行われているのだと思うのだけど、うちではそれが上手く行ってないため、非常に低い品質のワインの原因になっていると思われる。


 私は、もう一つの方法を使うことを考えている。


 とりあえず、工房の管理人に言って、今のワインの状態を確認するのが先だ。

 樽の一本から少量の赤ワインを取り出してもらい、味を試してみよう。


「すいませんが、赤ワインを確認したいので、少し取り出してみてもらえますか?口に含みたいのでグラスの準備をお願いします」


「姫様、グラスってなんですか?」


「コップの準備をお願いします」


 お嬢様風にお願いしてみたら、通じてなかったようだ。しゅーん。

 コップと言い直して通じたので、管理人のおじさんが木のコップに赤ワインを注いでくれた。


「ありがとう、では少し、グビッ…ブフォ、ゴホンゴホン、ケホケホっ」


 木のコップに入れた赤ワインを何気なしに口に含むと、アルコールの刺激で、むせ返った。

 私は5歳児、ようするに子供には、アルコールの刺激が強すぎたのだ。


 やってしまった、管理人のおじさんも、隣で見てるいるベック少年も呆れた顔で見ている。

 何大人の真似してるの? ってその目は思っているだろう、私はその心を読めるぞ、ベック少年、後で覚えておくが良い。


 私は恥ずかしかったのだけれど、ワインの状態を確かめないとどうすることもできないので、次は少しの量を舌先に乗せて、確かめる。


 今度はむせない、それでもアルコールの刺激で鼻がツーンとする。

 ただ、思った以上にアルコール発酵が進んでいるけど、若葉時代の記憶を手繰り寄せてみてアルコール度数は上がりきってはいないみたい、それでも子供の私には辛い。

 アルコール度数が一気に上ると、酵母菌が死滅してアルコール発酵が止まってくれるけど、どうやら発酵が止まりきらずにお酢へと一直線のワインになりそうだった。

 それと、今のままでは、甘いワインになりそうもないようだ、やっぱり砂糖でも足す方向で考えないといけないのかな?


 これは、先が思いやられそうだけれど、まだ腐っていく方向に行ってないだけマシなのだと思って、今の味を活かす事を優先させよう。

 まずは、発酵を止める事からだな。


 私は、発酵を止めるために、古代ローマ時代から有った方法を取ることにする。

 酸化防止剤を入れよう。

 酸化防止剤を使い、アルコール発酵を行っている酵母菌の活動を止める。

 この時、一緒に他の雑菌も殺すので次の工程を行うのに都合がいい。

 二次発酵のための乳酸菌を入れる前に、他の雑菌がいなくなるので、効率よく乳酸菌が仕事をして、美味しいワインが出来上がる。



 私は、ワイン工房からの帰り道、酔っ払って頭が痛いのを我慢しながら、ベック少年に硫黄を集めてくるように指示を出す。

 ポクポク揺れる馬に揺られながら、糖度を上げる方法はないかと考える。ベック少年に硫黄と一緒に、どこかで蜂蜜を手に入れられないか探させる事にしよう。

 そして、もう一つやれる事を試さないといけないので、その準備も頼むことにした。

 りんごを40個ほど手に入れてきてもらおう。


 ただ、問題は今の私にはお金がない。蜂蜜とか高そうだし、ただでくれるような甘いスイートな人はさすがにいないだろうねえ、どうしようかなあ。


 馬に揺られながら頭の中でガンガン頭痛が襲ってくるけど、考えないといけない事だらけだ。

 あー、そうだ、良いこと思いついた、ワイバーンの牙あったな、あれでアルマ商会さんからお金借りよう。いくらお金手に入るのか楽しみだな。

 蜂蜜たっぷり入れたら糖分が分解してアルコールが増えすぎちゃうかな? やだ、私酔っ払っちゃうー。


 さっきから何度も「ベック少年、いいか硫黄とりんごと蜂蜜を手に入れるのだ。我が命令は絶対である」と同じ言葉を繰り返し、可哀想なベック君に絡んでいるティアであった。



 などとやっている内に城の下の城下町まで帰ってきた。

ヒューパは貧乏なので、お店とかは少ないけれども、それなりに人は住んでいるので市場はある。


 ふと、ティアが真っ赤っ赤な顔で前を向く(体は弛緩しきって馬の背中にデローンとなっているが、頭だけが前を向く)と、あっちからアルマ商会さんが歩いてくる。


「ベック、アルマ商会さんだ、捕縛しろっ!」


 完全に目が座っている。タチが悪そうな酔っぱらいだ。

 ベック少年が馬とティアを捨てて走っていく訳にはいかなかったので、まごまごしていると、アルマ商会さんの方から声をかけてきた。


「姫様、どうなされましたか? 大丈夫でしょうか?」


 馬の上でデローンとなっている私を見て心配してくださっているようだが、私は全然平気だ。

 アルマ商会さんから、お金を借りないといけない。


「ちょ、アルマさん、お金、お金貸して、そしてありったけの蜂蜜を買ってきて」


 アルマ商会さんがヤレヤレって顔をしている。


「いいですか、お嬢様、蜂蜜でワインに甘さを足すのは良いアイデアだと思います。ただ、蜂蜜は大変高価なのです、ですので蜂蜜で甘さが分かるぐらい入れてしまうと、今のヒューパのワインの力では、バランスがめちゃくちゃで大赤字になるのが見えています」


 あ、赤字になるだと、ぐぬぬぬ。

 しかたあるまい、蜂蜜購入は諦めようではないか、蜂蜜購入はあきらめるが、事業資金は何が何でも引っ張るしょぞん。


「あ、赤字になっちゃうのですね、ならばしょうがないですが、これからの事業資金が必要です、あの牙でいくら借りられますか?」


 アルマ商会さんの私を見ている目に光が入った。


「分かりました、それでは姫様のお顔の色が元に戻ったらお話することにしましょう」


 アルマ商会さんはさっさとその場から自分の宿に立ち去ってしまった。

 私はベック少年に向かって。


「急いで帰るわよ、さっきの蜂蜜はちょっと厳しいかもしれないけれど、硫黄とりんごは絶対に手に入れないとダメだからね」


「はあ、硫黄なら多分すぐ集まると思いますよ。お城にも予備の硫黄がツボに入ってましたから。それとりんごですが、ここにの街にもいっぱいあるのですぐ手に入ると思います」


 なにー、ならば急いで帰って、ワインに入れる酸化防止剤を作らないといけない。

 お城に着くとすぐにベック少年に硫黄をかき集めに行かせた。


 ワインの酸化防止剤は二酸化硫黄の事だ。

 硫黄を燃やすとS+O2=SO2二酸化硫黄ができる。

 この二酸化硫黄が、ワインの発酵を続けようとする酵母や、雑菌を殺してワイン作りで重要な役目を果たす。


 私は、硫黄を完全燃焼させるためにある人に頼むことにする。


 そうしてヒューパ城の執務室の扉の前に、顔を真赤にした酔っぱらい幼女が立っていた。

 コンコン。小さな手でノックをすると中から返事があった。


「誰か?」


 執務室から、訝しむ声が帰ってくる。


「ティアです。お父様の可愛いティアがやってまいりました」


……

「入りなさい」


 今、一瞬の間はなんだったんだ? まあいい、今は急いでいるので些細なことは無視だ。


「はいりまーす」


 扉を開けて中に入る。奥の机から覗くお父さんの顔が心なしか崩れているようだが、今私が用があるのはお父さんではない、ムンドーじいじだ。


「じいじーお願いがあるのー、すぐに終わるからちょっときて」


「え、あれ、お父さんに用があるんじゃないんかなあ?」


 お父さんの顔が焦っている、自分に用があると思っていたら違っていた事に少々ショックのようだ。

 だが繰り返すが、お父さんには用がない。


「お父さんは良いの、お仕事続けてて。ね、ムンドーじいじお願いです、ちょっとだけ精霊魔法の力を貸してほしいの」


 私が半分強引にムンドーじいじを引っ張って、執務室を出て行く。



 放おって置かれて憮然としているヒューパ男爵と一緒に残された騎士のカインは、大変気まずい思いをしながら書類に目を戻す。

 その時、ドアがまた開いてティアが中に飛び込んできた。


 二人があれ? ってなっているところ。


「お父さんちょっとしゃがんで、あのねあのね」


 突然ティアがヒューパ男爵のほっぺたにチューってして「お父さんお仕事頑張ってねー、またねー」と言って外に飛び出していった。

 賑やかな子だな……



 外に飛び出したティアは、ムンドーの手を引きながら、自分の作戦司令室(物置)へと向かった。


「よくやりました、ベック少年、よしよし」


 物置では、ベック少年が、腰袋にいっぱいにした硫黄を持って帰ってきていたので、背伸びをしながら頭を撫でながら褒めた。


「ねえ、ムンドーじいじ、今からワイン工房に行って、この硫黄に精霊魔法で火をつけて燃やし切って欲しいの」


 私は、後ろを振り返って、ムンドーじいじに硫黄の袋を差し出した。



 ワイン工房につくと、私は用意していたふいごと管をワイン樽の上から差し入れ、中に硫黄の燃やした二酸化硫黄を流し込むため、下で硫黄に火をつけてもらった。


「姫様、これは何をなさっているのですかな?」


 と言いつつも手伝ってくれて精霊魔法を唱えてくれた。

 硫黄の周りに小さな炎の精霊が勢いよく集まり、硫黄をシュパパパパーっと燃やしてしまった。


 酸化防止剤を樽に入れるのは、上手く行ったのでムンドーじいじにお礼を言って帰ってもらい、次のりんごを手に入れるミッションにとりかかる。



 ベック少年をお使いに出してりんごを取りに行かせたら、半べそかきながら帰ってきた。


「お嬢様、お金渡してくれないとりんごもらえませんー」



…お金の事を忘れてました。

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