ヒューパのお隣の事情

★帝歴2500年初冬 坑道 ベック少年


 今日、僕達が前から恐れていた事が起きた。

 村へホラの騎士が襲撃に来た。うちの村には、もう2度目の襲撃だ。

 前の時は、お金や魔石武器を渡して帰ってもらったけれど、今回は皆んなが山に逃げてきている。


 以前襲われたときは、僕も見ていた。その時の村長さんが大勢の前で切られて皆泣いてた。僕はとても怖かった覚えがある。


 今回、僕と親方は、運良く山の坑道にいて無事だったけれど、村から多くの人達が僕たちのいる坑道へ向かい、山道を歩いて上ってきている、大変な事になったらしい。

 この坑道は、前から村が襲われた時に最初に逃げ込むための避難場所にしてたので、大勢が詰め込むように坑道に入ってきた。


 この坑道の一部に少し広くなった部屋があり、そこを村の共同の食料庫に使っている。

 秋に村で収穫した日持ちがするリンゴを、温度が一定で湿度のある坑道の貯蔵庫として共同貯蔵していたので、皆んなで分けて食べれば、何日かは持つと思う。

 この坑道の出入り口の扉を、開け閉めするのをうるさく管理してた理由だ。



 逃げ込んできた顔を見て、僕と同い年のペイジィの姿が見えない事に気がつく。


 「誰かペイジィを見なかった? 」


 皆んな顔を伏せて教えてくれない。

 そして男所帯だった親方と僕のうちを何かと気にかけて、色々と世話をしてくれた優しいヤードバーおばさんの姿も見えない、こちらは足の不自由なお婆さんを抱えて逃げていた所を捕まったらしい。

 ヤードバーおばさんの事も、その後どうなったかは、誰も教えてくれなかった。



 坑道の外では、男達が自分達の武器を手に握っている。もしここを襲われたら女と子供だけでも逃す気だ。


 僕は、他の大人の男と一緒に戦う為に、ツルハシを持って外に立っている。


 うん、分かってる、僕にあの怖い人達を止めるのは多分無理。だけど、騎士が一回剣を振るぐらいの時間は稼げると思うよ、ほんの少し皆んなが逃げられる時間ができるはず。

 僕は、誇り高きドワーフの男だ。


 ピュイッ!


 道の奥で見張りをしていた男の人から、誰かが昇ってきたと合図が聞こえた。

 その場にいたドワーフ全員に緊張が走る。


 僕は平気だったが、腰が抜けて立てなくなってしまったので戦力外になる……とても残念だ。



 道から上がってきた馬に乗った人に見覚えがあった、ヒューパのお嬢さんと、ダークエルフのムンドーさんだ。

 僕は、慌てて立ち上がってツルハシを持ち直した。かっこ悪い所を見せられない。


 お嬢様達のその後ろに、もう二頭の馬がいる。馬の背中には2人の人が縛り付けられている。


 それを見た周りの大人達の雰囲気が変わり、皆んな厳しい目で睨んでいた。



★ 少し前、ファベル村 ティア


 私は目が醒めると、前にムンドーじいじがいた。

 意識がハッキリしてくると、痛みが全力で自己主張して、たまらない。

 さっき私が大暴れをしたのが原因らしい。

 特に胸の部分への痛みが酷い、さっき見ていた光景でよくは分からない物が胸に飛び込んできて、強烈な痛みが起きた。何かが刺さったままになっている感覚がする。

 私はムンドーじいじにお願いして抜いてもらおうとしたが、何も刺さってはいなかった。


 どうやらワイバーンを倒した事で、私にもプラーナ防御壁ができて、物理的に何も刺さらなかった代わりに、痛みが残ったらしい。


 とっても痛いよお、グスン。


 痛みに耐えながら、フフフこれから私の覇道が始まるのだな、と1人期待感を高めていたら、ムンドーじいじから。


「姫様、人には人の領分があるのです。どんなにダルマを手に入れても、人は素手では火炎熊に勝てるようにはならない。だから人はその知恵で戦う。人の分を知りなさい」


 怒られた……


 結局、経験値稼いでも限界はあるんだなあ……そう言えばどこかで同じ内容をきいたような……あ、ジョフ親方だ。親方とベック少年は無事なんだろうか?


 私がグダグダと考え事をしていると、ムンドーじいじが、先ほど捕まえた冒険者を尋問の準備をしている。私はまだ身体中が痛いので、タオスの背中に騎乗して眺めていた。

 冒険者は、右腕と左足に一本づつの矢を受けていて、重症のようだ。

ムンドーじいじによると、プラーナが枯渇していて、しばらくは身動きすら取れないだろうと言っている。

 ムンドーじいじは、冒険者から装備のベルトをナイフで切って全部外してしまった。残ったのは、汚れた上着とズボンだけだ。ブーツも拍車の代わりにスパイクが打ってあったので、脱がせて裸足になっている。

 装備のポーチの中を探ると、やはり冒険者らしく安物のポーションが入っていた。

 じいじは、その安物のポーションを気絶している冒険者に飲ませる。


 冒険者にポーションを飲ませて様子を見ていると、どうやら冒険者は回復をして意識を取り戻したようだが、手足に矢が刺さったままで自由には動けないらしい。


 じいじは、尋問の準備ができたので私に振り返って、「これからやる事は、姫様には見せたくないので、耳を塞いで少し横を向いていてもらえますか」と言われたが、この件は私も関係している、最後まで見届けるつもりだ。


「嫌です、最後まで見届けます。続けてください」


 ムンドーじいじは、驚いた顔で私を見ると、首を振って冒険者に向き直す。


「いいか、喋りたくなければ喋らなくていい。喋りたい気持ちになったら喋れ」


「ぺっ」


 冒険者は唾を吐きかけてきた。

 じいじは、無表情のまま冒険者の足首を掴んで、まだ燃えている家のところまで引きずっていく。

 炎の前でムンドーじいじが何かを唱えると、今まで小康状態になっていた火炎が激しく立ち上がった。

 私の所までその熱が伝わって熱い。私の身体が竦んでいるのが自分でも分かる。炎は苦手だ。


 冒険者は、これから何が起きるのか不安げな目でムンドーじいじを見ている。

 ムンドーじいじは、自分と家との中間に冒険者を無造作に投げた。


 身動きが取れない冒険者の体が、精霊魔法によって激しく燃え盛る炎で照り焼きにされる。


「ギャーアアアアアア、言う、喋らせてくれーーアエエエエエエ」


 凄い悲鳴だ。

 ムンドーじいじが何かを唱えると、火勢がおさまる。

 次にムンドーじいじは、自分の水筒を冒険者に振りかけながら何かを唱えると、冒険者の周りに水色の光が浮かんで悲鳴が止まった。


「言え」


 じいじの目がゾッとする程冷たい。


 トームは、騎士ライナーからの『喋るな』の命令を完全に無視して、少々アレンジした答えを喋る事にした。


「ホラだ、いえホラです、ホラの街から騎士のライナーの命令で来ました、命令されてやったのです。私達は必死に止めたのですが命令でしかたな……」


 ムンドーじいじは最後まで聞かず、冒険者の脚を掴んで、今度はまだ燃えている場所に片足が入るように投げ込んだ。


「ぎゃあああああ、すいません自分の取り分を稼ぐために積極的に来ました。すいません」


 じいじは、炎の中から冒険者を引きずり出して、また水筒から水をかけながら何かを唱えていた。


 その後は簡単だった、ホラの街からの襲撃は不良冒険者の間で出稼ぎと呼ばれていて、騎士ライナー以外のホラの騎士も出稼ぎを行っており、不良冒険者達は騎士と一緒に連れていってもらえるのを心待ちにしていたそうだ。

 襲った村の多くは、セト教の異端派が多く住む村であったり、亜人の多く住む村を狙っていた。

 理由は神の教えに逆らう者達なので、好きに扱っても良いからなのだそうだ。

 ホラの騎士達の多くは、他所の土地から来ているので、エウレカ公国の気風と違って『神の教え』が厳格ならしい。彼らは『神の教え』を口にしてから出稼ぎに出ていた。


 この世界では、宗派対立や、騎士の横暴がまかり通っているようだ。まるで中世ヨーロッパだ。こんな部分は、中世でなくてよかったのに。


 ムンドーじいじは、続けて尋問を行う。


 ホラの街では、数年前まで金鉱からの金の採掘量が多く、街は潤い色んな所から冒険者達にも収入源が有ったので、出稼ぎの回数も多くはなかったが、それなりには出稼ぎをしていた。

 その頃は、ヒューパ以外の他領へも出稼ぎに出ていてたのに、ここ1年か2年の間は、ほぼヒューパの村々がターゲットになって回数も増えている。

 この冒険者も、ファベル村に来たのは2回目だと言っている。


 どうやら今のホラの街は、収入源が食料輸出だけになっており、騎士達も生活が大変ならしい。

 そして資源が豊富なヒューパが、意図的に狙われているようだ。



 話の中に、一つ気になる証言があった。

 私がホラの街から脱出する際、ムンドーじいじ以外のヒューパの騎士が一緒に付いてきたら、それも一つの成功として評価される。私を攫う事ができなくても、誰か分からないが、お金を出してくれる人がいると言っていた。


 気味が悪い。

 私だけが今回の対象になっていたと思っていたのに、どうやらお父さんへも何かの企みが動いていたようなのだ。


 ……王様がわざわざこんな辺境近くまでやって来ていたのはこれか。


 偶然近くに来ていたとは言っていたが、直接探索にきていたのだろう。

 例え、1男爵に過ぎなくても、領地を持つ領主は、独立勢力として地方に君臨している。中央集権の国のようには、コントロールが効かないようだ。


 うちヒューパとホラは、戦争が起きてもおかしくない程の緊張関係だったんだ。

 そこに私のワイバーン騒ぎが起きて、このザマなのか。

 もし戦争になったらどうなるんだろう?

 戦力的には、ホラはお金持ちだったので、抱えてる騎士の数がうちより多いし冒険者を傭兵として雇うだろう。もし戦争になったら貧乏なうちは絶望的だな…うちは木のお城で、あっちは石のお城で堀も深いし。


 私の置かれている状況が見えてきて、なかなかのハードモードぶりを自覚していた頃、ムンドーじいじは尋問を終えていた。

この冒険者からはもう他の事は引き出せそうにない。



 冒険者は、「ちゃんと喋ったんだ、お願いだ殺さないでくれ」と言ってる。

 ムンドーじいじは冷たい目で冒険者を見て何かを考えているようだ。


「…分かった、俺は・・殺さない」


 ムンドーじいじはこの冒険者ともう1人の冒険者を彼らが乗ってきた馬に縛り付け、ファベル村の住人達が逃げた場所を探して足跡を追った。


 移動中のこの道に見覚えがある。

 私が最初にジョフ親方とベック少年と一緒に、ファベル村に来た道だ。



 しばらく進むとファベル村の人達が避難していた坑道に着いた。

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