精霊
私とムンドーじいじは、予定通り渡し舟でクルツァ川を渡り、近くの村を通る道を進む。途中の村までの道のりは、人が雪を踏み固めていて通りやすい。
道を行く途中、ムンドーじいじが例の緑色の風を飛ばしている。
昨日見ていたより、クッキリと見えている気がするのだけれども、何故だろう?
薄い光で色ははっきりしている訳ではないのに緑色と分かる。
時折私の周りをクルクル回って、私の黒く艶々した髪の毛を巻き上げていたずらをしてくる。
私は悪い子ではないはずなのにおかしい。
いたずらをされて手で払っていると、その様子を見ていたムンドーじいじが嬉しそうに私の頭を撫でて、髪の毛を元に戻してくれた。
山道に入る前ぐらいに、ムンドーじいじへこれは何をしているのかを聞いてみると、風の精霊魔法で周りの危険を探っていると教えてもらった。
風の精霊魔法は他の魔法と違って、遠距離魔法が放てるらしく、この魔法で精霊を飛ばして周りの危険を探っているそうだ。
レーダーみたい。
じいじに教えてもらった後、その精霊の動きをどこまで見れるのか目で追っていると、木陰の向こう側に入って見えなくなったはずなのに、その光がチラッチラと見える。
魔法ってのは不思議だな。
山道に入ると雪の軽く積もった道をしばらく進む。
するとムンドーじいじは、さっきの風魔法を放った後、少し険しい顔になった。そのまま立ち止まってまた何かを唱える、今度は水色の光が周りを包んだ
この時、私もムンドーじいじが放った緑色の精霊が、森の奥の方に進んだのを目で追っていたら、突然その光が砕け散るように消えていた。
何かがあったのだろうか?
ムンドーじいじが水色の光で周りを包んだ後そのまま進んだので、何かの危険は避けることができたらしい。
少し進んで水色の光が消えた後、私はムンドーじいじにさっき砕け散った精霊の事を聞く。
「ねえ、ムンドーじいじ、さっきの風の精霊が砕けたみたいだけど、精霊は死んじゃったの? 私たちのせいで可哀想な事をしちゃった?」
じいじは私の頭を撫でながら。
「精霊は死なない、さっきのはあの辺りに魔獣がいて精霊を食べた。だから消えたように見えたかもしれないが形を変えただけだ、精霊は魔獣の命を通って森に帰る。だから何も悲しまなくても良い」
「そうなんだ、良かった」
私の事をさっきまで悪戯していた精霊が消えてしまった事に、少しショックを受けていた。そりゃそうだ、悪戯をするぐらいの意識がある生き物が突然目の前で死んじゃったのかと思うと、心臓がドキドキする。
でも、ムンドーじいじの説明を受けて、精霊とは、私の思っているようなペットとかの小動物とは違って、もう少し別の価値観で存在するものなのだと理解した。
しばらく山を登ると、頂上の稜線に出た。
そこから見えるのは、美しい景色だ。山々は連なり白く雪化粧をしている。下に見える森の木々の上には、雪が被さって太陽の光を受けるとキラキラ輝いてる。
あっちに見える湖には、水鳥が多く浮かんでいる。
「美しい」
ちゃんとこの世界には、自然があり、生命に溢れているんだ。何だか変な感動をしてしまった。
感動しながら下の景色を眺めていると、離れた森の一部が歪んで見えた。
突然私の周りにいた緑色の光がざわつきだす。
すると歪んで見えた部分の木々が突然倒れて、何かの動物の上半身が見える。
……あれは私も持っていたテディベアのぬいぐるみと同じお耳。
熊さんだね……大きい、冗談じゃないぐらい大きい。背中の毛が赤色に立髪になっている。身長は10m近くあるんじゃないのかってぐらい大きい。建物の三階ぐらいの高さだ。
その熊さんが何か大きい動物を咥えていた。……別の熊さんだ、血まみれでプラーンとなってる。こちらも大きくて3m近くあるんじゃないのかな? 私は、口を開けてパクパクしながら見ていた。
大自然凄いねえ……さっきカッコよく美しいとか言ってるんじゃなかった、怖いよここ、あんな化け物もいるって開拓民の生活はハードモードすぎるよ。
ムンドーじいじに急いで指差して教えようとすると、じいじもそっちを見ていた。
「姫様お静かに、あれは火炎熊、とても危険な魔獣てす」
あれは火炎熊だと教えてくれる。とても危険な魔獣らしい。うん、見れば分かる。
距離もあるし風下側だから大丈夫だろうと放置して、ヒューパ領内側のファベル村へと下りていく。
★ 街道
私達は山道を下りて、ファベルの村へと行く街道へ出る。
下の道に降りる手前で、緑色の風を放ったムンドーじいじの動きが止まった。
私達はゆっくりと下の道にへと下りていく。まるで獣が獲物を探るように慎重だ。
何かあったのだろうか、私も自然と黙り込む。
下の道に出ると、雪の乗った道には、真新しい馬の足跡がある。
昨日私達が通った跡とは別の人がここを馬で通ったんだ。
幾つかの足跡があるが、新しい物は村とは逆方向に足跡が残っている。
ムンドーじいじは馬から下りて、自分の槍をタオスの荷物から降ろして、下の足跡の上へ槍を置き、しゃがみ込んで何かを見ている。
足跡の間隔を測っているようだ。
測り終えたのか、立ち上がったムンドーじいじは、村の方向を見て。
「午前中に6頭の馬がファベルへ向かった。そして一時間ぐらい前にここを通って帰っていった。一頭の馬は大きく重量のある装備をしている…騎士か」
じいじは時々、山での狩りの話しをしてくれる。じいじの普段の仕事は、狩猟番だ。山に入ると、獲物の痕跡を頼りに、何日もかけて追跡をして狩っている。以前じいじに教わった話しでは、山で狩りをする時の技術を使えば、色々な物が見えると言う。
じいじの狩猟技術の目で見れば、足跡の土の乾き具合から、いつそこを獲物が通ったかが分かり、足跡を測ると歩幅の間隔でそこを通った個体が識別できて、何頭がこの道を通っているのかまで分かるらしい。
……私達は、道を急いだ。
ファベルの村へと近づいた時、森の向こうから煙がいくつも上がっているのが見えていた。
★ファベルの村 ティア
私達がファベルの村に着くと、何軒もの家が燃えいている最中だった。
見ると村の道には、何人かのドワーフが倒れている。
倒れている中に、見た事のある背丈の少年のドワーフを見つけて、心臓が激しく脈打つ。
急いで駆け寄って顔を横に動かして確認した。
「違う、よかっ……いや、ゴメンナサイ人違いでした」
私は、手を合わせて頭をさげる。そして静かに周りを見渡す。
ムンドーじいじが倒れている中に、まだ息のあるドワーフはいないか走って探してる。
私は倒れていた人の中に見覚えのある人を見つける。私が馬のタオスに頭をカプッとやられた時、お湯と布を貸してくれたオバさんだった。
ムンドーじいじは、倒れていたドワーフ達を集めていた。
全部で5人、子供が二人と女の大人のドワーフ。
剣の跡と弓矢が刺さった遺体もある。
ムンドーじいじが口を開く。
「おかしい、人数が少なすぎる、姫様はタオスに乗ったままこの場から動かないでください。タオス、何かあれば姫様を乗せて走って逃げろ」
「ブヒヒン」
★ファベルの村・山手側 ムンドー
ムンドーは、タオスの後ろから弓と矢筒を持って、家から出ている炎を避けながら村の奥に進んでいく。
村の反対側まで来たムンドーは、周辺を確認した。すると、山に向かって多くの足跡が残っている。
他の住人は山に逃げたのだろう。
村人達を確認しにいかないといけない。ムンドーは足跡を見て考えていた。
★ファベルの村・広場 ティア
一人残された私は怒りで頭の芯が痺れていて、ムンドーじいじの言葉がどこか他の世界で鳴っているように聴こえていた。
何故だ!
仕返しをするのなら私を捕まえてワタシにすればいいだろう、何故私ではなくこの村の人達を襲ったんだっ!
怒りのせいで視界が暗くなっていく、代わりに周りを色々な光が浮かび、渦を巻いている。
何が起きているのか私には理解できなかった。どこかで誰かが、私を止めようと必死に叫んでいるような気がしていたが、今の私は怒りの感情に身を委ねている。
何かを感じて村の入り口の方向を見る。すると村の外から何か良くない光が近づいてくるのが見えている。
二つだ。
後ろを振り返る。ムンドーじいじは、村の入り口とは反対側にいる。炎を上げて燃え盛る建物の向こう越しに、じいじの色の光が瞬くのが見えた。
外から近づいてくる物にムンドーじいじも気がついたようだ。老人なのに凄いスピードで走ってこちらに来ようとしている。
私は、村の入り口から近づいてくる良くない光に向かって、タオスの馬首を向け横腹を蹴る。
馬で駆け出した私の目に何かが見えた。数歩先を行く、私を乗せたタオスの影が見えている。
続いて、正面の良くない光から矢のような影が放たれ、放物線を描いて、数歩先を行く私の胸に吸い込まれるイメージが見えた。
影は線になって空間に残っている。
少し遅れて、今見た影と同じ軌道を通って、薄く水色の光を帯びた矢が飛んできた。
そしてそれは私の胸にぶつかり、今度は凄まじい痛みが小さな胸から背中までを貫いていた。
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