番外編 死

生きてるものはみんな死ぬ。

だから死んでしまうのは仕方ないことだ。

なんてよく聞くセリフ。


仲間の死に直面するまではまあそうねって流すだけで、さして考えることもなかった。


だって、私自身生きている者ではあれど他の種族とは違って寿命というものが存在しなかったし周りの大人や友達だってみんなそうだから

全然想像もつかなかった。



なのにそれは突然に私の目の前に現れた





「え?あの子が?……」


仲間との旅を終え色々なところを放浪している時だった。

仲間の一人が、仲間である人間の少女が体調をくずしたと伝えにきた。


私はその時その子がいるところからずっと離れた場所にいたから、もう少し後にいこう、なんて考えた。

わざわざあんな遠くまで行くなんてめんどくさいわ、なんて言ってた気がする。


結局のところ私は死を理解できていなかったんだと思う。

だから体調をくずしたと聞いてもなんだかピンとこなかったし

なによりその子が全種族のなかで最も寿命の短い人間でそしてもう年寄りになっていたことに気がつかなかった。



寿命のない私の時間感覚は狂っているのだと感じ始めたのもその頃からだった。




そして暫くすると私は悠々とその子の家へやってきた。


「入るわよ」

そう言って戸をあける。

「いる?」

なんの返事もないのでそう問いかけると

「ええ……」

というとても弱々しい声が聞こえてきた。

私は慌ててその声の方へと向かう。



「……いらっしゃい、セレナ……」

そういうそいつは、私が知ってるそいつとは大違いでしわくちゃで細くて弱々しくて今にも倒れてしまいそうだった。



私は信じられない思いで呆然とそいつを見つめた。


「ど、どうしたのよ、あんた……」


「……どうしたって……」

そこまでいったところでケホケホと咳き込むそいつに慌てて駆け寄りその背中を撫でるとまたも驚いてしまう私。


細くて力無くてガリガリでーー。

私はとても怖くなった。


「ごめんね」

そういって微笑む。


そいつのその微笑みは昔となんら変わっていない。

なんだかそれが嬉しいような切ないようなそんな気持ちで私は何度もそいつの背中をさすった。

まるで強くなるように、と念をかけるように。




そしてそれから私はそいつの家に住み込みそいつの世話をしてやることにした。

それまでも他の仲間が付いていてあげたみたいだったけど、何もやることがない私がやることにした。



そいつは私のいかにも不味そうな健康食材をすべてぶち込んだスープをいつも美味しい美味しいといって飲んでいた。

たまに一緒に外に出るとそこらに咲く花一つ一つに嬉しそうに目を細めていた。


そいつは一日のほとんどは寝て過ごしていて、私はその間、必ずそばにいて本を読んだり爪を磨いたりしていた。



疲れる日もあるにはあったけれど、一日の最後に必ず微笑んで「ありがとう」というものだからそれで疲れも吹っ飛んでいた。



そして一日の終わりの時には二人でその日のことを話す。

新しい花が咲いてたわね。とか、今日は沢山食べれたわね。とか。

最もそいつは言葉を喋ることもままならなくなりつつあって、ほとんど微笑んで頷いているだけだったけれど。

それでもその時間が大切だった。あたたかかった。


死なんてわからなかったからずっとこうしていられる気すらあった。







ある日。

そいつの体調はいつも通りで、なんだかはじめの頃よりも快調に向かっている気すらした。

「さ、今日も1日の始まりよ」

そういってカーテンを開けるとそいつはひどく朗らかに微笑む。

「ありがとう、セレナ」

そういって。



その日はやけに言葉を発する回数が多かった。

そしてかならず「ありがとう」というのだった。

でも多かったといっても二言三言程度でさして普段と違いがあったわけではない。


夕刻。

私はそいつがいる部屋の隣で古文書を読み解いていた。

ふーん、ここがこうなってそうなるわけ。

なんて色々考えながらその古文書を読み終えるとちらりとそいつのいる部屋をのぞく。

「今ご飯つくるからまってなさい」

そういって

「ん」

するといつものように短い返事が返ってくる。

私はそのことにすこし微笑みながら台所へいきいつものスープを作った。


「ほら、できたわよ。今日のはちょっとぬるくしすぎたかもね。でもまあ、冷たくはないから大丈夫なはずよ」


そいつのベッドの隣の丸椅子に座ると出来立てのスープを一旦近くのテーブルにおく私。


「ほら、起き上がって」

そういって布団を引っさげ、背中の下に手を入れる。


「え?……」


いつもとは違う、違和感を感じとって固まる私。

そういえばこいつ、さっきから瞬きをしていない?……

でも、目は半分あいてる。

けど、体は冷たい。

でも、こんなにも、生きている。

けど、それは見間違い?そんな風に見えるだけ?




私はずっとわからなかったその答えにたどり着きそうになって、その手前で立ち止まった。

嫌だ。そんなはずない。そんなはずはない。だって、こんなにも生きているようにしか見えないのに?

でも、体はつめたい……


私は訳が分からなくなった。



幼い頃里を滅ぼされた時とは全然違う。



あの時は訳もわからずに自分の大切な人が他者の身勝手な理由で殺されていくのを何もできずに見つめていた。そして沢山の同胞を失った。生まれたのはおさえようのない憎しみと怒りと行き場のない悲しみと寂しさだった。


今回は自分の大切な人が自分の気づかぬ間に眠るように息をひきとった。そして私はそれを信じられずにいる。生まれたのは強い悲しみと後悔の念だけだ。



これが死なの?……



私はもうどうすればよいのかもわからず、

すぐ戻ると声をかけそして他の仲間の元へと飛んだ。



それからすぐにその子の葬儀が行われた。

葬儀なんて生まれて初めてだった。


そいつの周りに花でも散らすのだろうか。

そう思っていたら男どもがそいつを抱え上げ庭へと連れていった。


一体何をするのかわからずにいれば、人一人入れそうなほどの穴を掘り、そこにそっとそいつを下ろした。


「なっ!あんたら何やってんのよ!」

私は思わず叫んだ。

だってこんなにもまだ生きてるんだもの。

目に焼き付いて離れないんだもの。

そいつがそうやって寝てる姿を何回もみているんだもの



「セレナ……」


大嫌いなエルフの姫がご丁寧にも説明してくれた。

こうして土に埋めるとそのうちその人の肉体は土に帰るのだと。

そしてその魂は生まれ変わってまた新しい人となって生まれてくるのだと。

それが世の理なのだと。



そう聞かされて一時は納得した私だけれど、そいつにガサガサと土が被せられていくのを見ていると耐えられなくなった。

あいつは、まだ生きているはずなのにーー。


そう思いながらも心の奥底ではちゃんと、そいつが死んだんだって、わかっていた。







葬儀やらなんやらが終わると、私は一人、丸椅子に座ってそいつがいたはずのその場所を見ていた。




ホロリと涙がこぼれた。


ごめんね。私、あんなまずいスープばっか作って。あんた絶対無理してたよね。


ボロボロボロボロと止まらない涙。

視界がぼやけ鼻が出て、私はズルズルと品のない音を立てながら、そいつがいたはずのその場所に倒れこんだ。



あんた、ずるいよ。

あんな笑顔でありがとう、なんて。

救えなかったことが余計にーー。





ひとしきり泣くと私はヨロヨロしながら外に出た。

そいつが埋められたその場所には沢山の花が添えられている。


そしてそこから少し視線をずらすとーー。


「花……」

私はひどくヨロヨロしながらその花へと駆け寄った。

あいつは花が好きだった。

皮肉な。あいつが亡くなった日にあいつがまだ見たことないような花が咲くなんて。



濃い紫色をしたその花は一輪だけポツンと咲いているのになぜかとても強く感じる。



「それ、しばしの憩い、また会う日までって意味の花なんだって」


その声に振り返れば仲間がみんな勢揃いして穏やかな笑みを浮かべてたっていた。


「なによ……もう……ほんと……」


私は涙をつよく拭うとニィッと笑って見せた。


「んなこと知ってるっつうの」

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