第49話 決闘に向けて

「えへへ。こんなに沢山もらっちゃっていいの?」


「ええ。いいのよ。どんどん食べて」


「ありがとう!じゃあ、早速」

そういって美味しそうなパイを口いっぱいに頬張る私。


ここら辺でとれる木の実で作られてるらしいから食べたことのない味だ。


「んー。なんだか苦いねえ、これ」


知らない味だから余計かなあ。あまり美味しいと感じられない。


「うそっ!これでも洗脳されないっていうの?」


「ん?どういうこと?」


「な、なんでもないわ。ほら、喉渇くでしょ?お茶かなにか持って来るわね」

なんていって去っていく妖精さんにポカンとする私。


なんなんだろう。

どの妖精さんも「洗脳」だとか「決闘」だとか言っているけれど。

まあいいか。

結局いつもそこにたどり着く。どれだけ考えても分からないんだもん。気にしない方がいい。




そんなことを思う私は今、「おっとり系」の派閥だというイフィリン組の大木の中にいる。

中は案外広く、人間が七人くらいは入れそうな大きさだ。

それに加え、地下もあるようで先程から何度も妖精さんたちが地下に続く穴に入っていくのを見た。


内装としては壁は綺麗に丸く削られていて地面には藁のようなカサカサした乾燥した草があるくらいの小ざっぱりとしたシンプルな作りとなっている。


「このままじゃ、らちがあかないわ。決闘は3日後。それまでにあなたを最強のイケメンにします」

そういうのはここの中で一番偉い人、イフィリン。


全体的にオレンジを主とした色合いの妖精さんで大きさは人差し指サイズのとても可愛らしい。

そんな妖精さんを見つめながら「それってどういう意味なの?」なんてたずねようとした時だった。


ーー聞こえますかーー



どこかから頭に響くように声が聞こえて来る。

優しく穏やかなこの声音……。

どこかで聞いたことがあるような……。


そう考え込んでからやがてハッとして

そうだ、この声は導き手の女の人のものだ、と思い出す私。


セレナの里で伝説の剣(今集めてる玉をはめるもの。玉を集めれば剣は本来の力を取り戻して私は家族を救えるようになる)を手にした時私の目の前に現れた綺麗な光の女の人。



その人の声がした。



私は慌てて自分の脳髄に神経を集中させる。




ーー我が故郷に立ち寄った時も声をかけたのですよーー




「あ、えっと、ごめんなさい」

その人はひどく悲しそうにそういうから私は慌てて謝る。


けれど、女の人の故郷って一体どこのことだろう。

考えてみてもわかりそうにないなあ。


「謝ってる暇などないわ。はやく、いまから散髪するからあちらへ移動するわよ。それから身なりも整えて……」

私の言葉にそう答えるイフィリンだけど私の言葉は女の人に向けたものだ。


なんだかチグハグだけれどそのことについて言及する暇もない。

というのも女の人はひどく急いでいるようだから。

なんで急いでいるかはよくわからないんだけれど。


ーー魔王よーー



そう呼びかけられて以前ヘンゼル(というよりかはヘンゼルの中に住まってた人)に

「お会いしとうございました、魔王様!」と何度も呼びかけられたことを思い出す。


みんな、なんで私のことを「魔王」と呼ぶのだろう。

まだ「魔王の子孫」というのならわかる。けれどこれじゃあ、まるで私本人が魔王みたいな言い草だ。

私はただ魔王の血がはいっているだけなのに。


なんて私の心境なんてつゆ知らずその人は続けてこういう


ーー私は私のからだをみつけた。だから、そこへ戻るわ。いずれまた愛しいあなたの元へーー




「えっ、ちょっと待って!体って何?一体誰のこと?それに」


「なにいってるの、あなたの体に決まってるでしょう。あなたの体をもう少しやわらかみのあるものに」


「イフィリンは少し黙ってて!」


私は珍しく怒声をあげた。

それくらいに焦っていた。

理解できないような話をされた上その人がいきなり私の元を去るといいだした。

それにその人は完全に私じゃない人を見ているようで……。



私は何故だかひどく不安になった。

普段ならまあいいやとなるのに、このことに関してはなんだか不安で仕方ない。




何故みんな私のことを「魔王」と呼ぶのーー?

そう考え出したら心が一気に冷え込んでいくようだった。




やがてハッとして顔を上げる私。


「ご、ごめんなさい。私、つい」


そう謝るとイフィリンやその周囲にいる妖精たちはシーンとなる。

うう……。

みんな、怒ってるよね……。

こんな、いきなり怒鳴られたら……。

そう思ってもう一度頭を下げようとする。

けれどそうする前に突如として鼓膜が破けるような悲鳴があがる。

私は一体何事かと思って下げかけていた頭をバッと上に上げる。

するとそこには嬉しそうにガッツポーズする妖精さんとそれとは逆に落胆したように俯く妖精さんとがいた。

それは大体半々くらいで反応がはっきりと別れている。

私は訳がわからずに目の前のイフィリンに目をやる。


「あ、あの、イフィリン、これって」


「いい!!」


「え?……」


ふいに発せられたイフィリンの言葉がよく理解できずに固まる私。


そんな私など他所よそに興奮したようにハアハアしだすイフィリン。

私はただただ戸惑うばかりだ。


「おっとり系の男の子が本気で怒る瞬間とかやばいよ」


「きゃ〜っ!キュンキュンするぅ!あんな優しい瞳をしてるのに不意に感情を丸出しにして顰められた瞳とか……。好……き」


そんな声が不意に耳にはいってきて驚く私。


「えっと、それがイケメンってこと……なの?……」


自分自身に問うようにそういうとイフィリンがブンブンと縦に首を振る。


「あったりまえよ!それこそが至高のイケメン!」


「そ、そうなんだ……」


そう呟いてから暫くして、その興奮した声たちに隠れて聞こえていなかった悲しみに包まれた声の数々が耳にはいってくる。

喜んでいる子たちとは反対に落胆していた子たちの声だ。


「……せっかく最高のおっとりした優しい子が見つかったと思ったのにぃ……」


「イフィリン様はああだけど、私おっとりしてる子がいきなりキレるの嫌いなんだけど」

なんてそんな言葉の数々。


「ええと……嫌な子もいたみたい?……」


語尾に疑問符がついてしまったのはこの状況にいまいちついていくことができないからだ。


みんな、私が唐突に怒ったことに対して何か感情を抱いている、というよりかは、その状況が好きか嫌いかってこと……なのかな?

結局わけがわからないよ……。

なんて思っていたら、イフィリンがその小さな小さな手で私の手にそっと触れてくる。


「あなたの成長するべき方向性が確定したわ」


「……はあ」


「待ってください!イフィリン様!」


そんな時どこかから声が上がる。

見てみれば確か最前列で落胆していた子だ。


「なに。どうかしたの」


イフィリンは表向きは普通にしているけれどその声音はとても冷たいものだ。


「私、前々から思っていたのですが、イフィリン様のその策には賛成しかねます」


「……私はまだなにも言っていないのだけれど?」


「言わなくてもわかります。それに、イフィリン様自身気づいているでしょう?私達が本当に同じものを目指しているわけではないと」


睨み合うイフィリンとその子、双方を見やって私は余計に訳がわからなくなってくる。


どこかに行くなどといいだした導き手の女の人のこともあって、私の体はもう疲労感でいっぱいだった。


だから、その疲労感は時を置かずして眠気へと変化し、私は気づかぬ間に眠りについていた。

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