第39話 隠れん坊

「寝不足……って顔だっわねえ」

「…………」

「大丈夫よ。こいつの自業自得だから。昨日の夜イチャコライチャコラしてたのよ。ところで今日はいくつ生まれたの?」

「ぱ、ぱぴりっ?!なっ、なんの話だっわね!このエッチ!だっわね!!」

「ぱぴり……?」

「ははっ。ごめんなさあい。わざとじゃないんだけどお」

「おい、ふざけるのもいい加減にしろよ」

「だってからかいがいがあるんだもの。」

そんなやりとりをするセレナとタグを見て微笑みながらピンリィの方を見やる。

「ピンリィ、泊めてくれてありがとね」

「べ、別に、だっわね。またくるだっわね」

「うん!また来るね。じゃあね」

「さいならだっわね。ところで、これからどこにいくんだっわね」

「銀の」

「あーっ!あんなところに熊人間がいるー!行きましょ、ベジ」

「え?あ、」

しゃべっている途中でセレナに腕を掴まれ、引きづられる形で宿から出る私。


「どうしたの?セレナ」

「そこは隠された場所よ。坊やの見解だと聖獣が守ってるなんても言われてる。もしかしたらあいつらがそうかもわからない」

「あの人が?……」

不思議そうにそうつぶやくグレーテルにセレナは

「まあだし。ありえないと思うけどね」

という。


「なあに話してるだっわね」

その声にハッと振り返ると明らかに怒った様子のピンリィがすぐそこに仁王立ちしていた。


「話してる途中だっわね。ほんと失礼なやつだっわね」

「はいはい、ごめんなさいね」

適当にそう返すセレナとそれにギリギリとくちばしを擦らせるピンリィ。


そんな睨み合う二人の間に割って入る私。


「すこしピンリィと2人でお話ししたいんだ。いいかな?」


みんなが一緒でもいいんだけど、セレナとピンリィがすぐにケンカしちゃいそうで……。


「わかったよ。ここで待ってるから2人で話してきて」

私の意図を汲んでくれたのか真っ先にそういうタグ。

それからタグの隣でうんうんと頷くグレーテル。

「まあ……」

そういってから意味ありげな視線をチラリとこちらによこすとピンリィから離れるセレナ。

銀の里のことは言わないようにってことかな。

「そういうことならどうぞ」

そういうとピンリィから顔を背けるようにプイッとよそを向くセレナ。


そんなセレナの態度に先ほどよりも激しくくちばしをギリギリとすり合わせるピンリィ。

私はそんなピンリィをひきづるようにしてみんなから少し離れたところにいく。


「ピンリィ、私たちはねこれから……」

セレナ、ごめんね。

私はピンリィのこと騙したくないしピンリィは悪い人じゃないと思う。だから……。

「隠された銀の里に行くの」

「…………」

黙りこくるピンリィ。

しかし暫くすると放心状態から立ち直ったように胸元からメモ用紙とペンをとりだす。

ピンリィは迷うことなくそのメモ用紙にペンを滑らせる。

一体何を書いてるんだろう?


「……」

何も言わずにそのメモ用紙を私に押し付けるピンリィ。


「それをこの道のずっと先の煙がでている家の主に渡すだっわね。まあ、行けばわかるだっわね」


意図がよくわからないけれど、少なくともピンリィが悪意を持っているわけではなさそう。なんだかホッとして笑みを浮かべなから

「ありがとう、ピンリィ」

という。


するとピンリィは少しもじもじしながら今度は腕の羽の中から一通の手紙をとりだして手渡してくる。


「これは?」

「内緒だっわね。あとから一人で読んでほしいだっわね」

「わかった!じゃあね、ピンリィ」

そういって微笑むと手を振ってみんなのもとへ駆ける私。


そんな私にピンリィも大きく手を振り返してくれた。


「みんな、お待たせ」

「おかえりベジ」

「おかえりなさい」

「あのことは言わなかったわよね?」

「あはは……実はそれが……」

そういって私は自分でもわかるくらいの苦笑いを浮かべて見せた。









「で、ここがその家、と」

そういって例の煙突から煙がモクモクとわきでている大きなお家を見上げるセレナはもう特段怒っているようには感じられない。


よかった……。

ずっと怒ってたらどうしようかと。


「それにしてもこの村の人たちはみんな変わってるよね」

一切包み隠さずズバッとそういうタグにグレーテルは少し苦笑いにも近い笑みを浮かべて

「そうですね。鳥と人間のハーフらしき人だってみんなピンリィさんとは違う感じでしたし……」

そう、この村にいる人は皆一様に違う姿形をしていた。

ピンリィは顔と体の一部が鳥だったけれど、中には上半身だけ鳥で下半身が人間の人とかその逆に上半身だけ人間で下半身は鳥の人とか、声や頭だけ鳥の人など鳥と人間のハーフにしても沢山の種類の人がいたのだ。


この村に住まう人に共通点があるとすればそれは皆必ずなにかの動物と人間のハーフだということだろう。


「とりあえず中に入ってみようよ」

そういうと気づけば握りしめていたピンリィからのメモ用紙の存在を改めて確認する私。


「そうね。とりあえず入ってみましょ」







チャイムらしきものはなにもなく、扉を二回叩いてからなんだか泥棒さんのような気持ちでひっそりとその建物の中へ入る私たち。


外観は特に特徴がないただ大きくて煙突からモクモクと煙がでつづけているお家だった。


だから中では暖炉がパチパチと燃えているようなあたたかな空間が広がっているのかなと予想をつけてたんだけれど……。


実際に扉を開けてみると、そこに広がっていたのは暗闇。

……といってもセレナがいた白い屋敷ほどの暗闇じゃない。あそこは一寸の光もささない生粋の闇だったけれどここは単に明かりがなくて暗いだけみたい。


それにしても……。


「誰もいないみたい……ですよね」

そうつぶやくグレーテルに頷く。

気配どころか人が住んでいる様子すら感じられない。


「とりあえず中うろついてみましょうよ。ほら、あそこの半開きの扉。光が漏れてるわよ」

そういってセレナが指差す先にはわずかに扉が開き少しだけ光が漏れ出ている場所がある。


「ほんとだ!いってみよう!」

そういって私たちはそこへ向かった。







ギィィ……。


そんな音をたてて開く扉。

暗闇に目が慣れてたのもあって、溢れてくる光がとても眩しく感じられる。


「あの……すみません」

なんていいながら扉を押しあけるとそこにはゾッとしてしまうような光景が広がっていた。


部屋の中には一階と二階がある。二階は少し広い廊下のような幅で部屋を取り囲むようになっていて、近くにあるハシゴで登れるようになっているらしい。


そして一階にあるのは……。


「あれ……人……だよね……」

「あっちは死んだ動物?……」

そうつぶやくタグとグレーテルの声音からは恐怖が滲みでている。


無造作に置かれた水のような液体で満たされたガラスケースの中には生きているのか定かじゃない人間や熊、鳥、蛇、鹿など沢山の動物がいれられている。


床には気味の悪い色をした液体があちこちにこぼれているし、部屋の隅っこにはなにかの文書が山積みになっている。


見たこともないような器具も沢山散らばっている。


「あらあら。なるほどね。そういうこと」

どこか納得したように隣でそういうセレナ。

私は訳が分からずにそのゾッとするような光景から目が離せずにいる。


すると……。


「ひーっひひひーひひひひひ!!」


どこかから不気味な笑い声が聞こえてくる。

ドクドクと脈打つ心拍の音を感じながらハッとして辺りを見回す私。


「ひっひひ!やっと完成したっ!私の可愛い実験体1025号」


「……ラナ以上ね」


ポツリとそうつぶやくセレナに恐怖で声も出ない私は心の中で同意する。


「あれ?1080号だったかしら?まあいいわ。そんなのどーだって。ひっひひ。ひひ。ひひ」


その人は私たちの存在に一切気づいていないようだ。

手の中のピンリィからのメモがいよいよくしゃくしゃになる。


勇気を、ださなくちゃ。


「あの!すみません!!」

「ひ……ひひ……ひ?誰かいるの?」

途端低くなる声音に体が震えそうになる。

だけど私はその感情を全て心の奥底へと押し込んで言葉を続ける。

「私、あなたに用があって来ました。見てもらいたいものがあるんです。」

ガタガタッとどこかで誰かが動く音がして、

「何よ」

そんな声とともに二階部分から顔をだしてこちらを見やるその人。


黄土色の髪の毛は無造作にボサボサとはね、ズレた丸メガネの奥からは鋭い青の瞳がこちらを見つめてくる。

心の内側までも見通してくるようなその視線にゾワッと鳥肌がたつ。


着ているのはあちこちに色とりどりの染みがついている白衣で、全体的に男性が女性か判別に困るような中性的な人だった。

ただ声音からして女の人なのだろうと思う。


「これを見てください」

ピンリィからもらった、もうくしゃくしゃのメモ用紙をその人に見えるよう掲げてみせる。


するとその人は何も言わずにその二階部分から飛び降りる。


見た感じかなり高そうだったけどケガとかしないのかな。これが日常茶飯事なのかな。

なんて思っているとその人がこちらへスタスタと歩いてきて私の手からそのメモ用紙を取り上げる。


片方の手を白衣のポケットに突っ込みながらジロリとした視線でメモ用紙の文字に目を通していくその人。


心拍の音がいよいよはやまって心臓が破裂しそうなくらいに苦しくなる。

その人の第一声を恐れながらも望んでいたその時。


「……ふーん。508号がねえ……」

そういってメモ用紙から顔をあげ私の顔をまじまじと覗き込んでくるその人。


「あの……」

「508号は素材は良かったけど私の配合ミスでお釈迦になった子だからねえ。まだ感情が残ってるとは思わなんだ。」


額に手をあてひひっと笑ってみせるその人。

私は訳も分からずにその人を見つめる。


「あの、それって一体……」

「508号からの頼み。仕方ないから引き受けたるよ。まあこれも親心……っての?第一私に感情あったんだって感じだけどね?ひひ」

そういうとスタスタと本が山積みになっている場所に行き、

「確かここらにあったのよねえ。こないだも使ったし。ああ、あった、あった」

そういうと山の中から一枚の紙切れを取り出しこちらへまた戻ってくるその人。


「ほらよっと」

手渡されたその紙にはなにかの暗号らしきものがかかれてる。


「お隣の悪魔さんならお分かりになるでしょ」

少しニヒルな、試すような笑みを浮かべててみせるその人にセレナは私が持ってる紙をチラリと見やってニヤリと笑う。


「当たり前でしょ」

「なんか何と無く似てるな」

後ろでポツリと漏れたタグのつぶやきにセレナとその人は同時に同じような怖い笑みを浮かべてみせる。

「すみません……」

無言の圧力に耐えきれなくなったらしいタグがそう口を開くと二人とも同時に満足げな笑みを浮かべる。


タグがいうようにそっくりさんだなあ。


「さぁてと、私せっかくできた1058号とお遊びしたいからさっさとでてってくれないかなあ」

そういうと後ろを向きスタスタと歩いていくその人。


「わかりました。あの、ありがとうございます」


この紙がなんなのかはよくわからないけど、きっと何かの役にたつものだろうし。


「何をして遊んであげよう?ひひ。考えたら楽しくて楽しくてたまらないね?ひひ」

「……聞いてないみたいよ。ほら行きましょ」

セレナがそういって出口に向かって歩き始めるので私も慌ててそれに続く。

一番最後に部屋から出た私はもう一度礼をいってから扉を閉める。


けれど、その、扉を閉める瞬間。


「さあ、可愛い1058号、遊びましょ」

そういってその人が手をさしのべた先に、熊と人間のハーフーーこの村に住まう動物と人間のハーフがいたのが垣間見えてーー。

私の中で色々なものが繋がって体中がゾワッとする。


「ねえ……セレナ」

私は怖さを紛らわすように答えを求めるようにセレナに話しかける。


「そうね。どうやらここは村じゃなくてあいつの実験場だったみたいね」

なにも包み隠さずにいうセレナの言葉が今はなんだか優しくも感じられる。

「……なんであの人はその……そういったことをするような人なのに隠れ里である銀の里の在り処を知っていたのでしょう?もしかしてそれは嘘とか」

考え込むようにしてそう呟くグレーテルにセレナはサラリと

「そんなの行ってみなきゃわかんないでしょうよ。騙されてたら騙されてたでその時対策を考えましょ。今はともかく可能性がある場所をしらみつぶしにまわって最終的に銀の里へいく。でしょ?」

そういってこちらを見やりニイッと笑ってみせるセレナ。


新しくできたお友達のピンリィがあの人の生み出した実験体だったこと。あの部屋に転がっていた生死も不明の人や動物。異様な空気。賑やかな街の本当の姿。


そんなゴチャゴチャとした考えもセレナにそう言われた時にはすこしは整理ができてきていた。


「うん」

そういって私は扉を押しあける。

彷徨えし村トューエントに差し込む夕日が私たちを照らしたーー。

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