第27話 明け方の海とシルエット

「ううっ……」

少しグラグラする頭をおさえながら上半身を起こすと、私いつの間に寝ていたんだろう、なんて思いながらあたりを見やる。


隣にはスヤスヤと寝ているタグがいて、指輪からはセレナの気配を感じる。

……気配を感じるってことはセレナはカードと同化せずにすんだんだ!

良かったぁ。そう思って指輪を優しく撫でつつも、やはりいつ眠ったのか思い出せずにいる私。

それにまだなにか重要なことを忘れている気がする。

うーんうーんと考えた結果やがてハッとして立ち上がる。

魔女の女の子とクマさんがいない!あと、双子の男の子も……

探さなきゃ。どこにいっちゃったんだろう。

でもどうやって探せば……。

そう思った矢先。

足が銅からとれかかりワタがでかかっていた、あのクマさんのものと思われるワタが点々と落ちていることに気づく。


あれを辿っていけば……!


そう思うと私は駆け出した。




こうして探し出しても別に仲間でもなんでもないのに、なんて言われて迷惑がられるんだろうなあ。

でも、昨日あんなに大変な目にあって、二人ともまだ心身共に傷を癒しきれていないはず。

それなのに無理をするのを放っては置けないし……。

林の中をズンズン進みながら、こんなにはやく起きたのはじめてだなあなんてまた呑気なことを考え出す。


今はまだ太陽もでていないような明け方の時間。

私はいつも母さんに叩き起こされるまで眠っていたし……。なんてふと考えたらなんだか悲しくなってきて、その考えを振り払い前を向いて今日の朝ごはんのことなんかを考えだす。

セレナが魔法でだしてくれることもあれば、タグがそこらの野草を使って料理してくれることもあるそれはいつもとても美味しい。

私もちゃんとした食材を手に入れられたら、母さんの作るスタルイトのパイを皆んなに作ってご馳走させてあげたい。

もっとも母さんみたくうまく作れるかは保証できないけど。

なんて色々考えながらワタの後先を辿って行ったら、やがて林は途切れ、海が見渡せる岬があらわれた。


ちょっと道をはずれるとこんな場所があるんだなあ。

岬の先に見える海は、まだ少し暗いあたりを反映した藍色をしている。

しかし地平線には微かに太陽の姿が見える。

太陽が昇る瞬間、かあ。素敵だなあ。

そんなことを考えてから岬の方に視線をやると、そこには魔女の女の子とクマさんと双子の男の子がいた。ちょうど登り始めた太陽によってシルエットになった女の子達。

クマさんを抱き抱えた女の子の前に跪く双子の男の子。

一体何をしているんだろう。

そう思ってその様に注目するが、シルエットになったこともあって何をしているのか全くわからない。

太陽はゆっくりゆっくりでも着実にのぼっていって全てをキラキラと照らし出す。


やがて跪いていた男の子がばたりと倒れてしまう。

慌てて駆けていこうとするけれどなんだかただならぬ雰囲気がそこにはあって私は思わず踏みとどまる。


女の子はやがて倒れた男の子の髪の毛を優しくなでると何事かを呟いて、それからーー。



「いなくなった?!」


「風の魔法で移動までできるなんて中々に優秀ね。まあ、私には劣るけど」


「えっ?!セレナ?」


その声に驚いて振り返ると、もう少年しかいないその場所を険しい瞳で見つめるセレナがいた。

「起きてたんだね。もう体は大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ。それより、あいつ。逃したのはまずかったわね」

苦虫を噛み潰したような声音でそういうセレナに

「え?あいつって?」

とたずねる私。


「あの魔女の女のことよ。これから色々と使えたのに。せめてあの坊主だけでも引っ捕らえるわよ」

「引っ捕らえるって……」

と苦笑しながらも少年のもとへ駆ける私。


「大丈夫?君」

慌てて駆けていくと少年の肩を持ちゆっくりと揺らす私。


「…………っ」


やがてゆっくりと瞳が開いていく。


そこにあるのは、何も感情を宿していないあの冷たい瞳ではなく、優しくおだやかなあたたかな瞳。

「僕……元に……」

その声に誰かを思いだす。

…………そうだ!あのクマのお人形さんだ!

セレナとタグが囚われた時一人ではどうにもできなかった私に力を貸してくれた心優しい音の魔法使いでもある可愛いクマのお人形さん。

でもクマさんはクマさんでこの少年となんら関わりないはずなのに。


なんでだろう。なんだか似ている?


「あれ?……ヘンゼルはっ?!」

そういうとガバッと起き上がり、ひどく慌てた様子であたりを見回す少年。

「そいつならもういないわよ、坊主」

セレナのその言葉に驚き、でもどこか納得したようなそんな表情を見せガクンと膝から崩れこむ少年。

「ヘンゼル……」

少年はポロポロと涙を零した。

その様に事情なんて全くなにも知らない私までもが涙ぐんでしまう。

「あの……こんな時にこんなこというのもあれなんだけどね、君とあの女の子は双子……なんだよね?あとあのクマのお人形さんは一体何だったの?」

双子なら、血の通った家族なら、どけだけ時間がかかろうといずれまた必ず巡り会えるはずなんだ。


すると少年は哀しげな笑みをこちらに向ける。

「そうですね。僕らの恩人のあなたにはちゃんと話しておかなくちゃいけませんね」

そういうと少年は、少年と少女の始まりの物語を語り始めたのだった。






話を聞きおえた私は、視界が歪むくらいの涙を瞳にためこんでいた。


グレーテルの方が辛いんだから私が泣いちゃダメだ。そう思って必死に涙を留める。


「それで、今朝、明け方より前のまだ暗い時間に僕は彼女に起こされたんです。暗くてよく見えなかったけど、彼女の様子がいつもとは違うような気はしていました。けれど、彼女に、『少し歩きましょう。話たいことがあるの』なんて言われて、久しぶりに彼女自身と会話できたのが嬉しくて僕はすぐに彼女の様子がなんだかおかしいことも忘れて上機嫌で『うん』なんて答えたんです。そしてこの岬へやってきた。それで、彼女は僕の魂をボロボロになってしまったクマの人形から僕自身の体へ移してくれたんです。かの者が眠りについたことで、僕自身の体へ魂をうつすという高度な魔法も使えるようになったのかなと思います。……ともかく、僕はこの体へ戻った直後、ご存知の通り倒れてしまって頭も視界もボーっとしていたんですけど、彼女が確かに『私たちはもう一緒にはいられない』といっていて僕はその意味が理解できなくて……」


私は耐え切れずに溢れでてきた涙を袖口で拭う。


「それは確実にそいつ本人が言ったことなの?」

隣で胡座をかいて座っているセレナが少し厳しい声でそういう。

「はい。間違いありません。昨日あの者は彼女の中で眠りにつきましたし、あの言葉が彼女自身のものだってことくらいずっと一緒にいたのでわかります」

グレーテルの膝の上におかれていた手のひらがギュッと強く握られる。

「……すみません。こんな他人の話を延々と聞かれても困っちゃいますよね。……じゃあ、僕は行きます。彼女の言葉の本当の意味を知りたいので……」

そういうとスクッと立ち上がるグレーテル。

そんなグレーテルの服の袖を気づくとギュッと握っている私。

驚いた様子でこちらを見やるグレーテルを真っ直ぐに見上げる。

「一緒に行こう」

そういって。


「ベジ」

隣にいるセレナが駄々をこねる子供をあやす親みたいな声音でそういう。

「うん、わかってるよ、セレナ。私たちの目的は各地に散らばっている六つの玉を集めること。だけどその旅の中でヘンゼルを探すことはできるはず」

そういうと私はスクッと立ち上がってグレーテルの両手を握る。

「だからね、一緒に行こうよ。グレーテルには関係のない事柄もあるけれどグレーテル一人でヘンゼルを探すよりもセレナやタグがいた方がきっと見つけやすいと思うの」

そういうとグレーテルのスミレ色の瞳が大きく見開かれる。

そしてやがてその瞳はキラキラとした希望の感情を映し出す。

「……はいっ!」

そういって。

その言葉に私は心からの笑みを浮かべる。

「じゃあ決まりだね。玉を探しながらヘンゼルも探そう。ね、セレナ」

そういうとセレナは面倒くさそうにあくびをしながら立ち上がり、

「はいはい。わかったわよ。ったく……」

そういう。

それから呟くように

「そういうとこほんとあいつそっくり」

という。


その意味がよくわからなくて問おうとするとセレナはニヤリと口角を歪めながら

「それにしてもガキ二匹とはね。もう一匹の方はどうしてるやら」


そんな言葉にハッとする。


「タグ!!」


気づけば太陽も真上にきている。

こんな長い間一人にさせちゃった。


「セレナ、グレーテル、急ごう!」


そういうと私は駆け出したーー。

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