クロスロード

爽月メル

序章 出会い

第1話 素敵なお昼寝日和

澄み渡る群青の空。

風に乗って運ばれてくる草木の香り。

時節聞こえてくる動物たちの鳴き声。

体全体に感じる暖かな日差し。

「ん〜、いい気持ち〜⋯⋯。今日はいいお昼寝日和だね〜」

そよそよなびく草原にその身をあずけ手足を思い切り伸ばすとひとつ幸せなため息をつく。

眠り特有のまどろみの中へと落ちていく感覚。

その感覚に身を任せて気持ちよくお昼寝し始めようとした、その時。

「おっ!やっぱ、ベジはここにいたか。」

そんな声がしてきてゆっくりと瞳をひらく。

「ソウくんだ······」

「おお、そうだぞ。ってなにダジャレ言わせてんだよ。」

なんていってケタケタ楽しそうに笑うのは従兄弟のソウくん。

お昼寝が趣味で普段からトロくて何も出来ない私とは打って変わった青年で、趣味は読書でいつも明るくて元気なしっかり者の、とても同い年とは思えない人。


ソウくんの色素の薄い薄茶の柔らかな髪の毛が穏やかな風をうけてそよそよと揺れる。

そんな様子をみていると先程よりもっと心が穏やかで優しいものになっていく。

そして、より、眠りの世界への扉が強く私をひきつけてくる。

「今日はソウくんも非番なんだね」

「おう!だからここで読書でもするかと思ってさ」

そういうとゴロンと私の横に寝転がるソウくん。

ライトグリーン色のいたずらっぽい目とふいに視線がかちあって柔らかな笑みが溢れ出す。

「ソウくんはいつもそれだね。すごいなあ」

「お前だって毎日昼寝しててすごいじゃん」

全然嫌味のないその言い方はソウくんだからこそだと思う。


……そっか。今日はソウくんも非番なのか。こうして二人で寝転がってゆっくり過ごすの久しぶりかも。


ここは人里からずーっと離れた場所にある広大な農村地域で、ここら一帯全てをうちが所有し農作物を育てるのにつかっている。

家族のみで運営していて、当番日には農作業を、非番日は自由に過ごすことが出来る。


昔、働いたりしてなかった子供の頃はよくソウくんとこの草原で遊んだりしたんだけど、最近は互いの非番が重なることも珍しくなって、こうしてゆっくりと会うことも少なくなっていた。


大きくなってからは私が昼寝してその横でソウくんが本を読む、というのがいつものスタイルと化してきた。

現に今も、私が眠りにつこうとするその横でソウくんが真剣な眼差しで本に書かれた呪文みたいな文章とにらめっこしている。


ほんと、穏やかだなあ。




「…………ベジーー、ちょっと来てーー」

「ベジ、呼ばれてるぞ」

遠くから聞こえてくる母の声に意識がまどろみながらも言葉を紡ぐ。

「んー、待って⋯⋯もう少し⋯⋯お昼⋯⋯寝⋯⋯」

ああ。お昼寝ってなんでこんなに気持ちいいんだろう。こうやって眠気に身を任せてまどろみにいる時なんて特に⋯⋯。

「⋯⋯⋯⋯ベジ!ベジ!!」

「⋯⋯んん⋯⋯。母さん?」

真上からふってきた怒声に目をあけると目の前にしかめっ面の母さんがいた。

「まったく、あんたって子は。呼んでたのよ。」

「えへへ。気づかなかったや⋯⋯」

「そんなこと言って、また眠気には逆らえなかっただけでしょ」

「バレたか」

「バレたか、じゃありません。はあ、これだからこの子は⋯⋯」

大げさに呆れた仕草をすると私の腕を引っ張り無理矢理立ち上がらせる母さん。

「あんたに頼みたいことがあるのよ。ちょっと来て」

「でも、まだ太陽が真上にもきてない時間だよ?今日の家畜の当番はダスおじさんと父さんとじーさまだし畑の当番はヒルダおばさんと母さんとばーさまだし私はお昼寝を」

「いいから来なさい」

「そんな〜〜」

せっかくの非番で、せっかくの晴天で、存分にお昼寝できるって思ってたのに⋯⋯。

「おばさん、ベジじゃなくて俺じゃダメですか?」

そういうのは本に栞を挟み終えて母さんをまっすぐに見上げるソウくんだった。

「ソウくんはほんとに優しいわね。でも今回のことはベジに頼みたいから、大丈夫よ」

母さんが私に言うよりもずっと優しくそういう。

「うぅ······。面倒だけど、行ってくるね。ありがと、ソウくん」

そういうと

「助けになれなくてごめんな。じゃあ、俺、暫くここで読書してから帰るわ」

といって少し申し訳なさそうないつもの笑顔をみせるソウくん。

そんなソウくんを見かねて母さんは一つ深いため息をついた。

「これから頼むことやってくれたら、スタルイトのパイ作ってあげるから」

「ほんとにっ?!やった!」

先程まで落胆してたのなんて嘘みたいにはしゃぐ私。

スタルイトっていうのはうちで栽培しているものの一つで、鮮やかなオレンジ色をした、楕円形の野菜だ。

野菜という分類にははいるが甘みが強く果物と同類といっても過言ではない。

そんなスタルイトを甘辛く煮てパイ生地に包んだ母さん特製のスタルイトパイはいつ食べても絶品で私なんかはすぐに根負けする。

はしゃぐ私を見て安心した様子のソウくんは「じゃっ」と片手をあげると読書へと戻っていった。


母さんと並んで幾分程歩くと一件の家が見えてくる。どこまでも広がる草原地帯にポツンとただずむここが我が家。

私がさっきまで寝転んでいたのは牧草地帯で、そこ以外の土地には畑がめいっぱい広がってる。

つまりここら辺一帯をうちが所有しているわけで⋯⋯。

うちにご近所さんはいない。

私が生まれてこの方会ったことがあるのは親戚の人ばかりで、それ以外の他人ひとに会ったことは一切ない。

会ってみたい気もするけど、ここでのんびり暮らせてればそれでいいから特段強く外の世界に出ることを望んではいない。

家畜の世話も畑仕事も大変ではあるけど楽しいし、ここら辺を取り巻くのどかな空気が大好きだし、家族が大切だから。


家に入るとまっすぐに居間に向かう母さん。

やってもらいたいことって野菜の仕分けかな。それとも晩御飯の支度かな。どちらにしろはやく終わらせてスタルイトのパイを食べたいな。そしたらまたお昼寝しよう。

「はい、これ」

居間につくとテーブルの上に置かれていた大きな袋を手渡される。

「なあに、これ」

「届けものよ」

「届けもの?⋯⋯。でも、お届けものはいつも父さんが行ってるよね」

昔野菜を配達しにいく父さんについていこうとしたら頑なに断られたっけ。

別に行けないなら行けないでいいや。そう思ってさして気にしてはいなかったんだけど、今になってどうしたんだろ。

「そうなんだけどね、今回は違うのよ。ほら、あんたってここだけしか世界を見たことないでしょう」

「うん」

「だから、よ。都会の人を見て色んなことを学んできなさい」

「はーい。じゃあ、行ってくるね」

よくわからないからとりあえず何も考えずに返事をしとく。

要は都会に行って野菜を届ければいいんだよね!

都会ってどんなだろ。いい昼寝場所はあるかな。美味しいものも沢山食べたいなあ。

「ベジ」

外に出ると家畜の世話をしにいってるはずの父さんがいた。

父さんは巨体で筋肉質な体の、農業とは不釣り合いの逞しい男の人だ。

「行くんだな」

「うん、これ届けに」

そういって袋を掲げて笑うと父さんは筋肉質な腕で思い切り私を抱きしめた。

「ど、どうしたの、父さん」

右も左も、しまいには前まで父さんの強靭な筋肉にはさまれて上手く息ができない。

「ベジ、男は危険だ!ケダモノだ!少しでも近寄ってきたらすぐに逃げるんだぞ」

「え、でも父さんやおじさん達もソウくんだって皆男の人だよね?」

「家族は別なんだっ!」

なんだか悲痛な響きがこもったその言葉に私はしぶしぶ頷く。

「わかったよ、父さん」

「うっ」

私の肩に顔を埋め泣き出した父さんにどう対応すれば良いのかわからずにいると後ろから地の底から響くような声が聞こえてくる。

「タブ、なんでそんな所にいるのかしら?そんなところにいるってことは、今日のノルマは達成したってことよねえ?⋯⋯」

その言葉に強靭な筋肉に包まれた肩をビクッと震わせるとソロリと私から離れ牧場の方へすごい速さで駆け出す父さん。

そんな父さんの背中を見つめながら外の男の人ってそんなに怖いんだななんて考える。ケダモノってことは人の形をしていないのかも。狐やタヌキが化けてるのかな。でもなんにしろ、あんなに強い父さんの弱点が母さんなんだもん。男の人に会って困ったことがあっても弱点をさがしてどうにかしよう。

「ベジ、これで都市ルミナスへ行ってちょうだい」

そういう母さんの手のひらには複雑な模様が描かれた四角いハンカチがある。しかしそれは母さんがなにやらぶつぶつと呟くと人一人が上に乗れるほどの大きさになった。

「この子をルミナス69番地波の目横丁5の目月の見える丘最奥の白い館の手前までおくってあげて」

これは母さんがいつも愛用している魔法のじゅうたん。普段はハンカチくらいの大きさで戸棚にしまわれてるけど配達の時だけこうしてだされて使われてるんだ。

母さんの言葉に最初じゅんたんは特にこれといった反応は示さなかったけど、やがてスッと私が乗れる位置に来てくれる。

「じゃあ、いってらっしゃい。スタルイトのパイ作って待ってるわ」

初めて乗ったじゅんたんは思っていたより不安定で届けものだけは落とさないようにしようと膝の間にはさんで抱え込む。

「ベジ、愛してるわ」

そういうと私のオレンジ色の髪の毛に触れて優しく微笑む母さん。

「うん、私もだよ」

少しずつじゅんたんが上昇していく。

「初めて外に出るわけだし緊張すると思うけど大丈夫よ。あなたはあなたらしく、ね」

「はーい。じゃーね、母さん」

気づくと母さんはずっと下の方になって私から見ると豆粒のように小さくなった。


母さんのいるところから少し目線をずらせば父さんやおじさん、おばさん達がみんな手を振っていた。

ちょっと届け物しにいくだけなのに大袈裟だなあ。


私がついさっきまで昼寝していた場所には読書を満喫しているソウくんの姿。


野菜畑の野菜達は上から見るとその整然と植えられた様がとても綺麗だ。


そんないつもの世界も案外すぐに見えなくなってしまう。


じゅんたんから下を覗く行為にも段々疲れてきて、目をつむって体全体に感じる風だけに意識を集中させることにした。

後はじゅんたんが目的地に連れてってくれる。だからしばらく寝転がってお昼寝しよう。

寝返りさえうたなければ落ちることもなさそうだし。

なんて呑気なことを考えて、私は眠りについたーー。




普段絶対に聞くことがないような騒音やひどい罵倒の声、それに加え活気あふれる人々の声が聞こえてきて、これって夢なのかなあ、なんて思いながら目を開けてみる。

するとそこには自分が今までに見たことのない想像したこともない、それこそ、夢にまで見たことのない景色が広がっていた。

いつもなら二度寝するところだが、思わず体を起こしてあたりを見渡す。


前方にも後方にも左手にも右手にも大きな建物が隙間も作らずにズラーッと立ち並んでいる。

どれも個性的な形なうえカラフルでとても目を引く。

なかには屋根がなく上から中が丸見えな建物もある。

様子を見ているとじゅうたんに乗った人が、そのまま降下して店に入っていっていた。

確かに、一回一回じゅうたんから降りるより、ああしてじゅうたんに乗ったまま入店したほうがずっと楽だろうなあ。

けど雨の日はどうするんだろう。

なんて、建物ばかりに気を取られていたが家の近くと違ってあちこちに魔法のじゅうたんに乗った人や、ほうきにまたがった人、しまいにはペガサスにまたがっている人までいた。

みんな好き勝手に飛び回っていてそこかしこで罵倒が飛び交っている。

私が乗っている魔法のじゅうたんは一人乗りだけれど、中には十人以上乗れるようなとても大きなじゅうたんがあった。


眼下を見てみると豆粒のように見える人が数え切れないほどいた。中には人ではない姿のものもいる。

すごい⋯⋯!都会ってこんななんだ。

届け物をギュッと抱きしめて高鳴る胸をおさえつける。


母さん愛用の魔法のじゅうたんは上空があまりにも混雑して騒々しいことに疲れたのか少しずつ下降し始めた。

下降すればするほど避けなければならない建物が増えてあっちへ曲がったりこっちへ曲がったりして届け物どころか私までじゅうたんから落ちそうになる。

しかしそんなことを知ってか知らずかじゅうたんは先程よりもスピードを落としながらもそれでも充分はやいくらいの振り落とされそうなスピードで先へ進む。


これじゃあ、目的地に着くまでに私の命が持つかどうか⋯⋯。

届け物をおさえながら辺りに目をこらす。


一瞬で通り過ぎてゆく景色。


そんな中で私はすごく気になるものを見つけた。


「あれ⋯⋯あの子何してるの?⋯⋯。止まって!!」

私がいきなり怒声をあげたことに驚いたのか止まってくれるじゅうたん。

「ねえ、あの建物の屋上にいる子のところに行って!」

なんだかただならぬ雰囲気を感じとって焦る私。

そんな私の気持ちがじゅうたんにも伝わったようでじゅうたんも焦ったようにそこへ向かう。しかしすぐに方向転換して建物から離れていってしまう。

「ちょっと!あの子のところに行ってってば!」

お母さんの言ったことを守ろうとしてるんだろうけど届け物をし終わった後だとなんだか間に合わないような気がするのだ。

「方向転換!!」

母さんが父さんにしゃべるような口調でそういうとじゅうたんはようやっと私の指す建物へ向かい進み出す。


建物の屋上に立つ少年の表情がはっきりと見えてくる。

暗く哀しそうな全てに絶望したような表情かお

彼は屋上の縁に立つとひとつ自分の中で何かを決心したような表情を見せ、そしてーー。


「飛び降りたっ?!」

余りの驚きに空いた口がふさがらない。じゅうたんもほうきも何もなしに飛び降りたの?どうして?

真っ逆さまに地面に向かって落ちていく彼。

「急いで!!」


少年が地面に落ちる。

間に合わない。

思わず目をつむってしまった、その時。


「うぐっ」

苦しげなうめき声をあげて私の膝の上に落ちてくる少年。

その少年の下からなんとか届け物をとり少年の前へ持ってくると届け物と一緒に抱きかかえるような形をとる。


「よしっ!出発しんこーっ!」

そんな私の声にじゅうたんは何も反応を示さない。そこでもう一度口を開こうとするとじゅうたんはすごい勢いで動きはじめ、油断していた私は落とされてしまった。

といっても今さっきまで地面すれすれのところを飛んでいたのでお尻がズキズキと痛むくらいで済んだが⋯⋯。

それでも、

「痛い⋯⋯」

「うっ⋯⋯」

そんな時私の腕の中で少年が目を覚ました。

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